空から
文字数 940文字
「もう、いいかげんに直してよ!」
こぢんまりとした古い一軒家で、父と娘のふたり暮らし、ただでさえ狭いのに、一部屋が意味もなく使えないなんて耐えきれなかった。あの部屋があけば、念願の個室だって手に入るのに。
普段の生活から考えて、屋根の修理くらいするお金は十分持っているはずだ。
「でもなあ」
もじゃもじゃの頭を掻きながら、パパがぼやく。
「母さんが帰ってくるとき、目印がないと困るだろ」
私だってもう高校生になるんだから、いいかげん夢みたいな話をするのはやめてほしい。我が家の一番奥の部屋は、屋根に穴が空いている。パパがいうには、十数年前にママが空から振ってきたときに穴が空いてそのままにしているという。
ママは私を産んですぐに空の上に帰っていってしまった。
とんでもないファンタジーだ。
離婚か死別かすら教えてくれない。何度も問いただしたけれど「ママはいつか帰ってくるから」なんて曖昧な言葉でごまかされ続けてきた。
「サンタクロースじゃないんだから、いいかげん本当のこ――」
私が声を荒らげた瞬間、空を切り裂くような音とともに、床を通して衝撃が伝わってきた。
「うそでしょ?」
パパと顔を見合わせる。家の穴めがけて、何か大きなものが落ちてきたのだ。
「ママ?」
「いや……」
埃のなかからうっすらと透けて見える顔は、写真で見たママのものとは違っていた。中性的な顔立ちで最初はママかと思ったけれど、男の子だ。
いてて、と腰をさすりながら立ち上がったその子は、私の顔を見て嬉しそうに言う。
「姉さん」
「ねえさん?」
意外な言葉に戸惑っていると、弟を自称する子が抱きついてきた。なすがままにされながら、会ったことのないママについて考える。パパが屋根も直さず待っていた間に、空の上で再婚していたらしい。
パパの方を見ると、あまりの事実を受け止めきれず呆然と立ち尽くしている。
「あ」
弟を振り払って さらに空から何かが降ってきた。
「お母さん」
「違うよ」
またもや中性的な美少年だ。しかも今度は弟じゃなくて息子らしい。当然産んだ覚えはない。
何が起きているかはわからないけれど、ママに会いに行かなければならないようだ。少なくとも、少年ふたりの墜落のせいで広がった穴の分の修理費はもらわないと気が済まない。