辻曲の一族 ナナメ男

文字数 1,171文字


 それが自分の身に起きたとき、俺はまったく慌てなかった。
 両親や祖父母、親戚から散々聞かされていたからだ。慌てず騒がず、教えられたとおりに川沢病院に連絡をとった。
「辻曲了平です」と名乗ると、電話を取った受付の人も「ああ、辻曲さんですね」と何もかも了承した様子で、ベテランの看護師さんに変わってくれた。
「症状は、重力の歪みです」と伝えると、「他の患者さんが戸惑われるので、来院されない方がいいですね」と往診してもらうことになった。
 昨日から、俺の周囲だけ重力が歪んでしまったのだ。
 周りからしたら、俺がふざけて身体を斜めに傾けているようにしか見えないだろう。しかし自分では真っ直ぐ立っているつもりだし、頭の位置から消しゴムを落としてみたら、真下ではなく斜めに引っ張られ足下に落ちた。
 今は一人暮らしなので、部屋にいれば誰かに迷惑をかけることもない。精神科医の川沢先生が尋ねてくるまで、自宅でおとなしく過ごした。
 もしかしたら、この能力が何かに活かせるかもしれない、という欲はあったが、発症してしまったら、余計なことは考えずに、おとなしく先生に任せるようにと幼い頃から何度も教えられてきた。
「この程度でよかったよ。了平くんのお父さんは天井を歩いたらしいからね」
 発症したのが屋内でラッキーだった、雲の上まで往診には行けないからね、と翌日部屋に来た川沢先生は笑って言った。
 うちの一族にでる奇妙な症状は、精神疾患ではない、という結論が出ている。それなのに、なぜ精神科医である川沢先生に治せるのかはわからないが、一族はほとんど全員川沢病院にお世話になっている。
「じゃあベッドに横になって」
 指示に従うと、ベッドが片輪走行みたいな傾き方で斜めになった。
「はは、そうか、忘れたよ。そうなるんだ」
 こうなるのか、と笑いながら俺を見下ろしている。先代の先生は無口の人だったらしいけれど、三年前に継いだ今の川沢先生は、やけに明るく人なつっこい。
「ちょっと出かけようか」
 連れて行かれたのは、パチンコ屋だった。隣に座った先生の指示通りに手をかざしながら打ち続けた。玉は重力に従って落ちていく、それをコントロールできるのだ、大勝ちして当然だ。重くなった財布と、大量のお菓子を抱えて町を歩く。
「了平くんは、能力を有効活用することは考えないように言われてたんだよね?」
「ええ」
 だから、こうして先生が能力の活用法を指南してくれたのが、ひどく意外だった。
「それで、どうする? 今からでも治療はできるけど?」
 治さないとまともな生活は一生できないよ? と問いかけてくる。
「え、でも」
 せっかく儲ける方法が見つかったのだ。迷う俺の顔を見て、川沢先生はニッと笑った。ネコ科の笑顔だ。
「ほら、手放せなくなった」
 ケラケラ軽い笑い声は、重力が狂っていても、俺の耳に真っ直ぐ届いた。
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