一輪車どうしよう

文字数 1,099文字









 二十五歳の誕生日、ふと思い立って一輪車を買った。
 これまで特技と呼べる特技もなく、趣味と呼べる趣味もなかった自分にも、何かひとつくらいと思い、深夜まで営業している雑貨店で一万円弱を支払った。誕生日プレゼントだと考えたら、無茶な買い物でもない。
 高いものを買った勢いそのまま、深夜の公園で練習を始める。
 何度も転んで肘を擦り剥いたけれど、乗り方のコツを調べて挑戦を続けたら、ふっと身体の力が抜けてバランスがとれる瞬間があった。
 どこまでも行ける。直感的にそう思った。
 夜がそうさせたのか、ひとつ年をとったことが怖かったのか、この瞬間を手放すのが惜しくなった。一輪車に乗ったまま公園をぐるりと一周した後、おそるおそる公園から外に出た。大丈夫、この時間はほとんど車も走っていない。
 行けるところまで行ってみよう。
 意外なことに、まったくバランスを崩すことなく、五キロ、十キロと走行距離を伸ばして行く。
 やがて朝が来て、再び夜が来た。不思議と疲れはなく、眠さも感じない。
「足をつかずに、どこまでいけるか試しているんです」
 自転車に乗った男性に、何をしているのか、と問われたので、正直に答えた。
 そうしてすれ違った誰かが俺の話をしたのか、走り始めて三ヶ月ほど経った頃、
大きなカメラを持った人たちが撮影しにきて、夕方のニュースで特集されることになった。
 そんなことを言ったつもりはなかったのだけど、放送では一輪車から降りずに日本一周を目指しているということになっていた。
 放送を終えてから、いつの間にかファンができた。
「あなたが好き!」
 映像を見て一目惚れしたという人も現れて、三日ほど並走した結果、結婚することになった。一輪車に乗ったまま結婚式を挙げ、一輪車に乗ったままキスをした。
 北国では雪をかきわけて進み、南国では砂に車輪を取られながらも足は止めなかった。フェリーに乗ったときは、揺れる船の上でバランスを取るのに苦労したけれど、歯を食いしばってやり遂げた。
 スタートから二年、まさか一度も足をつかずに本当に日本一周してしまうなんて、自分自身想像すらしていなかった。
 ゴール地点としてテレビ局に指定されたのは、人が大勢集まっても迷惑にならないということで、街から離れた埠頭だった。
 本当にこんなところに来てくれるのか、とコンテナが並ぶ構内を進んでいくと、テレビの告知を見た人たちが集まっていた。ざっと百人以上はいるように見える。
 人だかりの中に、ひときわ目立つ大きな横断幕が目に入った。
『日本一周達成おめでとう』
 祝いの言葉に、胸が熱くなる。
 その横に、もうひとつ。
『世界一周への挑戦』
 聞いてないぞ。
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