第36話 秘密の地下施設 西暦2025年 July

文字数 6,186文字

 秘密の地下施設 
 Secret underground Facility

「部屋のからくりの事。地底空間の事。もう秘密は始まっている。いいね!?

「ええ、勿論ですとも」
 マギーは次の燭台に火を灯しながら答えた。

「マギー。セラヌ様を知っていると言う浮浪者の事だけど… その後、そいつはどうしたんだい? あんたの事だ、まさかそのままにはしていないんだろう?」
 イザベルはマギーに尋ねた。

 イザベルの思案顔が、燭台の明りに照らし出される。

「勿論。そのままになど致しませんわ! 『優しく誘い、大切な客人を持てなすようにお泊めしなさい』と、部下には指示を出しております」
 魔女マギーは自慢げに答えた。

「そうかい。それじゃあ、その浮浪者は大陸にあるホテルの地下アジトに居るんだね!」
 大魔女イザベルはマギーに重ねて尋ねる。

「はい。お母様。浮浪者はニューヨーク マンハッタン 5番街、セントラルスターホテルの地下アジトにお泊まりいただいております」

「良しそれでいい。マギー。次の燭台には炎を灯さなくても良くなった!」
 地下通路を歩き続け、次の13番目の燭台に炎を灯そうとしたマギーの動きを、イザベルが制止する。

「灯さなくても良くなった?」
「ああ。予定が変わったのさ!」

「えっ。お母様。何の予定が変わったんですの?」

「いいから。いいから。マギー。話は道々歩きながらして行くよ!」
 大魔女イザベルとマギーは、13番目の燭台には炎を灯さずに、次の燭台へと向かい洞窟の内部を歩き続ける。

「マギー。これだ最後だ。次の14番目の燭台に炎を灯しておくれ!」

(何故13番目の燭台にだけ、炎を灯さなかったのか?) 
 マギーは思考する。それでもマギーは黙って、大魔女イザベルの指示通りに14番目の燭台に炎を灯した。

 すると、洞窟の通路を進む二人の耳に大きな地鳴のような音が伝わってくる。小刻みな振動が二人の立つ地面を揺らした。

「お母さま気を付けて。地震が…」

「安心おし。いいかい。良く覚えておくんだ。地下洞に入ったら、通路に並ぶ13番目の燭台には炎を灯さずに通り過ぎる。そうして今のように次の14番目の燭台に火を灯すんだ。すると、地鳴りのような音と共に突き当たりの壁が開く。そう言う仕掛けさ。ほら、開かれた秘密の入り口が見えて来ただろう?」
 大魔女イザベルは暗闇の先に(うっす)らと見え始めた光の帯を指差した。

「この先はね、仕掛けが作動しなければ只の行き止まりさ。ちょっと広いし、()き火の跡も残してある。来た者は皆、ここが我等の隠れ家と思うだろう」

「魚の缶詰やジュースの空き缶まで散らかして、お母様のお知恵のようね。おっほっほっほっ」
 魔女マギーは声高らかに笑う。

「なんだい。まさか猿の浅知恵なんて言うんじゃないだろうね?」

「お母様。絶対に違います。誤解なさらないでください」
 マギーは慌てて取り繕う。

「本当だね?」
「ええ。勿論ですとも!」

「そうかい。まあいいよ。入ろう」
 イザベルとマギーは揃って、洞窟の突き当たりに現われた通路へと入って行った。

「へえーっ。電気が行き届いて。ここには最高の設備が(ととの)っているわね」
 二人が進入した通路には近代的な設備が施されていた。マギーもこれには感心をする。

「いいから早くおいで。入り口に立ち止まっていないで、ドアが閉まるんだよ。大きな音と揺れが又始まるんだ!」
 イザベルは施設の入り口で立ち止まり周囲を見渡すマギーに声を掛けると、施設の内部に向かいどんどん歩いて行く。

「ああ。お母様。今参りますとも…」
 マギーも(あわ)ててイザベルの背中を追い掛ける。

 二人は幾つかの自動で開閉するドアをくぐり抜け、大きな体育館程の高さと奥行を持つ空間へと辿り着いた。

 二人が歩く通路の両側には、高さ3メートル、直径1.8メートルのアクリル製円柱機器が立ち並んでいる。アクリル製円柱機器の土台には精密な計器類が所狭し嵌め込まれていた。容器は黄褐色の液体で満たされ、中には人間の肉体が収められている。肉体は手足を動かし、部屋に入って来た侵入者の姿を黙って見詰めていた。

「屋敷の下に、こんなに大きな地下施設があっただなんて… 全く知らなかった」
 自分がこの大規模施設の存在を知らされていなかった事に、マギーはショックを受けていた。

「この施設は古い。最新の施設の事は知っているだろう? 大陸にある量産型のクローン培養施設の存在はさ!?

「ええ。知っているわ」
 マギーが気の無い返事を返す。

「そう落ち込む事もないのさ。この施設を知る者はあまり多くはいない。ここはね、大陸のクローン培養施設とは違い、もう一つ、重大な役目を持ってしまったんだ。それで知るものも少ない」

「お母様。もう一つの重大な役目とは何の事ですの?」
 マギーが尋ねる。

「それは、次の部屋で話す事にするよ」
 イザベルはマギーにそう告げると、部屋の角に行き大きな冷凍室のドアを開けた。

「入りな」
 大魔女イザベルの招きに応じて、マギーも冷凍室の中に入り込む。

「ああ寒い!!

「寒いだろう。冷凍室の温度は零下20℃に設定してある」
 イザベルは冷凍室のドアを内側から閉めてしまった。

「お母様。冷凍室の扉は中からも開ける事が出来るのですよね?」
「当たり前だよ。お前と心中する気などあるもんかい」

「さあ、ここでも覚えておくれ。冷凍室は零下20℃に設定。ドアを閉めたら室内の電灯を消す。いいかい。これがそのスイッチさ」
 イザベルの人差し指にてスイッチが押されると、室内灯は消え代わりに緑色の保安灯が灯される。

「そして暫く待つ!」
 イザベルは寒さに震えるマギーの腕を引き寄せる。

「お母様。暫くって何分待つのよ? こんな寒い所で」
 マギーは白い息を吐いている。

「暫くと言ったら暫くだよ。まあそれまで、話の続きをしようじゃないか」
 零下20℃の中でもまるで平気なイザベルが、マギーに提案(ていあん)をする。

「いいかい。本来我らは強力な精神エネルギーだ。それが今やセラヌ様のお陰で、人間の肉体を手に入れ地上で楽しく暮らしている。例えこの肉体が使えなくなっても、セラヌ様がまた調整をして、自分と波長(はちょう)の合う肉体を与えてくれれば、我等は永久にこの暮らしが続けられる。あんたもそうだ。我等は皆同じさ。唯、セラヌ様は違う。あの方はルシフェル様に選ばれた特別なお方だ。我等とは構造が異なる存在なのさ。なんでも古代神の一人であった存在が、自ら望んでこの大地に受肉(じゅにく)をした。そうとも言われているんだからね」

「古代神のひとり?」
 マギーが聞き返す。

「あら、言い過ぎたかしらね。まあどうでもいいよ。つまりセラヌ様は特別なお方さ。強大な精神エネルギーと自分固有の肉体を遠い過去より繋いできている」

「自分固有の肉体を過去より繋いできている?」

「そうさ。あのお方は不死の肉体を持つのさ」

「不死の肉体だなんて。それは自分の肉体でクローンを作成し、過去より乗り継いできていると言う意味ですわよね?」

「いいや、違う。あの方の肉体にはクローンの技術は必要が無い。正真正銘(しょうしんしょうめい)の不死の肉体を持つのさ」

「そんな、腐敗(ふはい)崩壊(ほうかい)のない肉体なんて、時間の流れに支配されたこの世界では存在出来ませんわ」
 マギーが大きな声を上げる。

「ああ、確かに老いは防げぬ。それはお前さんの言う通りだ。だからね、セラヌ様は老いる前に自身を新しいものに造り替えるのさ」

「どうやって?」

「自分で自分自身を身籠(みごも)り産むのさ」

「ええっ。あの素敵なセラヌ様のそんな姿、想像が出来ない!?
 マギーは目眩にも似た感覚を覚えた。

「あんたは単純だね。いいさ、その方が話が早いよ」

 その時、冷凍室奥の壁が左右に開く。

「さあ、行くよ!」
「ああ寒かった!!
 マギーは急いで冷凍室を抜け出した。

 抜け出した冷凍室の先には、エスカレーターが設置されていた。上方へと移動する階段が二人を次のステージへと運んで行く。たどり着いたのは広々とした敷地に建つ邸宅に庭園。庭園の背景は空色に照らされ、二人の目には地上の風景と比べ何ら遜色のないものと映し出されていた。

 邸宅の隣には、医療施設が建てられてある。医療施設に入ると、その中央には麻酔機器を装備した電動油圧式の手術台と分娩用の手術台が並ぶように設置され、隣には新生児用の保育器が置かれていた。周囲に置かれたキャビネットには、あらゆる医療に必要な材料が整えられ。緊急用医薬品を詰めたカートの上には、トレイごと滅菌パックに入れられた手術用具が揃えられている。

「凄い。ここは病院の手術室そのものだわ」
 大魔女イザベルにより医療施設に招き入れられたマギーが、感嘆の声を上げる。

「ああ。セラヌ様は卓越(たくえつ)した技術を持つ外科医でもあるのさ。なんでも出来るお方だ。だけどね、唯一赤子として新たに(よみが)った時だけは無防備となるんだ」

「生まれた時が一番危険なのね」

「そう。だから私が必要になる。いいかい良く聞きな。セラヌ様が自分の意思によりおからだに生命を宿し出産が近づくと、私が呼ばれる。私は出産の手伝いをし、産み落とされたセラヌ様が成長するまでの期間をここでお守りをするのさ」

「お母様。自分の赤ちゃんを出産した後、産み終わったセラヌ様の旧い肉体はどうなるの?」
 魔女マギーが尋ねる。

「赤子を産み落とした瞬間、それまでのセラヌ様の御身体は一瞬で唯の物質となり、セラヌ様の総ては赤子に移り替わる」

「セラヌ様の旧い御身体が一瞬で唯の物質に!? ふうーん、そうなのね。赤ちゃんは直ぐに話す事が出来るの?」
 マギーが更に質問する。

「赤ちゃんが直ぐに話し出す事は無理さ。だけどね、セラヌ様とは今迄通りに精神波での会話は続くよ。何時だってそうさ、セラヌ様が私に用事を言い付ける時には、私の意識に直に精神波を送って来るんだ。お前にも(いずれ)れ送られて来る時が来るよ」

「ふうーん。(千年以上、連絡されたことなど無いわよ…)」
 マギーは気の無い返事をする。

「まあ解ったわ。セラヌ様にとっては生まれ変わった時が、一番無防備で危険な状態なのね。だからその期間はお母様が厳重に御守をする。その大切な役目の後継者に私が選ばれた。そう言う事ね!?
 マギーは気持ちを入れ替える。

「ああ、そうだ。だけどもう少し話があるよ。マギー。こっちにおいで」
 大魔女イザベルがマギーを手招く。

「この医療施設には、もう一つ、別の部屋があるんだ」
 イザベルが大きな扉を開く。

「えっ。あれは、セラヌ様!?
 新たな部屋に設置された円柱容器を見て、驚いたマギーが声を上げる。

「ふふっ。驚いたかい?」
 イザベルは娘の表情を見詰めている。

「どうしてセラヌ様の肉体が、アクリル製円柱容器の中に?」

 部屋の中央には円柱容器を乗せた生命維持装置が二台設置されていた。その一つに魔王セラヌの肉体が収められていたのだ。

「セラヌ様は有事の際に備えて、不要になった旧い肉体を容器に入れて維持しているのさ。その管理も私の大切な役目だ。なんせセラヌ様はクローンの肉体がお嫌いだ。万が一の時には再びこの肉体に入り込み、再度、受精・出産をするおつもりだ。クローンで造られた肉体と、自らの体内で自然に造られた肉体とでは、かなりの違いがあるらしいよ。私らには永遠に解らないだろうけどね」
 イザベルは円柱型アクリル硝子容器に背を向ける。

「だけど美しい肉体…」
 マギーは、アクリル製円柱容器に収められたセラヌの肉体を見詰め続けている。

「あんた。嫌らしい顔してじろじろみるんじゃないよ!」

「嫌らしいだなんて、お母様失礼ですわ!」
 イザベルの遠慮の無い物言いにマギーが憤慨(ふんがい)する。

「ああそうかい。あんたのじろじろとした視線、あたしにはハレンチな目の動きとしか映らなかったけどね!」

「いいえ。私はダヴィデ像を見るような高貴な目線で、セラヌ様の肉体を見詰めていました」
 アクリル製円柱容器の前で、魔女マギーは頑として譲らない。

「やれやれ、まあいいさ。それではそうしておこう。さて機器の取り扱いを説明するよ。マギー良く聴いておくれ」
 マギーの剣幕に押されイザベルが会話の矛先を転じる。

「あっ、その前にお母様。セラヌ様はどちらにいらっしゃるのです。怪しい浮浪者の件、その報告を早く済ませなくては」
 セラヌの事を知ると言う中年男の話を、早くセラヌに伝えたいマギーである。

「その話なら、もう既に済んでいるじゃないか」
「いいえ、お母様。何を仰います。セラヌ様にはまだ伝えてはおりません!!

(済んだなどと、母が急に何を言い出すのか?)
 訳が解らないと言う素振(そぶ)りのマギーである。

「だからさ。さっき洞窟で聞いただろう。『その中年男は今何処に居るのか?』って。大陸にあるホテルのアジトに居るんだろう? お前しっかり答えていたじゃ無いか!」

「ええっ。それはお母様に言った言葉で、セラヌ様には未だお伝えしてません!」
 マギーはイザベルを睨み付ける。

「そうかい。あれはセラヌ様が私を通してあんたに尋ねられた質問だよ。あんたの答えももう聞いた。セラヌ様、今頃は自家用ジェット機で大陸に向かってる筈だよ」

「ええっ。そんな!?

「いいんだ。いいんだ。お前には『この施設の事を事細やかに説明しておくように』と、セラヌ様は私に言われたんだから。ここで今、それをしっかり覚えてもらうよ」

 大事な報告を土産(みやげ)敬愛(けいあい)するセラヌに会えるのだと、それを楽しみにしていたマギーは、がっくりと肩を落とした。

「いいじゃないか。これからは、あんたの頭に幾らでもセラヌ様の声が聞こえて来るんだ。セラヌ様の(ふるい)い肉体もここにあるんだし。まあ、頑張って仕事を覚えなよ!」
 セラヌとの再会が叶わず意気消沈するマギーの心を知った上で、イザベルは意地悪く話し続けるのだ。

「それにね。用事のある時以外には、セラヌ様はここには来ないよ。セラヌ様が島に滞在中である時は、だいたいは地下の洞窟城に居られる筈さ」

「地下の洞窟城?」

「ああ。巨大な地下洞に造られた美しいお城さ! と言っても、そこがセラヌ様の住居と言う訳ではないよ。まあ一つの別荘のようなものかねえ… セラヌ様はそこで多くの(しもべ)に囲まれ過ごしているのさ。お前もうかうかしていられない程の、美しい悪魔がうようよしている場所だよ!」
 大魔女イザベルは勝ち誇った表情で笑いを堪えている。

「まあ。島にそのような城があるなんて、聞いた事もありませんわ!」
 マギーは憤慨する。

「だからさ、お前にも教えとくよ。地下洞に並ぶ燭台の14番目には火を灯さずに、次の15番目の燭台に炎を灯す。そうすれば通路の右側に洞窟城に行く道が開かれるのさ。ここに来た時には13番目の燭台に火を灯さずに次の14番目に炎を灯しただろう。そんなからくりになっているのさ」

「それではあの時…」

「そうさ、当初はお前を連れ地下の洞窟城に行く積りだったのさ。だけど途中でセラヌ様の指示があり、こちらに来る事になったんだよ。『好い機会だから、お前に総てを教えよ』とね、セラヌ様は仰ったのさ」

「ああっ。唯、一目見るだけでも良かったのです。マギーはセラヌ様にお会いしとうございました」
 魔女マギーは天井を見上げ、祈るように呟いた。

「あんたは単純で好いね!」
 気落ちしたマギーの顔を横目に、イザベルが豪快な笑いを繰り返した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

Sophie(ソフィー) 

堕天使ルシフェルと対峙する程の、ピュア(pure)なパワーを持つ少女。




ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み