夕暮れ女
文字数 1,018文字
「夕暮れが赤いと、次の日は雨になるんだ」
そう教えてくれたのは、高校のときの先生だった。
先生は、夕暮れが赤い日のときだけ、校舎の屋上に出てタバコを吸う。
それを知った私は、放課後になると夕暮れを待って、赤くなる度に屋上へ向かっていた。
当時は今よりもずっと色んなことがゆるくて、屋上が非公式の喫煙所になっていて、一部の不良教師たちが屋上の鍵を持ち出してタバコで癒やされていた。
せっかく夕日が赤くなったのに、屋上に忍び込んでも、違う先生と一緒にタバコを吸っているときもあった。見つかってしまうとやっかいなので、邪魔者が帰るまで身を隠して待った。
制服を埃まみれにしながら現れた私を見て、先生は煙と一緒に笑い声を吐き出した。
高校を卒業してから二年も経っても、屋上での時間よりも楽しい瞬間は訪れていない。
晴れ男や雨女がいるのなら、他の気象を司る人がいてもいい。
「辻曲の家に生まれたものは、ある宿命を背負うことになる」
進学のため上京する前日、深刻な顔をしたお父さんから辻曲家の話を聞いたとき、考えたのがそのことだった。
辻曲家の血族は、人生のどこかのタイミングで、妙な能力に目覚めてしまう。
だったら私は夕暮れの色を自由にしたい。その願いが通じたのか、二十歳の誕生日に、夕暮れに向けて手をかざしたら、紫だった空が赤に変わった。
「私は夕暮れ女」
能力のことをお父さんに連絡したら「すぐに帰ってこい」と慌てた様子で言われて、翌日すぐに帰省することになってしまった。
「川沢医院で診てもらいなさい」
別に病気じゃないし、この能力は気に入っているから、消したくないと反発する。それに、里帰りをしたなら、病院なんかよりも行きたいところがあった。
二年ぶりの母校は、ほとんど何も変わっていないはずなのに、妙に古ぼけて、そして小さく見えた。
空に手をかざし、夕暮れを赤に染めながら、目的の場所に向かう。
「ひさしぶり!」
先生はやっぱりそこにいた。ただ今日は、タバコを持たずに空を眺めていた。
「吸わないの?」
「タバコ、やめたんだ」
いや本当は吸ってなかったんだ。屋上にでる口実に吸っているふりをしていただけだった。照れくさそうに打ち明けられた。
「えっ、じゃあ、屋上にはなにしに来てたの?」
「……さあね」
屋上にはタバコを吸うだけじゃない。たとえば、教師と生徒がふたりでゆっくり話すのにもちょうどいい。
明日は雨だけど、今日の夕暮れが綺麗ならそれでいい。