目的地まで気球で九分

文字数 1,051文字









『超大型アップデート』
 画面に表示された文字を見て首を傾げる。いつも使っている地図アプリが『概念』に対応したらしい。
「なあ、これどういうことだ?」
 リビングに行き、タブレットを三枚並べてゲームをしている妻に話しかける。こういうことは彼女の方が詳しい。
「試してみれば?」
 たしかに斬新な新機能ほど、どんなに説明を聞いても理解できないが、体験してみると一発で理解できる。今までもそうだった。
 アップデートの説明を読むと『静かに読書ができる場所』『リフレッシュできる場所』『長居しやすい喫茶店』などが例示されていた。予算や現在地からの距離も細かく設定可能だ。
 これはすごいかもしれない。
『人生の目的がわかる場所』
 アプリに目的地を設定する。新機能を試すなら、これくらい無茶な方がいい。妻は「なにそれ」と笑っていたけれど、興味深そうに画面をのぞき込んでいる。
 数秒の沈黙があった。さすがにエラーがでるかな、と案じていたら、なんと目的地までのルートが表示された。妻と顔を見合わせる。
「どうする?」
「行くしかないでしょ」
 幸いまだ昼過ぎだ。距離も予算も設定しなかった。多少時間がかかってもいい。
 妻と二人、アプリの指示に従いながら移動を始めた。まずは徒歩で三十分。近所なので散歩気分だ。本当にここから人生の目的地にたどり着けるのだろうか。
「いいの?」
 次に表示されたのは、そこに置いてある自転車に乗れという指示だった。最近普及し始めた登録不要のシェアサイクルだ。地図の案内に従いながら、二人で一時間ほど自転車をこぎ続けると、草原に辿り着いた。
「本当かよ」
 草原には気球が用意されている。アプリによると、次はあれに乗って移動するらしい。もうここまで来たらとことんやろう。気球に乗るとどういう仕組みか、自動で空に浮き上がった。そのまま九分、案内通り待っていると、次の乗り物が山の向こうから現れた。
 見たことのない乗り物だ。銀の円盤。俺の語彙で一番近いのは「ユーフォー?」
 妻も面食らっている。バランスを崩さないように気をつけながら、謎の飛行物体に乗り込んだ。一人乗りなので妻は気球に残してきた。
 ユーフォーは上昇を続け、地上がみるみるうちに遠くなって、やがて見えなくなった。眼下に広がるのは青い惑星、地球だ。
 ふと顔を上げると、巨大な戦艦がこちらに徐々に近づいてきていた。艦砲は地球に向いている。
「……そうか」
 これが俺の産まれた意味だったのか。全てを悟った俺は、操縦桿を握りしめ、戦艦に向かってアクセルを踏み込んだ。
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