フラミンゴ待っている
文字数 1,087文字
『フラミンゴ前、今夜零時』
目が覚めるとベッドサイドにメモが落ちていた。
寝ている間に誰かが侵入したらしい。つまり、相手は相当の手練れだ。俺だってこんな仕事をしている以上、常に警戒は怠っていない。
おそらく仕事の依頼だろう。フラミンゴという店なら一件だけ知っている。上野の路地裏にある小さなバーで、人に聞かれたくない話をするのに適している。
万が一のことも想定して、装備を整えたうえで店に出向いた。
寡黙なマスターは何も語らず、注文の酒を出してからはカウンターの中でゆっくりとグラスを磨いていた。店には何人か客が現れたが、声をかけてくる奴はいなかった。どこかで監視している気配もない。
結局、約束の相手は現れなかった。
念のため一時間ほど粘ってみたが、店を閉めたいとマスターに頼まれ、詫びながら退店するはめになってしまった。
翌朝、目が覚めると、再びベッドサイドにメモが置いてあった。
『なぜ来なかった?』
「いや、行った!」
自分以外誰もいない部屋で、壁に向かって言葉を放つ。
『今夜零時、フラミンゴ前で待っている』
メモには続きがあった。無視したいのが本音だったけれど、俺の部屋に侵入できるほどのやつだ。何をされるかわからない。
他にもフラミンゴという店がないかと調べたところ、近くにもう一件同じ名前の喫茶店があった。深夜零時は当然営業時間外だが、忍び込むくらいは朝飯前だ。
しかし店には誰も現れず、代わりにまたベッドサイドにメモが置かれていた。
『そこじゃない』
「じゃあどこだ!」
その言葉に答えるように、メモには続きが記されていた。
『上野動物園、フラミンゴ前』
「……フラミンゴ前?」
思えばメモは最初から『フラミンゴ』ではなく『フラミンゴ前』を指定していた。だからといってそれに気付けというのは無理筋だろう。
三度目の正直だ。二晩続けて緊張状態の夜を過ごしたので、精神的にも限界が近づいている。このままでは仕事に支障が出てきかねない。
絶対に今夜決着を付けてやる、と意気込んで夜の動物園に侵入した。
客のいない園内は、たまに動物の鳴き声がするだけで、昼の喧噪が嘘のように静かだ。今ならパンダも見放題だと思ったが、余計なことをして見つかったら元も子もない。
「やっと来たな」
フラミンゴ前に着くと、どこかからか声が聞こえた。ようやくメモの主に会えるようだ。しかし、周囲を見ても夜中の動物園には誰もいなかった。
あらためて声がした方を観察すると、奥からピンクの鳥がこちらを見ていた。フラミンゴは俺と目が合うと、はっきりと言葉を喋り出した。
「依頼がある。ゴリラのやつを殺してほしい」