あなた専用になるのなら

文字数 918文字


:@kanon4225






 ゾンビと言ったら怒られた。
「違う。到達者」
 人類の次のステージに到達した者たちは、そう名乗っているのだという。
 僕の病室に侵入してきた到達者、カナミは中学一年か二年か、僕と同い年くらいに見えた。
 母親のお見舞いに来たけれど、退屈になって院内を探検していたら、隔離エリアに迷い込んでしまったという。僕は自分が隔離されているなんて知らなかったので、
「普通、隔離されるのって、感染した人たちの方じゃないの?」
「最初はね」
 何が起きているのか知らなかったけれど、半年前に初の感染者(カナミ風にいえば到達者)が確認されて以来、社会は大きく変わったらしい。
 僕が入院している病棟には、外部からの情報は一切入ってこないので、何が起きても気付かなかったのだ。
「僕は、カナミといて大丈夫なの?」
「別に人を襲ったりしない」
 ゾンビって、こんな風に笑うんだ。鋭い牙がちらりとのぞいた。
「ただ人の肉を食べるだけだよ」
 そのふたつの違いが僕にはわからなかった。
「ところで、お昼は食べた?」
 さっきからカナミがやたらと熱っぽい目で僕を見ているのが気になった。僕に一目惚れしたというのなら、すごく嬉しいんだけれど、たぶんそうではないみたいだ。
「ごめん、ちょっとトイレ」
 身震いの原因は、尿意じゃない。
 カナミのいないところに行きたくて、病室を出た。ドアが閉まるのと同時に、全速力で駆け出す。どこか安全なところへ行きたかった。
 とにかく外に出ようとして、廊下を駆け抜けてエレベーターホールに辿り着いた。ボタンを連打しながらふと顔を上げると、エレベーターのドアに、パネルが貼られていた。
『到達者専用』
 白いパネルに黒々と印字されたそれは、最近設置されたのだろう。
 隣にある貨物用のエレベーターと見ると、そちらにもパネルが貼ってあった。
『旧人類用』
 たった二つのパネルの存在が、すでに世界が逆転していることを示していた。
「待ってよ」
 後ろから、カナミの声がする。
 ここままカナミに噛んでもらって、到達者とやらになるのも悪くないかもしれない。
 そしたら、一度も会ったことのないパパや、半年もお見舞いに来ていないママをカナミと一緒に食べるんだ。
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