我が家のビートサイクロンウォッシュ

文字数 909文字


「ぎゃあ!」
 ネコでもふんずけたみたいな大声が、洗面所の方から聞こえてきた。
「なに、お姉ちゃん、どうしたのさ?」
 そんな声出してるとせっかくできた彼氏にフラれるぞ、と洗面所をのぞき込むと、洗濯物を抱えて涙目になっている姉が震えていた。
「もう、高校生なんだから、泣かないの」
「……チケット!」
 家が揺れるほどの声量で、我が姉は嘆いた。
「え、この前当選したって言ってたやつ? 洗濯しちゃったの?」
 ファンクラブに入っていても、なかなか当選しないプラチナチケットを、ポケットに入れたまま洗ってしまったという。
 洗濯機の底から紙をかき集めて、どうにか復元できないかと並べてみる。世界一難しいパズルだ。
 それにして妙に量が多い。チケットは薄いピンクの紙だったが、それだけでなく白い紙もあるし、緑の線が入ったものや、茶色い紙も大量に混ざっている。
 白い紙に、手書きの文字が書かれているのに気付いて、手が止まった。
「ちょっと待って、これ、チケットじゃない……私の……手紙!」
 転校した親友から送られてきた大切な手紙、そうか私、ポケットに……。
「あんたバカじゃないの?」
 くそう、バカにバカと言われてしまった。
 姉妹で大騒ぎしていると、両親が買い物から帰ってきた。洗濯機でチケットを洗ってしまった話をすると、父も母も顔色を変えた。
「ああ! うそ! 私も!」
 二人とも大事なものをポケットに入れたままにしていたという。
「お母さんは、何を?」
「離婚届」
「はあ?」
 何でそんなものを、と姉妹で大騒ぎになる。いつも優しくて穏やかなうちの父は、客観的にみてもいい夫だし、主観的にみてもいい父親なのだ。
「いつでも離婚してやるぞ、って気持ちだとお父さんに強く出られるから」
「マジかよ最低だなうちの母」
 無造作に明かされた衝撃の事実に、父はショックを受けて固まっている。
「それで、お父さんは、何洗っちゃったの?」
 告げられる事実に比例して、父の口はあまりにも重く、たった一言を発するのに数十秒の間を要した。
「……冬の、ボーナス」
「はあ?」
「マジで言ってんの?」
「離婚よ! 離婚!」
 一家全員で洗濯機にぶち込まれたみたいに、家がぐるんぐるんと回転した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み