第27話 追跡者 西暦525年
文字数 2,562文字
ヒベルニア島 Hibernia Island
「おおっ、島影が見えて来た。助かった。何とか陸に辿 り着けそうだぞ!」
スパイサー王国宰相セラヌの忠実 な僕 、仲間からは頭目 と呼ばれるグレンが、大海原 を進む舟の舳先 に立ちあがり、声を張り上げる。広大な海原に揺られ、白波の洋上を見詰めて来た瞳が、やっとの事で波間に浮かぶ島影を見つけたのだ。
「頭目。あっしら大地の上では無敵ですが、海の上は嫌でやんすよ。四方からうねる波を受け、板子 一枚下は地獄。何時になったら何処に辿り着けるのやら。もう生きた心地がしねえ!!」
ヨーンが情けない声を出した。
「そうよな。我等が舟で沖に乗り出すのは初めての経験だからな」
グレンが島影に目を凝らし応える。
「頭目。あっしにも島影が見えましたぜ。この先はどうしやす?」
トリスが尋ねる。
「良し、皆櫂 を取れ。ここから先は潮の流れに任せてとはいかぬ。力一杯櫂を漕 ぎ、あの島に上陸するのだ!」
グレンが部下に指示を与えた。
「そおーれ。力一杯漕いで、早くこの地獄から抜け出すざんす」
島影を見て息を吹き返したヨーンが掛け声を上げた。
「しかし好く辿り着けましたね!?」
船上、櫂を漕ぎながらイワンがグレンに話し掛ける。
「何がだ? イワン」
「頭目は、心配ではなかったのですかい? よいしょ。そらさ」
「ああ。セラヌ様の言う事に間違いはない。何事も、あの御方を信頼していれば間違いはないのだ」
「しかし今回ばかりは肝を冷やしたんじゃないのですかい? よいしょ。だって頭目、『助かった』なーんて、言っちまってやしたぜ。そらさ。よっこらしょ」
「ふふっ、イワン。忘れてくれ。今回の失言は、セラヌ様にも知られてしまうな…」
「だけど頭目。人任せで不安は無いのですかい? よいしょ。だって任務の後はどうなりやす? そらさ。あっしら、出て来た港まで無事に帰り着けるのですかい? よいしょ」
再びヨーンが口を開いた。
「よいかヨーンよ。セラヌ様の為される事には、たとえ夢でも疑念は持たぬ事だ。我等は、唯セラヌ様の指示に従っておれば良いのだ。長生きしたければ、つべこべ言わずに櫂を引け!」
グレンは舟の舳先 に立ち続ける。
「ひえーっ、頭目。よいしょ。あっしはそんな積りで言ったんじゃないんです。そらさ。只、無事に帰れるかどうかを心配した丈でやんすよ! よいしょ」
グレンの言葉に、ヨーンはすっかり萎縮してしまった。
「セラヌ様より、帰りの海路についても御教えを戴いている。心配は無用!」
「へい。心配無用と心掛けます。よいしょ。こらしょ。よいしょ。こらしょ」
ヨーンは黙々と櫂を漕ぎまくる。
「帰路 については先ず、下弦の月が真夜中に昇る迄の期間を島で待たなければならない。それには七日程はかかろうか… それ迄に舟に帆を張り、準備をしておけとセラヌ様より言われている」
出発にあたってグレンは、宰相セラヌより細やかな指示を与えられていた。
「ヨーンよ。そしてイワンも聴くのだ。セラヌ様よりの指示は、直接私の頭に送られて来る。それがあの方の恐ろしい所だ。どこに居ようとも、あの方の言葉は突然私の頭に送られて来るのだ。遠くに居ても我等の考えなど、セラヌ様には全てお見通しなのだ。だからたとえ夢の中でも、あの方を疑ったりは出来ぬのさ…」
「よいしょ。頭目。セラヌ様への疑念など、あっしは生涯持ちません。肝に銘じやす。よいしょ」
ヨーンがかしこまり応える。
「あっしも、肝に銘じやす」
豪胆な性格のイワンも、さすがにこの話には肝を冷やしたようである。
「それで良い。下弦の月が真夜中に昇る時季 を待ち、我らは指示された星に向い、沖へと漕ぎ出す。目指す星に向い舟を進めていれば、東に向かう強い風と出会うとの事だ。我等はその時、大きく帆を張り風を捕まえる。ブリテンにはそれで帰り着ける。セラヌ様はそう仰せられた」
「へい。よいしょ。セラヌ様のお言葉を信じていますとも」
「ヨーンよ、それで良い。それより我等はセラヌ様が指示された時季迄にバッジョを捜し出し、必ず奴を仕留 めるのだ。セラヌ様のお言葉では、バッジョには強い霊力を持った者が付き添うているとの事だ。油断なく一気に片付けるぞ!」
「へい。よいしょ。陸仕事はアッシに任せて下さい。そらさ」
ヨーンは再び、魔王の忠実な僕に戻っていた。
「よし櫂を置け。漕ぐのは終わりだ」
舟が陸地に近付いた事を確認したグレンは、島の様子を伺う。
「頭目。月明かりが強過ぎますぜ。これじゃあ我等の上陸は知られてしまう」
それまで一言も言葉を発しなかったカンブレが口を開いた。カンブレはヨーンの弟である。
「ああ。この月明かり、眩しすぎる。だからこそ我等も島を見つける事が出来たのだが…」
「暫くこのまま、沖で待機しますか?」
イワンが尋ねる。
「ふうっ。確かに誰かが島から監視をしていれば、無論我等の姿も見つけられよう。だがな、もしそのような者が居れば、我等にとっても利益がある。その者を辿れば、きっとバッジョに辿り着くであろうからな。よし、このまま進め! よいか!? こちらからも良く海岸を見渡しておくのだ」
「へい」
「カンブレ。お前は俺よりも夜目が効く。どんな小さな動きも見逃すな!!」
グレンはカンブレに指示を与えた。
「へい。頭目」
カンブレが応える。
「ヨーン。海岸に上陸後、お前は舟を隠す適当な場所を見つけて、そこで待機だ」
「へい。了解です」
「あとの三人は俺と共に島の内部へと潜り込む。よいか、この島にもブリテンと同じく、石板が建ち並ぶ場所があるとの事だ。『バッジョの所在は、石板の近くで見つけ出せる』 セラヌ様はそう仰せられた。先にバッジョを見つけた者は、その場にて身を隠し、皆が揃 う迄待て。発見の合図は何時もの犬笛を使う。犬笛の音色は普通の人間には聞こえぬ。訓練し者以外には、獣にしか聞こえぬ音階。イワンにはカンブレを… 俺はトリスを連れて行く」
「へい」
舟上に男達の勇ましい声が響き渡った。
月の明るい夜、ヒルベニア島東の海岸に一艘の舟が辿り着いた。浅瀬に乗り上げた舟からは、二組四人の人影が飛び降り辺りをうかがう。人影は疾風 のように砂浜を駆け抜け、崖を上り草原へと消えて行った。
月夜に照らされた舟の姿も、何時しか波際 から消え失せていた。
「おおっ、島影が見えて来た。助かった。何とか陸に
スパイサー王国宰相セラヌの
「頭目。あっしら大地の上では無敵ですが、海の上は嫌でやんすよ。四方からうねる波を受け、
ヨーンが情けない声を出した。
「そうよな。我等が舟で沖に乗り出すのは初めての経験だからな」
グレンが島影に目を凝らし応える。
「頭目。あっしにも島影が見えましたぜ。この先はどうしやす?」
トリスが尋ねる。
「良し、皆
グレンが部下に指示を与えた。
「そおーれ。力一杯漕いで、早くこの地獄から抜け出すざんす」
島影を見て息を吹き返したヨーンが掛け声を上げた。
「しかし好く辿り着けましたね!?」
船上、櫂を漕ぎながらイワンがグレンに話し掛ける。
「何がだ? イワン」
「頭目は、心配ではなかったのですかい? よいしょ。そらさ」
「ああ。セラヌ様の言う事に間違いはない。何事も、あの御方を信頼していれば間違いはないのだ」
「しかし今回ばかりは肝を冷やしたんじゃないのですかい? よいしょ。だって頭目、『助かった』なーんて、言っちまってやしたぜ。そらさ。よっこらしょ」
「ふふっ、イワン。忘れてくれ。今回の失言は、セラヌ様にも知られてしまうな…」
「だけど頭目。人任せで不安は無いのですかい? よいしょ。だって任務の後はどうなりやす? そらさ。あっしら、出て来た港まで無事に帰り着けるのですかい? よいしょ」
再びヨーンが口を開いた。
「よいかヨーンよ。セラヌ様の為される事には、たとえ夢でも疑念は持たぬ事だ。我等は、唯セラヌ様の指示に従っておれば良いのだ。長生きしたければ、つべこべ言わずに櫂を引け!」
グレンは舟の
「ひえーっ、頭目。よいしょ。あっしはそんな積りで言ったんじゃないんです。そらさ。只、無事に帰れるかどうかを心配した丈でやんすよ! よいしょ」
グレンの言葉に、ヨーンはすっかり萎縮してしまった。
「セラヌ様より、帰りの海路についても御教えを戴いている。心配は無用!」
「へい。心配無用と心掛けます。よいしょ。こらしょ。よいしょ。こらしょ」
ヨーンは黙々と櫂を漕ぎまくる。
「
出発にあたってグレンは、宰相セラヌより細やかな指示を与えられていた。
「ヨーンよ。そしてイワンも聴くのだ。セラヌ様よりの指示は、直接私の頭に送られて来る。それがあの方の恐ろしい所だ。どこに居ようとも、あの方の言葉は突然私の頭に送られて来るのだ。遠くに居ても我等の考えなど、セラヌ様には全てお見通しなのだ。だからたとえ夢の中でも、あの方を疑ったりは出来ぬのさ…」
「よいしょ。頭目。セラヌ様への疑念など、あっしは生涯持ちません。肝に銘じやす。よいしょ」
ヨーンがかしこまり応える。
「あっしも、肝に銘じやす」
豪胆な性格のイワンも、さすがにこの話には肝を冷やしたようである。
「それで良い。下弦の月が真夜中に昇る
「へい。よいしょ。セラヌ様のお言葉を信じていますとも」
「ヨーンよ、それで良い。それより我等はセラヌ様が指示された時季迄にバッジョを捜し出し、必ず奴を
「へい。よいしょ。陸仕事はアッシに任せて下さい。そらさ」
ヨーンは再び、魔王の忠実な僕に戻っていた。
「よし櫂を置け。漕ぐのは終わりだ」
舟が陸地に近付いた事を確認したグレンは、島の様子を伺う。
「頭目。月明かりが強過ぎますぜ。これじゃあ我等の上陸は知られてしまう」
それまで一言も言葉を発しなかったカンブレが口を開いた。カンブレはヨーンの弟である。
「ああ。この月明かり、眩しすぎる。だからこそ我等も島を見つける事が出来たのだが…」
「暫くこのまま、沖で待機しますか?」
イワンが尋ねる。
「ふうっ。確かに誰かが島から監視をしていれば、無論我等の姿も見つけられよう。だがな、もしそのような者が居れば、我等にとっても利益がある。その者を辿れば、きっとバッジョに辿り着くであろうからな。よし、このまま進め! よいか!? こちらからも良く海岸を見渡しておくのだ」
「へい」
「カンブレ。お前は俺よりも夜目が効く。どんな小さな動きも見逃すな!!」
グレンはカンブレに指示を与えた。
「へい。頭目」
カンブレが応える。
「ヨーン。海岸に上陸後、お前は舟を隠す適当な場所を見つけて、そこで待機だ」
「へい。了解です」
「あとの三人は俺と共に島の内部へと潜り込む。よいか、この島にもブリテンと同じく、石板が建ち並ぶ場所があるとの事だ。『バッジョの所在は、石板の近くで見つけ出せる』 セラヌ様はそう仰せられた。先にバッジョを見つけた者は、その場にて身を隠し、皆が
「へい」
舟上に男達の勇ましい声が響き渡った。
月の明るい夜、ヒルベニア島東の海岸に一艘の舟が辿り着いた。浅瀬に乗り上げた舟からは、二組四人の人影が飛び降り辺りをうかがう。人影は
月夜に照らされた舟の姿も、何時しか