切り株、座る
文字数 1,126文字
お気に入りの場所は?
なんて突然聞かれたら、パスワードでも推測しようとしているのか警戒してしまう。母親の旧姓、小学校の担任の名前、好きな果物、人に教えてはいけない情報はいくつもある。
私のお気に入りの場所は公園だ。
期待していた案件が中止になったと連絡を受けて、急にやることがなくなってしまった私は、いつものように公園に出掛けた。うちから徒歩二十分、のんびり歩いて公園で休憩し、日が傾く前に家に帰る。友達に話すと「おばあちゃんみたい」と笑われるけれど、これが私が一番幸せを感じる過ごし方なのだ。
途中でコンビニに寄って、あたたかいほうじ茶を買って園内に入る。いつものベンチには先客がいて座れなかった。
少し残念だけど慌てない。近くの林を探す。あった。切り株だ。ちょうどいい高さに切られたものがあれば、ちょうどいい椅子になる。
幹が複数に分かれるタイプの木だったようで、切り株は四つに分かれていた。一番座りやすそうな中くらいの太さの部分に腰掛けて、ほうじ茶をすする。
風が吹く度に揺れる葉の音が心地いい。カーディガンを羽織ってきて正解だった。
「こんにちハ」
ほうじ茶を飲みきる頃、声をかけられた。とても背の高い女性だ。話し方と背負っているリュックからから察するに、外国からの旅行客だろう。観光地なんて近くにないただの公園で何をしているのだろう。
「どうも、こんにちは」
挨拶を返すと彼女は私の隣に腰掛けた。四つに分かれている切り株の一番太い部分だ。
現地の人間として、何か話しかけるべきだろうか。それともあちらから交流を持ちかけられない限り、いつも通りに暮らすのがいいのだろうか。
悩みつつ空になったほうじ茶のボトルをさすっていると、少年がこちらに駆け寄ってきた。親や友達とはぐれたのか、それとも鬼ごっこの最中かもしれない。
小さな靴が素早く動くのを目で追っていると、少年は私の隣まで来て、一番小さな幹に腰掛けた。
駆け寄ってきたときの元気はどこへいったのか、少年は切り株に腰掛けると妙に落ち着いて、ニコニコと微笑みながらじっと座っている。
年齢も人種も性別もバラバラな三人で座っているのは、不思議と心地よかった。
「あとひとつ、空いてますネ」
何事もなく十分ほど経った頃、女性が誰に言うでもなくポツリと漏らした。その瞬間、何かの影が私たちの近くを横切る。最後の切り株に、誰かが座ったのだ。誰が座ったのか確かめようとしたが、身体が動かない。振り返ることができなくなっていた。
かろうじて動く眼球で自分の膝を見て、何が起きているかを理解した。この公園が妙に落ち着く理由がわかった。
私たちはここで木になるために、違う国、違う時間、違う親から生まれてきたのだ。