虹の赤は、赤い糸
文字数 938文字
その能力に気付いたのは、小学四年生の秋だった。
空を見ながら強く念じると、虹を浮かびあがらせることができるのだ。
「私は特別だ!」
すごくかわいいわけじゃないし、足も速くないし、勉強もそこそこだった私にとって、それは本当に嬉しい発見だった。
誰にもナイショにしよう、と決めたものの、つい嬉しくて毎日のように空に虹を浮かべて眺めてしまった。だけど私が出した虹だとは誰も気付かない。
副産物として、理科の成績がガクンと落ちた。説明が全部嘘だって知ってしまったので、どうしても頭に入らなくなってしまったのだ。
一ヶ月ほど大興奮の時期を過ごしたが、ナイショにしておけなくなって、姉に話したことで、その一番楽しい時期は終わりを迎えた。
「で、これ、何に使えるの?」
「……わかんない」
姉の一言は氷水のように冷たくて、一気に冷静にさせられた。
虹を見たいときに見られるのは嬉しいけど、そもそも虹は偶然見られるから嬉しいのだ。いつでも見られるなら、あまり価値はない。
結局五年生になるころには、虹にも飽きて、せっかくの能力のことも忘れてしまった。
虹を再び出したのは、高校二年生の夏だった。
花火大会の会場である河川敷に向かうため、長い橋を渡っている途中、とんでもないことに気付いてしまったのだ。
わたし、ズボンのチャック開いてる!
隣を歩いているのは、クラスメイトの男子。もちろんただのクラスメイトじゃない。特別な男の子。
よりによってデニムのショートパンツを履いてきてしまった。恥ずかしがらずに浴衣にすればよかった。こんにゃろう。
さっきまで、いつ手をつなごうか、なんてことを考えていたのに、今はもう頭の中はチャックでいっぱいだ。
花火があがれば、その隙にチャックをあげられるけど、まだ三十分以上あるから、それまでに気付かれてしまう。
そうか、注意をそらせれば花火じゃなくてもいいんだ、と唐突に虹のことを思い出した。
「あ、見て虹!」
「え?」
夜の虹は珍しい、彼も興味深げに空を見上げている。今なら気付かれない! と隙をついて、チャックをあげた。ミッションコンプリート。
「へえ、キレイだね」
「うん、すごくきれい」
隙を利用して自然と手をつなぐ。
その日見た虹は、人生で一番キレイな虹だった。