第2話 頭目グレン 西暦525年
文字数 2,450文字
グレートブリテン島 Great Britain Island
スパイサー城 城下町 Spicer Castle town
「恐ろしいね。こんなの見せられたら… 今夜は眠れないよ!」
「まったくだ。私も恐ろしくて眠れそうにないよ。あんた。今晩、家に泊まっていきなよ。城で戦勝祝いだと言って、今夜は亭主も留守なんだよ」
「うちの旦那も一緒さ。ただで酒が飲めると聞いたら、ほいほい行っちまうのさ」
「どこも同じだね。男はとにかく酒に意地汚いからね。けれど、よく飲めるよ。城の周囲は血の匂いが漂っているというのにさあ」
「随分殺されたんだろう?」
「1000人は下らないと聞いたよ。それにね。ううっ、やはりまともに見られないね。この変わり果てたオーツ様やジェリド様のお姿は…」
「ああ。全くだよ。酷いことをするものだ。オーツ様やジェリド様の居城は封鎖 されたらしいよ!」
「封鎖!?」
「そうだよ。宰相セラヌ様の兵士に城を取り囲まれて、蟻の子一匹通る隙間もないと言われてるよ」
「主従 の関係にある者は悲惨だね。皆、殺されるのかね?」
「王への反逆罪は一番罪が重いからさ。もうやめよう。何処で誰が聞き耳立てているかわからないよ。関わらないことさ」
身なりの良い年増 二人が、スパイサーの城下ウイルの広場で、ひそひそと会話を交わす様子が見られる。
街中の人々が幾重 にも重なり、広場の中央に集まってきていた。その中に、みずぼらしい老人の姿に変装したバッジョの姿があった。
バッジョはトレードマークの黒い眼帯を外し、束ねたくせのある長髪を解き、前髪をたらし両目を隠していた。
刎頸 の交わりを誓 った友の、余りにも変わり果てた姿を目の当たりにして、バッジョはどれ程の苦しみを覚えていたであろうか。それでもバッジョは、想像を絶する苦しみに耐え人々の会話に耳を傾けていた。
スパイサーの動向を探り、隙 を見て襲撃を加える。その手掛かりを必死に探し続けていたのである。
バッジョの姿を、少し離れた建物の陰から見詰めるひとりの男がいた。
宰相セラヌの忠実な僕 、仲間からは頭目と呼ばれる、グレンという手練 だ。
そこに手下が近づく。
「頭目の言いつけ通り、セラヌ様に伝えてきました。バッジョが罠にかかったと聞いて、セラヌ様、嬉しそうな様子でしたよ」
「仲間の無残な姿を見に舞い戻るのは、解っていたからな。しかしバッジョもお粗末なものだ。あれで変装したつもりか!? それで、セラヌ様は何と言っておられた? 予定通りでよいのか?」
「はい。セラヌ様は予定通りにバッジョを捕えて来いと。『決して殺さず。生きて連れて来るのだ』 そう仰 せになりました」
「よし解った。それでは始めるか。バッジョの隣にはイワンが張り付いている。お前はイワンに近づき、『反逆者の始末は、どうなるのだ?』 そう尋ねろ。あとはイワンが応えてくれる。さあ行け」
グレンの指示を受けた男は、広場に集 う人々の中に紛れ込み、イワンの隣で立ち止まる。
「おお、イワン。酷いものだな。騎兵隊長や槍兵隊長がこのありさまになるとは、世も末だ」
「ああ。酷いものだ!」
イワンと呼ばれた男が応えた。
「まだ沢山いるのだろう? 反逆罪で捕まった上級兵士が」
「そう聞いている」
「城内の処理役のお前なら知っているのだろう? 彼らはどうなるのだ?」
男はイワンの直ぐそばに立つバッジョにも聞こえるような声で尋ねる。
「親友のお前にだから話そう。漏らせば、俺たちは二人ともこれだ」
イワンは手で首を刈るしぐさを見せ話す。
「解っている」
「ここだけの話だ。反逆が疑われる上級兵士のからだは、スパイサー王が可愛がっている獣 達に食らわせるようで、先程牢 仕様の荷馬車で城から出されたばかりだ。悪趣味なスパイサー様は、その様子を見ながら酒を飲むつもりとのこと。今宵 執り行われる城下での祝宴は総て宰相セラヌ様に任され、王ご自身は自慢の黒馬車で西の山の獣場に赴 かれた」
「そうか獣場にな。いやこれは誰にも話さずにいよう。聞かねば良かったと後悔したよ」
「忘れろ。それより酒に有り付かんか? 振舞われる場所は押さえてある。スパイサー王にとって、今日は人生の憂 いを取り除いた至福の日。酒は盛大に振舞われると聞いたぞ!」
イワンが舌なめずりをして、満面の笑みを浮かべる。
「行ってみるか。酒も久しぶりだ!」
そう言って二人は、聞き耳を立てるバッジョのそばから離れた。
「さあどうだ? バッジョは動くであろう」
グレンは遠くからバッジョを見詰めている。
しばしの時を置き、グレンの目論見 通りに、バッジョは広場から姿を消した。
バッジョは馬を繋ぎ置いた場所まで大急ぎで走り戻ると、駆 け乗りに愛馬に跨 った。手際よく馬に手綱 を着け、剣、弓矢を背中に装備する。鞍 に取り付けてある斧 を確認し、総ての武器に意識を寄せると、一目散 に馬を駈 けさせる。『スパイサーの馬車にどのような護衛がついていようと、総てを蹴散らし、スパイサーと刺し違える』 そう心に誓っていた。馬上、トレードマークの黒い眼帯を左眼に装着した。長いくせ毛は、後ろ手に紐 で縛り上げる。鎖帷子 は脱いできていた。誰よりも素早く動けるように、身体は軽くしたかったのである。
その頃、建物の陰から離れたグレンも素早い行動をとっていた。街を駆け抜け、西の山に向かう王専用の馬車に追い着かんと脚 を速める。グレンの後方にはイワンが、そして数名の手練れが追従 する。
彼らは深い森に入り更に速度を上げる。人の脚とは思えぬ速さだ。人目につかぬよう音もなく走る姿が、王国の裏で暗躍する彼らの特殊な技能を物語っていた。
「国王専用の空 馬車は、山裾 の谷間で車輪が壊れ立ち往生をする手筈 になっている。我らはこのまま森を進み、谷間へと向かう。到着後、樹林に隠れてバッジョが現れるのを待つのだ」
グレンの唇の動きで、頭目の意 を理解した手練れの集団は、それぞれに目配 せをし合図を送りあう。
更にスピードを上げたグレンの後を追い、彼らは黙々と走り続けた。
スパイサー城 城下町 Spicer Castle town
「恐ろしいね。こんなの見せられたら… 今夜は眠れないよ!」
「まったくだ。私も恐ろしくて眠れそうにないよ。あんた。今晩、家に泊まっていきなよ。城で戦勝祝いだと言って、今夜は亭主も留守なんだよ」
「うちの旦那も一緒さ。ただで酒が飲めると聞いたら、ほいほい行っちまうのさ」
「どこも同じだね。男はとにかく酒に意地汚いからね。けれど、よく飲めるよ。城の周囲は血の匂いが漂っているというのにさあ」
「随分殺されたんだろう?」
「1000人は下らないと聞いたよ。それにね。ううっ、やはりまともに見られないね。この変わり果てたオーツ様やジェリド様のお姿は…」
「ああ。全くだよ。酷いことをするものだ。オーツ様やジェリド様の居城は
「封鎖!?」
「そうだよ。宰相セラヌ様の兵士に城を取り囲まれて、蟻の子一匹通る隙間もないと言われてるよ」
「
「王への反逆罪は一番罪が重いからさ。もうやめよう。何処で誰が聞き耳立てているかわからないよ。関わらないことさ」
身なりの良い
街中の人々が
バッジョはトレードマークの黒い眼帯を外し、束ねたくせのある長髪を解き、前髪をたらし両目を隠していた。
スパイサーの動向を探り、
バッジョの姿を、少し離れた建物の陰から見詰めるひとりの男がいた。
宰相セラヌの忠実な
そこに手下が近づく。
「頭目の言いつけ通り、セラヌ様に伝えてきました。バッジョが罠にかかったと聞いて、セラヌ様、嬉しそうな様子でしたよ」
「仲間の無残な姿を見に舞い戻るのは、解っていたからな。しかしバッジョもお粗末なものだ。あれで変装したつもりか!? それで、セラヌ様は何と言っておられた? 予定通りでよいのか?」
「はい。セラヌ様は予定通りにバッジョを捕えて来いと。『決して殺さず。生きて連れて来るのだ』 そう
「よし解った。それでは始めるか。バッジョの隣にはイワンが張り付いている。お前はイワンに近づき、『反逆者の始末は、どうなるのだ?』 そう尋ねろ。あとはイワンが応えてくれる。さあ行け」
グレンの指示を受けた男は、広場に
「おお、イワン。酷いものだな。騎兵隊長や槍兵隊長がこのありさまになるとは、世も末だ」
「ああ。酷いものだ!」
イワンと呼ばれた男が応えた。
「まだ沢山いるのだろう? 反逆罪で捕まった上級兵士が」
「そう聞いている」
「城内の処理役のお前なら知っているのだろう? 彼らはどうなるのだ?」
男はイワンの直ぐそばに立つバッジョにも聞こえるような声で尋ねる。
「親友のお前にだから話そう。漏らせば、俺たちは二人ともこれだ」
イワンは手で首を刈るしぐさを見せ話す。
「解っている」
「ここだけの話だ。反逆が疑われる上級兵士のからだは、スパイサー王が可愛がっている
「そうか獣場にな。いやこれは誰にも話さずにいよう。聞かねば良かったと後悔したよ」
「忘れろ。それより酒に有り付かんか? 振舞われる場所は押さえてある。スパイサー王にとって、今日は人生の
イワンが舌なめずりをして、満面の笑みを浮かべる。
「行ってみるか。酒も久しぶりだ!」
そう言って二人は、聞き耳を立てるバッジョのそばから離れた。
「さあどうだ? バッジョは動くであろう」
グレンは遠くからバッジョを見詰めている。
しばしの時を置き、グレンの
バッジョは馬を繋ぎ置いた場所まで大急ぎで走り戻ると、
その頃、建物の陰から離れたグレンも素早い行動をとっていた。街を駆け抜け、西の山に向かう王専用の馬車に追い着かんと
彼らは深い森に入り更に速度を上げる。人の脚とは思えぬ速さだ。人目につかぬよう音もなく走る姿が、王国の裏で暗躍する彼らの特殊な技能を物語っていた。
「国王専用の
グレンの唇の動きで、頭目の
更にスピードを上げたグレンの後を追い、彼らは黙々と走り続けた。