循環サイクリング
文字数 1,084文字
困っているから助けてほしい、とやけにストレートなメッセージが届いたので、言われた通り、一人暮らしの部屋に様子を見に行った。
大学の同級生で、女の子の部屋なので、若干の期待はなくもなかったけれど、案の定デートだとか頼られているとか、そういう展開にはならなかった。
彼女からは雑学くん、なんて不名誉なあだ名で呼ばれているので、残念ながら脈がないことは重々承知している。どう見積もっても好意を持っている相手への呼び名ではない。
さて、呼び出された本題だが、違法駐輪に困っているらしい。
「どういうこと?」
アパート前には同じ型、同じ色の大量のママチャリが並んでいた。ざっと見て十台以上ある。
「ここに乗り捨てていく奴がいるの」
駅の近くのアパートだと、駐輪場に勝手に駐められて迷惑しているなんて話を聞いたことがあるけれど、ここは駅から徒歩十七分、むしろママチャリがほしい距離だ。
「あり得なくない? 毎日一台自転車を乗り捨てていくんだよ」
何か異常なことが起きている。「雑学くんなら何かいい方法知ってると思って」いくら雑学に詳しくても、毎日自転車が増える怪現象への対策は仕入れていない。
「少なくとも犯人は、とんでもない金持ちだな」
「お金持ちなら、タクシーでもハイヤーでも爺やでも使えばいいじゃない」
「自転車工場の倅で、家には売るほど自転車があるとか」
「売り物を勝手に乗り捨てたら、怒られるでしょ」
新品のママチャリなら末端価格で一万円はする。それを毎日乗り捨てていたら、単純計算で月三十万円の損失だ。
「このままじゃたまってく一方なの、どうにかしてよ」
どうにかと言われても、困ってしまう。しかし、強引ながらひとつ解決策を思いついてしまった。
同じようにどこかのアパートの駐輪場に、一日一台乗り捨てればいいのだ。標的にされてしまったアパートの住人は、次の場所を見つけて乗り捨ててくれればいい。次世代のシェアサイクルだ。
これからは毎日そこまで乗り捨てに行けば、駐輪場に自転車がたまることもない、とアドバイスをしてどうにか一件落着となった。
そうして悩みを解決してから、一ヶ月ほど経ったある日、ついに因果が巡ってきた。
「なるほどね」
自分の住んでいるアパートの前に、あの自転車が並べられていた。どうやらサイクルの一部に組み込まれてしまったらしい。
自転車は無限に増えるが、駐輪場のあるアパートは有限だ。いつかうちに置かれるのも当然の流れだった。
「まあ、しょうがないか」
放置された自転車にまたがって駐輪場のあるアパートを探す。これから毎日一台以上、どこかに置いてこなければいけない。