第48話 カレンの休日 西暦2025年July
文字数 3,324文字
ニューヨーク マンハッタン
New York Manhattan
「カレン。お母様のブローチ、今日の服装に合っているかしら? 誕生日にって、お父様がプレゼントしてくれたのよ!」
サリーが嬉しそうに、豪華なブローチを着衣から外して見せる。ブローチにはダイヤとエメラルドが鏤 められていた。
「好いわね! 大きな石が使われているのに嫌味もなく上品、テレビのお仕事中にするのも良いわね。お父様もセンスがいいわ」
カレンは手に取ったブローチを見詰めながら答えた。
カレンの母サリーは高名な料理評論家である。テレビの料理番組には、いつも 引っ張りだこという状態の多忙な日々を送っていた。そんな母親との ゆっくりとした語らいの時間を持てたのは、カレンにとっても随分と久しぶりの事であった。
(お父様も相変わらず忙しい。今日も朝早くから仕事の打ち合わせにと、朝食もそこそこに済ませ出掛けて行った。父は最近、カ-レル財団より顧問弁護士就任の依頼を受けたようだ。午後からはカ-レル財団本部に行くような話をしていた。カ-レル財団? 最近よく耳にする名前。何故かしら? 突然のアクシデントでバスの床に倒れた私を、偶然居合わせたカーレル総帥が病院にまで運んでくれた。偶然? 何か可笑しいわよ!? そもそもカーレル総帥のようなセレブが、通学時間のアメリカン交通社のバスに乗り込んでくるかしら? あの後、レオナルド一家は豪華客船世界一周の旅に急に出掛けるし、お父様にはカ-レル財団顧問弁護士就任の依頼が来た。財団の総統が私の名前宛で『何時でも遊びに来て下さい』だなんて、妙 に親し気なメッセージを付けて花束を届けて来たのも変!? とても変よ!? それにレオナルドが私に嘘を吐くだなんて… そんなの生まれて初めての事よ。確かにレオナルドの御家族は、豪華客船世界一周の旅に出掛けていると思う。だけどレオナルドはその旅に同行をしていない。私の直感。たぶん間違ってはいない。解るのよ、レオナルドの事は! どんなに上手 く取り繕 ったって、物心 が着いた時から一度も離れた事などないのだから。でもいいわ。今日からは夏休み。明日は朝からカ-レル・サンダ-卿の屋敷に乗り込んでやるわ。きっとレオナルドはそこに居る。でもどうしてそう思うのかしら?)
カレンは母を目の前にして、ひとり考えに耽 っていた。
(折角 の親子の団欒 に考え事など、お母様に申し訳がないわ…)
カレンは目の前で話し続ける母サリーとの語らいへと戻って行く。
「それでね、今度私に番組のプロデュースをしてみないかって、料理の時間帯だけでなくよ!! 『一時間の番組総てを自由な発想で君に任せたい』 オーナーがそう言うのよ。番組の製作費用を総て持つからどうかって。それにオーナーの会社のコマーシャルにも出てくれませんかって。私、女優じゃないからって何度も断ったのに聞いてくれないのよ…」
サリーはカレンの優しい心情にもまるで気付かずに、自分の話ばかりを続けていた。
(お母様は変わらないわ…)
カレンは一人話し続ける母を見て熟々 と思う。悪い意味ではない。何ごとにも真剣で常に前向きに生きている母の姿は、カレンの憧 れでもあったのだ。
「それでね。オーナーって、やや年齢は行っているんだけれど、ダンディで好い男なのよ。先日、局長やプロデューサーが同行した食事会の折りに、交通渋滞で随分と待たせてしまったのだけれど… 嫌だ、本当は私のお化粧に時間がかかってしまったせいもあるのよ… それでも嫌な顔一つしないで、笑顔で私達を迎えてくれた。なんて言うのかな!? お金や会社をたくさん持ってる丈 の人ではなく、暖かい大きな心を持っている事が側 に居て直ぐに解る人。そんな感じなの。カーレル・B・サンダー卿 って」
サリーは楽しそうに話し続ける。
「カーレル・B・サンダー卿!?」
母の話に不意に飛び出した名前に驚いて、カレンは声を上げる。
「お母様。カ-レル財団の総帥と食事をしたの?」
「ええ、そうよ。さっきからそう話しているじゃない」
「ええ、そうだけど。そのカ-レル総帥に、お母様がお願いをされているの? テレビのコマーシャルへの出演や番組のプロデュースの事などを」
「ええ。そうよ」
「それでね。そのとき御馳走になったお料理が、料理評論家の私とて知らなかったとても古典的なスタイルで、例えば…」
「待って。待って頂戴」
カレンは、放って置くと延々と話し続けるであろう母サリーの話を途中で遮る。
「待って。お母様。カ-レル総帥の話だけれど」
「カレン。カ-レル総帥がどうかしたの?」
「お母様。カ-レル総帥の事は詳 しい? 親しいお友達にでもなったの?」
カレンは尋ねる。
「あら。お友達ではないわよ。そうねえ。どちらかと言えば私よりお父様の方が、総帥とは親しいかしらね」
「ええーっ。お父様が!?」
予想もしていなかった母の返答に、カレンは思わず席から立ち上がってしまった。
「お父様がカ-レル卿と親しいですって!? 嘘、どうして? お父様は顧問弁護士就任を依頼され、これからカ-レル財団とのお仕事を始めるんじゃないの?」
カレンは母に尋ねる。
「いいえ違うわ。逆なのよ。偶然親しくなった後で、顧問弁護士の依頼が来たのよ。なんでもお父様の素晴らしい人柄 にカ-レル総帥の心が惹 き付けられたそうよ」
「ええっ。お母様それって本当に?」
「ええ。勿論本当の話しよ。あら、お母様が貴方に嘘を吐いた事があって!?」
サリーは娘の瞳を見て優しく尋ねる。
「だってそんな… 何時から我が家はカ-レル財団と親しい間柄 となったの?」
「あら。お母様の所属するテレビ局は以前よりカ-レル財団の傘下企業だけど。そうね、お父様が総帥とお会いするようになったのは2週間程前からかしら!? そうそう。貴方がバスの車内で転倒して、財団の病院にお世話になった翌日に、お財布を忘れて困っていたカ-レル総帥と偶然街角のお店でお父様がお会いして… その日からよ。それから毎日のように二人はお会いになっているそうよ」
「ええっ。そんな事、聞いて無いわ!」
カレンは大きな瞳を更に大きくして叫んだ。
「あらそう。だけど変よね。カレンがそんな事を知らないだなんて!? だってカ-レル総帥は、『お嬢様と、お隣のレオナルド君と僕とは旧知 の間柄だから、今後は是非 お父様、お母様とも仲良くおつき合いをさせて下さい』って、私達にそう挨拶 をしたのよ」
「ええっ、そうなの。レオナルドと私が、カ-レル財団総帥と旧知の間柄? カ-レル財団の総帥はそう言ったの?」
カレンの思考は激しく混乱していた。
「もう夏休みに入ったのだから好いかしら。高校には内緒 だけど、レオナルド君は学校を休んで名門のカ-レル総合大学航空宇宙物理学科のセミナーに参加しているようね。レオナルド君は宇宙飛行士の志望だから、今後はカ-レル総合大学に進学する積りじゃない」
「ええっ。だってママ。レオナルドは今、豪華客船世界一周の旅に御家族と出掛けているんじゃないの?」
「あら。それは高校を休む為の口実 でしょう。まさか、貴方知らなかったの?」
「知らなかった!!」
カレンは口を尖 らせて答えた。
「それにレオナルドが私に何一つの相談もなく志望校を決めるだなんて。そんな筈 はないわ。そんなの可笑 しいわよ!」
「だけど。貴方にだって明日からカ-レル総帥邸に来るようにと招待状が届いているんじゃないの!? 貴方が高校通学の皆勤賞 を目指していなければ、今頃はレオナルド君と一緒に…」
サリーはこの時始めて、本当に娘だけが総てを知らなかったのだと気付いた。
「あらごめんなさい。貴方一人、蚊屋 の外にしていたのね。私、貴方もすっかり知ってるものだと。あらごめんなさい。でもどうしてかしら?」
「何も知らされてないわよ。私だけ何も知らされてないわよ…」
カレンは驚きの感情も失せ、強い失望と悲しみに心を支配される。
気まずい雰囲気を何とか打開しようと、母サリーはこの場にいないレオナルドに責任の転換を押しつけようと図 る。
「レオナルド君は何も言わなかった?」
「何も言わなかった!!」
その事が、カレンには一番堪えていたのである。
New York Manhattan
「カレン。お母様のブローチ、今日の服装に合っているかしら? 誕生日にって、お父様がプレゼントしてくれたのよ!」
サリーが嬉しそうに、豪華なブローチを着衣から外して見せる。ブローチにはダイヤとエメラルドが
「好いわね! 大きな石が使われているのに嫌味もなく上品、テレビのお仕事中にするのも良いわね。お父様もセンスがいいわ」
カレンは手に取ったブローチを見詰めながら答えた。
カレンの母サリーは高名な料理評論家である。テレビの料理番組には、いつも 引っ張りだこという状態の多忙な日々を送っていた。そんな母親との ゆっくりとした語らいの時間を持てたのは、カレンにとっても随分と久しぶりの事であった。
(お父様も相変わらず忙しい。今日も朝早くから仕事の打ち合わせにと、朝食もそこそこに済ませ出掛けて行った。父は最近、カ-レル財団より顧問弁護士就任の依頼を受けたようだ。午後からはカ-レル財団本部に行くような話をしていた。カ-レル財団? 最近よく耳にする名前。何故かしら? 突然のアクシデントでバスの床に倒れた私を、偶然居合わせたカーレル総帥が病院にまで運んでくれた。偶然? 何か可笑しいわよ!? そもそもカーレル総帥のようなセレブが、通学時間のアメリカン交通社のバスに乗り込んでくるかしら? あの後、レオナルド一家は豪華客船世界一周の旅に急に出掛けるし、お父様にはカ-レル財団顧問弁護士就任の依頼が来た。財団の総統が私の名前宛で『何時でも遊びに来て下さい』だなんて、
カレンは母を目の前にして、ひとり考えに
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カレンは目の前で話し続ける母サリーとの語らいへと戻って行く。
「それでね、今度私に番組のプロデュースをしてみないかって、料理の時間帯だけでなくよ!! 『一時間の番組総てを自由な発想で君に任せたい』 オーナーがそう言うのよ。番組の製作費用を総て持つからどうかって。それにオーナーの会社のコマーシャルにも出てくれませんかって。私、女優じゃないからって何度も断ったのに聞いてくれないのよ…」
サリーはカレンの優しい心情にもまるで気付かずに、自分の話ばかりを続けていた。
(お母様は変わらないわ…)
カレンは一人話し続ける母を見て
「それでね。オーナーって、やや年齢は行っているんだけれど、ダンディで好い男なのよ。先日、局長やプロデューサーが同行した食事会の折りに、交通渋滞で随分と待たせてしまったのだけれど… 嫌だ、本当は私のお化粧に時間がかかってしまったせいもあるのよ… それでも嫌な顔一つしないで、笑顔で私達を迎えてくれた。なんて言うのかな!? お金や会社をたくさん持ってる
サリーは楽しそうに話し続ける。
「カーレル・B・サンダー卿!?」
母の話に不意に飛び出した名前に驚いて、カレンは声を上げる。
「お母様。カ-レル財団の総帥と食事をしたの?」
「ええ、そうよ。さっきからそう話しているじゃない」
「ええ、そうだけど。そのカ-レル総帥に、お母様がお願いをされているの? テレビのコマーシャルへの出演や番組のプロデュースの事などを」
「ええ。そうよ」
「それでね。そのとき御馳走になったお料理が、料理評論家の私とて知らなかったとても古典的なスタイルで、例えば…」
「待って。待って頂戴」
カレンは、放って置くと延々と話し続けるであろう母サリーの話を途中で遮る。
「待って。お母様。カ-レル総帥の話だけれど」
「カレン。カ-レル総帥がどうかしたの?」
「お母様。カ-レル総帥の事は
カレンは尋ねる。
「あら。お友達ではないわよ。そうねえ。どちらかと言えば私よりお父様の方が、総帥とは親しいかしらね」
「ええーっ。お父様が!?」
予想もしていなかった母の返答に、カレンは思わず席から立ち上がってしまった。
「お父様がカ-レル卿と親しいですって!? 嘘、どうして? お父様は顧問弁護士就任を依頼され、これからカ-レル財団とのお仕事を始めるんじゃないの?」
カレンは母に尋ねる。
「いいえ違うわ。逆なのよ。偶然親しくなった後で、顧問弁護士の依頼が来たのよ。なんでもお父様の素晴らしい
「ええっ。お母様それって本当に?」
「ええ。勿論本当の話しよ。あら、お母様が貴方に嘘を吐いた事があって!?」
サリーは娘の瞳を見て優しく尋ねる。
「だってそんな… 何時から我が家はカ-レル財団と親しい
「あら。お母様の所属するテレビ局は以前よりカ-レル財団の傘下企業だけど。そうね、お父様が総帥とお会いするようになったのは2週間程前からかしら!? そうそう。貴方がバスの車内で転倒して、財団の病院にお世話になった翌日に、お財布を忘れて困っていたカ-レル総帥と偶然街角のお店でお父様がお会いして… その日からよ。それから毎日のように二人はお会いになっているそうよ」
「ええっ。そんな事、聞いて無いわ!」
カレンは大きな瞳を更に大きくして叫んだ。
「あらそう。だけど変よね。カレンがそんな事を知らないだなんて!? だってカ-レル総帥は、『お嬢様と、お隣のレオナルド君と僕とは
「ええっ、そうなの。レオナルドと私が、カ-レル財団総帥と旧知の間柄? カ-レル財団の総帥はそう言ったの?」
カレンの思考は激しく混乱していた。
「もう夏休みに入ったのだから好いかしら。高校には
「ええっ。だってママ。レオナルドは今、豪華客船世界一周の旅に御家族と出掛けているんじゃないの?」
「あら。それは高校を休む為の
「知らなかった!!」
カレンは口を
「それにレオナルドが私に何一つの相談もなく志望校を決めるだなんて。そんな
「だけど。貴方にだって明日からカ-レル総帥邸に来るようにと招待状が届いているんじゃないの!? 貴方が高校通学の
サリーはこの時始めて、本当に娘だけが総てを知らなかったのだと気付いた。
「あらごめんなさい。貴方一人、
「何も知らされてないわよ。私だけ何も知らされてないわよ…」
カレンは驚きの感情も失せ、強い失望と悲しみに心を支配される。
気まずい雰囲気を何とか打開しようと、母サリーはこの場にいないレオナルドに責任の転換を押しつけようと
「レオナルド君は何も言わなかった?」
「何も言わなかった!!」
その事が、カレンには一番堪えていたのである。