第14話 ガイウス・ユリウス・カエサル 紀元前52年
文字数 2,625文字
ガリア・オーヴェルニュ地方 ジェルゴヴィア
自由の地ガリアに、ローマ帝国総督ガイウス・ユリウス・カエサルの侵攻が始まってより七年の歳月が流れていた。
当初ガリア人にとって脅威 となっていたのは、アリオヴィストス率いるゲルマン人であった。この頃は、ガリア民族一の座をオーベルニュ族と競い合うへドゥイ族でさえ、ゲルマン人には決められた金を払い、人質を差出すなどの屈辱を強いられている状況であり、ゲルマン人への脅威が、カエサル率いるローマ軍にガリア侵攻の口実を与えてしまったのである。
カエサルの下に、ガリア全部族長が集まり、彼等はゲルマン人がガリア部族に行っている残酷で傲慢 な仕打ちを涙ながらに告白し、カサエルに援助を懇願 した。部族長の要請を承諾 したカエサルは、見事な手腕でローマ軍の指揮を執り、勇猛敏捷 な騎兵と歩兵を有するアリオヴィスツス率いるゲルマン軍を撃ち破り、ライン川の向こうに敗走させる大勝利を治める。
こうしてガリアの世界に深く入り込んだカエサルは、ガリア全土をローマの属州とする為の侵攻を始め、これに逆らうガリア部族達との戦いを続けていたのである。
例年のように、春から戦い続けていたローマ遠征部隊をガリアの地に冬営 させると、カエサルはイタリアに戻って行った。その隙をみて、ローマ支配に不満を高めていたガリアの指導者達が集まり、部族総決起集会を開いた。
熱心な議論の末、カスヌテス族が戦端を開く事を合図に、他の部族も必ず立ち上がりローマ軍と抗戦を開始するとの契約を交わし、ガリア部族総決起集会は終了する。
そしてその時は来た。
カスヌテス族の精鋭はローマが平定したケナブムの町に攻め入り、ローマの騎士を殺し、町の全てを奪い尽したのである。
カルヌテス族の蜂起 の知らせに、オーベルニュー族の王ヴェルキンゲトリクスが各地に使者を送る。先に交わした部族会議の誓約 を全ての部族が守るようにと檄 を飛ばしたのだ。檄に応え、ヴェルキンゲトリクスの下に、ガリア全土から多くの部族が集まって来た。彼等は全員一致で、ヴェルキンゲトリクスに全部族の総指揮権 を与えた。
ローマX 軍団に対抗しうるガリア部族総決起の瞬間は、ガリア部族を初めて一つに纏 める事に成功した若きガリア王誕生の瞬間でもあった。
ヴェルキンゲトリクス。
『ガリア民族の運命を救う為なら、如何なる危険も厭 わない』
その覚悟を示す全ガリアの王は、即座に各部族に指示を出し大軍勢を組織する。
この知らせを受けたカエサルは、帰省していたローマから急ぎガリアに戻って来る。深い雪に閉ざされていたアルプスを越えての行軍である。
こうしてカサエル率いるローマ軍と、ヴェルキンゲトリクス率いるガリア軍との戦いの火蓋が切って落とされた。
全部族が一つの指揮下に治まり意気上がるガリア軍。しかしガリア軍はモンタジー、オルレアン、サンセルと立て続けに街を攻め取られ敗北を繰り返す。敗戦の原因を冷静に分析したヴェルキンゲトリクスは、見た事も無い大掛かりな装置を使い、指揮官の指示を受け見事に行動するローマ軍の強さを十分に理解した。
それ故に彼は神出鬼没 のゲリラ戦で、ローマ軍の輸送部隊への攻撃を行い、ローマ軍の輸送路を断つ事を始める。
更にヴェルキンゲトリクスは、ローマ軍が食料調達の為に立ち寄ると予測される地域の全ての集落や穀物倉 、納屋 、そして町までもを焼き払う作戦を遂行しカエサルを追い詰めて行く。ローマ兵士は、ついには数日間も穀物を欠き、遥か遠い部落から家畜を略奪 し飢 えを凌 ぐまでに追い詰められて行った。
ガリアの若き王ヴェルキンゲトリクスの作戦に、連戦常勝のローマ軍が敵と戦わずして全滅しかかる危機に晒されていたのだ。
そんな状況の中、ローマ軍はピトリゲス族がガリア一 美しい街と誇っていたアヴァリクスを攻略すべく陣地工作を進めていた。
ガリア陣営はアヴァリクスの街に暮らすピトリゲス族には、再三に渡り「町を燃やし逃げるように。ローマ軍に食料調達をさせないように」と強く要請をしていた。しかしピトリゲス族の指導者は、要塞化された自分達の街は、沼地や川が天然の要害を築き、だだ一つ街へ入る事の出来る入り口も狭く、ローマ軍が攻めて来ても絶対に自分達の街が落ちる事は無いと主張し、アヴァリクスを決して燃やそうとはしなかった。
それはヴェルキンゲトリクスが何度命令の使者を出そうとも、他の部族長がどんなに説得をしても変わる事はなかった。そしてこの時、何故かヴェルキンゲトリクスは、アヴァリクスの街を燃やすことを断念してしまうのである…
「パトリシア。アヴァリクスの街がローマ軍に責め滅ぼされたって… 今、叔母様とお母様が話しをしていたわ」
小川で衣類を洗っていたパトリシアのもとに、ソフィーが息を切らし駆けつけ告げる。
「街の人達はどうなったの?」
パトリシアが恐ろしい顔をして尋ねる。
「子供まで皆んな容赦 なく殺されたって!」
ソフィーは泣きじゃくっていた。
「酷い。同じ人間でどうしてそんなことを」
パトリシアの肩が怒りに震える。
ソフィーは泣きながら、それでも聴いて来た事の全てを、必死にパトリシアに伝える。
「ヴェルキンゲトリクスは、アヴァリクスの街の人達には家も畑もみんな焼きつくして、ローマ軍やローマに味方する人には、なにも与えずに逃げるようにって言ったの。それなのにアヴァリクスの人達は、自分達の街は守りが固いからって、絶対にローマ兵は入れないからって言って。だけどローマ軍は軽々と城壁を登り攻め込んで来たって」
パトリシアは泣いている妹の髪を優しく撫で続けた…
「ねえ、私達どうなるんだろう?」
暗い寝室で、いつまでも眠りに就けないソフィーが呟く。
「ローマ軍が、この街に近付いて来るのよ!」
ソフィーが再び呟く。
「大丈夫よ! 私達にはヴェルキンゲトリクスがついているんだから」
パトリシアが不安を噛み締め、幼いソフィーの心を励ます。
(今にもローマ軍が攻めて来る)
ローマⅩ軍団の足音が聞こえて来るような気持ちを、二人は必死で飲み込んでいるのだ。
「そうよ、ヴェルキンゲトリクスが何とかしてくれる」
幼いソフィーが姉パトリシアに縋 り付く。
二人は抱き合って眠る事にした。
その時、居間の方から人の出入りする音が聞こえて来た。
「ソフィー。パトリシア。ヴェルキンゲトリクスが来てくれたわよ!」
母の弾 んだ声が寝室に響き渡った。
自由の地ガリアに、ローマ帝国総督ガイウス・ユリウス・カエサルの侵攻が始まってより七年の歳月が流れていた。
当初ガリア人にとって
カエサルの下に、ガリア全部族長が集まり、彼等はゲルマン人がガリア部族に行っている残酷で
こうしてガリアの世界に深く入り込んだカエサルは、ガリア全土をローマの属州とする為の侵攻を始め、これに逆らうガリア部族達との戦いを続けていたのである。
例年のように、春から戦い続けていたローマ遠征部隊をガリアの地に
熱心な議論の末、カスヌテス族が戦端を開く事を合図に、他の部族も必ず立ち上がりローマ軍と抗戦を開始するとの契約を交わし、ガリア部族総決起集会は終了する。
そしてその時は来た。
カスヌテス族の精鋭はローマが平定したケナブムの町に攻め入り、ローマの騎士を殺し、町の全てを奪い尽したのである。
カルヌテス族の
ローマ
ヴェルキンゲトリクス。
『ガリア民族の運命を救う為なら、如何なる危険も
その覚悟を示す全ガリアの王は、即座に各部族に指示を出し大軍勢を組織する。
この知らせを受けたカエサルは、帰省していたローマから急ぎガリアに戻って来る。深い雪に閉ざされていたアルプスを越えての行軍である。
こうしてカサエル率いるローマ軍と、ヴェルキンゲトリクス率いるガリア軍との戦いの火蓋が切って落とされた。
全部族が一つの指揮下に治まり意気上がるガリア軍。しかしガリア軍はモンタジー、オルレアン、サンセルと立て続けに街を攻め取られ敗北を繰り返す。敗戦の原因を冷静に分析したヴェルキンゲトリクスは、見た事も無い大掛かりな装置を使い、指揮官の指示を受け見事に行動するローマ軍の強さを十分に理解した。
それ故に彼は
更にヴェルキンゲトリクスは、ローマ軍が食料調達の為に立ち寄ると予測される地域の全ての集落や
ガリアの若き王ヴェルキンゲトリクスの作戦に、連戦常勝のローマ軍が敵と戦わずして全滅しかかる危機に晒されていたのだ。
そんな状況の中、ローマ軍はピトリゲス族がガリア
ガリア陣営はアヴァリクスの街に暮らすピトリゲス族には、再三に渡り「町を燃やし逃げるように。ローマ軍に食料調達をさせないように」と強く要請をしていた。しかしピトリゲス族の指導者は、要塞化された自分達の街は、沼地や川が天然の要害を築き、だだ一つ街へ入る事の出来る入り口も狭く、ローマ軍が攻めて来ても絶対に自分達の街が落ちる事は無いと主張し、アヴァリクスを決して燃やそうとはしなかった。
それはヴェルキンゲトリクスが何度命令の使者を出そうとも、他の部族長がどんなに説得をしても変わる事はなかった。そしてこの時、何故かヴェルキンゲトリクスは、アヴァリクスの街を燃やすことを断念してしまうのである…
「パトリシア。アヴァリクスの街がローマ軍に責め滅ぼされたって… 今、叔母様とお母様が話しをしていたわ」
小川で衣類を洗っていたパトリシアのもとに、ソフィーが息を切らし駆けつけ告げる。
「街の人達はどうなったの?」
パトリシアが恐ろしい顔をして尋ねる。
「子供まで皆んな
ソフィーは泣きじゃくっていた。
「酷い。同じ人間でどうしてそんなことを」
パトリシアの肩が怒りに震える。
ソフィーは泣きながら、それでも聴いて来た事の全てを、必死にパトリシアに伝える。
「ヴェルキンゲトリクスは、アヴァリクスの街の人達には家も畑もみんな焼きつくして、ローマ軍やローマに味方する人には、なにも与えずに逃げるようにって言ったの。それなのにアヴァリクスの人達は、自分達の街は守りが固いからって、絶対にローマ兵は入れないからって言って。だけどローマ軍は軽々と城壁を登り攻め込んで来たって」
パトリシアは泣いている妹の髪を優しく撫で続けた…
「ねえ、私達どうなるんだろう?」
暗い寝室で、いつまでも眠りに就けないソフィーが呟く。
「ローマ軍が、この街に近付いて来るのよ!」
ソフィーが再び呟く。
「大丈夫よ! 私達にはヴェルキンゲトリクスがついているんだから」
パトリシアが不安を噛み締め、幼いソフィーの心を励ます。
(今にもローマ軍が攻めて来る)
ローマⅩ軍団の足音が聞こえて来るような気持ちを、二人は必死で飲み込んでいるのだ。
「そうよ、ヴェルキンゲトリクスが何とかしてくれる」
幼いソフィーが姉パトリシアに
二人は抱き合って眠る事にした。
その時、居間の方から人の出入りする音が聞こえて来た。
「ソフィー。パトリシア。ヴェルキンゲトリクスが来てくれたわよ!」
母の