愛される子

文字数 1,018文字


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 うちの子は特別なんだと思う。
 ハイハイを始めるのも、言葉を覚えるのも、他の子よりもいつも早かった。ぷっくりふくれた頬と愛らしい目、少しカールしたつやのある髪は、ベビー用品のパッケージに印刷されているモデルの子たちよりも、ずっと美しかった。
「すごーい」
 夫がひさしぶりに丸一日休みが取れたというので、親子三人で水族館に来ていた。
 この子は自分で歩きたがるけれど、広い館内を子供の足で一周するのは重労働なので、頻繁に夫が抱きかかえて移動することになる。
 ひときわ大きな水槽の前についたとき、夫の手を離れて自分で水槽に駆け寄った。
「すごーい」
 水槽の中を泳ぐ色とりどりの魚たちに、感動して目を輝かせている。魚に向かって手を伸ばすと、水槽の中の魚たちが一斉に私たちの子めがけて泳いできた。
 ゴンゴンと唇をぶつけながらも、水槽があることを認識できないのか、それとも忌まわしいそれを突き破ろうとしているのか、魚たちは勢いを止めない。
「おいしそうに見えるのかな」という私の言葉を、夫は鼻で笑う。「魚はそんなに目が良くない」
 見えていなくても、この子の魅力は伝わるのだ。鈍い夫より、やはり自然の生き物の方がよっぽど物事をわかっている。
「すごーい」
 私の子は魚たちの視線を一身に浴びている。世界を股にかける海洋学者になるか、大統領がもてなす一流の寿司職人になるか、この子の人生には可能性が詰まっている。
「ぷくぷくってしてるから、おいしおうなんだよね」
 私自身、この子を食べてしまいたいと思うことは頻繁にある。魚たちにその魅力が伝わっていないと考える方がおかしいだろう。
「そんなわけないだろ」
 夫の高圧的な言葉に、つい強い言葉で返してしまい、次第に口論になった。
「馬鹿なこと言うな」
「わかった!」
 この男はちょっと稼ぎがいいからって、この世で自分が一番賢いと勘違いしているのだ。そんな鈍感人間でも、実際に見てしまえば納得するだろう。私は我が子を抱え上げると、水槽の中に放り込んだ。
「ほらね、おいしそうに見えてたんだ」
 魚たちは突然水しぶきに一度解散したものの、すぐに再び集まりだして、一斉に私の子をつつきはじめた。
 あの子は魚たちと同じように口をパクパクさせながら、水槽のこちら側にいる私に向かって言葉を放っていた。
「すごーい」
 水槽の中には、たくさんの綺麗な魚が泳いでいるけれど、やっぱり我が子が一番かわいい。
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