眠りねずみ

文字数 996文字

 うちのハムスターはいつも寝ている。
 いつ見ても横になっていて、気持ちよさそうに寝息を立てている。
 もちろん、ハムスターが夜行性なのは知っている。だから何度も走っている姿を見ようとして、深夜にケージをのぞき込んで見たが、夜は夜で巣穴に戻ってぐっすり寝ているのだから、手の着けようがない。
 ハムスターを飼うなら絶対に必要だと言われた買った回し車も、全く使われないせいで、すっかりベアリングが錆び付いて、手で回すとキイキイ音を立てるようになってしまった。
 いつの間にか水やエサは減っているので、絶対にどこかのタイミングで起きているはずなんだけど、一日中見張っていても、トイレとか食事とか、ちょっと目を離した隙にいなくなっている。
 飼い始めたときは、ジョセフィーヌという立派な名前があったのだけど、今となっては家族の誰もその名前を使わなくなった。
 眠るハムスターで、ネムスと呼んでいる。
「ネムスにエサあげた?」
「ケージから音がしたから、起きたのかと思ったら、」
「ねえ、寝ながら鳴いたよ。寝言じゃない?」
 いつ見ても寝ているので、観察する面白さはなかったけれど、ちゃんとかわいかった。ハムスターはかわいくあるのが仕事なので、ネムスは十分役割を果たしている。
「ねえネムス」
 ケージ越しに話しかけても、いつも安らかな寝息を立てている。
 家族の誰もが、うちのネムスはいつまでもスヤスヤと、眠り続けるものだと思っていた。
 ある日、ネムスの様子を見ようとケージをのぞき込むと、寝息を立てていないことに気付いた。ネムスは、眠るように死んでいた。
 ハムスターの寿命は通常二年と言われているところ、なんと五年も生きたので、ずいぶんと長生きだったろう。しかし、走行距離にすると、二年で寿命を全うするハムスターの十分の一も走りきっていないような気がする。
 空いたケージには、三ヶ月後に別のハムスターが住み始めた。ネムスのいない生活に耐えられなくて、家族で相談して買ってきたのだ。
 ジョセフィーヌを襲名した二代目は、走るのが好きだった。
 夜中に回し車を回すのはもちろん、明るいうちに走るのも珍しくなかった。
 それでもやっぱり眠るときは横になってスヤスヤと寝息を立てるのだ。
 たくさん走って、たくさん眠るといい。
 まだ日の高い時間、巣穴の外で気持ちよさそうに眠るジョセフィーヌを起こさないようにそっと声をかける。
「おやすみ」
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