第53話 カレン・S・セラフィー 西暦2025年July
文字数 5,132文字
ニューヨーク マンハッタン 5番街
New York Manhattan Fifth Avenue
セントラルスターホテル
Central Star Hotel
「カレン。お母さま腰が抜けてしまったようで脚に力が入らないわ!」
カレンの母親が娘に、上目遣いで助けを求める。
「お母様、私につかまって。逃げるわよ、早く!!」
せっかくの母と娘の楽しい休日が、恐怖の週末へと変わってしまった。
「上から爆発する音が聞こえたわ。小銃も乱射されている。このレストランはホテルの最も高い階層に造られているはず。屋上で何かが起こっているのよ。さあ、お母様。皆、下の階へと避難して行くわ。私達も早く!」
この日、カレンと母サリーは、ニューヨークマンハッタンに建つセントラルスターホテルに宿泊に来ていた。高名な料理評論家のサリーが、当ホテルの総料理長より直々 に食事の招待を受けていたからである。早々 とホテルのチェックインを済ませ、二人で買い物に出掛けた。そして総料理長自 らが調理するディナーを御馳走になる為に、案内された席に座り、夕日を見詰めながら、二人で楽しくおしゃべりをしていた所であった。
「こんな遠くにまで来て… まだ食事も運ばれて来ていないのに」
サリーはこの非常時にも食に未練 を残してぼやいている。
「いいわよ。ホテルのディナーくらい又来れるわよ。それより命が大切。テロの標的なんかには、絶対ならないわよ!」
カレンは母に肩を貸し、恐怖で椅子に張り付いたままのサリーのからだを立ち上がらせる。
「よし。これで立てたでしょう。脚に力を入れてみて」
カレンが気丈 に母のからだを支え歩き出そうとする。
前に一歩踏み出そうと右足に力を込めるサリー、しかし東側の窓に何かを見つけ、わなわなと唇を震わせる。
「あれは何? 来るわよ。ぶつかるわ!?」
サリーの指し示す窓に、カレンも視線を移し替える。
それはとても信じられない光景だった。何故かジェット戦闘機が、驚異 のスピードでこちらに向い来るのだ。
「まさか、ぶつかるの?」
戦闘機はビルの谷間をすり抜けて、真直ぐにセントラルスターホテルに向かって来る。
「神様!!」
カレンは母の身体を支えたまま動く事も出来ずに、その場に立ち尽くす。
二人は抱き合ったまま、経験の無い恐怖を前に息を飲み込む。
空気を切り裂く衝撃音。ジェット戦闘機は機関砲を連射し、ホテルの上空をギリギリにかすめ低空で飛び去って行った。戦闘機から発射された機関砲の弾丸は、フロアーの窓には当らなかった。それでもジェット戦闘機が飛び去った瞬間には、美しい風景を見せてくれていた全ての窓ガラスに亀裂が生じた。
「最低よ。ならず者だわ。あの戦闘機のパイロットは!」
ペタンと床に座り込んだカレンがぽつりと呟く。サリーは娘の肩に寄り掛かったままの姿勢で、既に気を失っていた。
更に今度は頭上より大きな騒音 が響き渡る。
「上で何が起きているの?」
まるでハリケーンが降りて来たかのような猛烈 な騒音を前に、カレンは母のからだを引きずり、共にテーブルの下へと逃げ込んだ。
両手で耳を塞いでいてもまるで防 ぎきれない猛烈な音の公害、次いで天井にのしかかるような衝撃が伝わって来る。
「VIPルームに案内された私達だけが逃げ遅れた」
フロアには、ウエイターの姿さえ既に見えない。
騒音が少しおさまったかと思うと、今度は機銃の発射音が階下に鳴り響いた。そして大きな金属の転がる音が続く。
「まさか、まだ続くの?」
今度は動物が、無理矢理からだをひきちぎられるような、そんな悲惨 な断末魔 の悲鳴までもが聞こえて来た。
カレンは背筋に寒気を覚える。
「何よ!?階上 、一体何が起こっているのよ?」
少し静かになった階上の様子を、潜り込んだテーブルの下から顔を出し、耳をそばだてて伺う。
「やんだようね。今度こそ大丈夫かしら?」
カレンは気絶したままでいる母の身体をどのように持ち上げ、この場から連れ出そうかと思案 していた。以前どこかで見た事がある、一人で人間をおぶさり救助する方法を試して行く。
「重い。お母様。恨 むわよ」
つねってもたたいてもまるで反応がないサリーの顔を眺 めながら、カレンが恨み言 を言う。
その時、大きな爆発音と共に、遥か前方の天井が崩 れ落ちた。
「きゃー」っと悲鳴を上げたカレンの瞳に、ポッカリと空いた天井の穴が映し出される。穴の下では、細かく砕かれたコンクリートの破片粉が、まるで立ち篭 める煙りのように漂っていた。
(血と硝煙 の臭い!?)
カレンは立ち上がって穴が空いた天井の場所を見詰める。すると砕かれたコンクリートの粉塵 の中に、二種類の色彩 を見つけた。
(藍と紅…)
カレンの瞳には、粉塵の舞い上がる靄 が、黒雲 のように映し出されていた。黒雲の内部で鋼と鋼を打ち付けながら、藍と紅の光が激しくぶつかり合っているのだ。
(あれは何?)
カレンは眼を細め、遠くに見える不思議な現象を注視し続ける。
濃い靄 のように辺 を覆っていた粉塵の煙りが周囲へと拡散 し、徐々に床へと沈降 すると、カレンの瞳に映し出されていた藍と紅の光の正体が明らかにされて行く。
(動きが速すぎてよく見えないけど… 何かが二体、激しく剣を交 えて戦っている)
物凄いスピードで移動し戦い続ける二体の様子を見て、「とても人間業とは思えない」カレンはそう呟いていた。
「動物? ロボット? サイボーグ? 何なのよいったい!? もう逃げられないわね。後は神様に祈るだけだわ」
小さく言葉を吐き出し観念しながらも、カレンはそっと戦いを覗 き見ていた。
「凄いオーラね。刺々 しい紅 と爽 やかな印象の藍 、藍の持つ剣はそれ自体が白金色 に輝くのね。不思議ね!? 私はあの藍のオーラと、藍が持つ白金色の剣を知っている。何故かしら? 何故知っているのかしら?」
鍛 え上げられた鋼 と鋼とがぶつかり合う金属の音弾 の中で、カレンは必死に何かを思い出そうとしていた。
「オーラなんて感じた事などなかったのに、不思議ね。あら、藍が更に大きくオーラを放った瞬間、紅は自身のオーラを夕焼け色へと変化させたわ。今、二体の動きは停止した。いいえ違うわ、藍の動きが止められているのよ。夕焼け色のオーラの力は、藍のそれを遥かに凌駕 する」
カレンがそう感じた途端 、藍色のオーラを放つ者が、こちらに向かい吹き飛ばされる。
大きな音と共に、それまで互角 に戦っていた藍色のオーラを放つ者が、テーブルや椅子、更には卓上に置かれたカトラリーや食器を跳ね上げながら、一気に20メートル程の距離を移動し、カレンの居るフロアの壁まで吹き飛んで来た。
ドス-ンという鈍 い音。
衝突の衝撃で、コンクリートの壁には亀裂 が走り、破片 がパラパラと床に飛び散っていた。壁に背中をしたたかに打ちつけられた藍色のオーラを放つ者は、口から鮮血 を吐き出し、頭 を垂 れ、手足をだらしなく投げ出した姿勢 のまま座り込んでいる。
(これは助からない)
余 りの衝撃の強さに、カレンはそう感じた。
「しっかりして。今、私が救助を呼びに行くから」
咄嗟 に走り寄ったカレンが藍色のオーラを放つ者に言葉を投げかける。
(男の人… !?)
倒れ込んだ男のからだからは、既に藍色のオーラは消え失せていた。
「しっかりして」
呼び掛けるカレンの前で、男の顔面頭部を覆う特殊ゴーグルが擦り落ち、床に音を鳴らした。
「ええっ。何!? 貴方レオナルドじゃないの!?」
男の素顔を見てカレンは絶叫 する。
「レオナルド。レオナルド!!」
何度も何度も名前を呼び続け、倒れ込んだレオナルドのからだを抱き締めるカレン。
「レオナルド! どうして貴方がこんな目に… 待ってて、すぐに私が救助を呼んで来るから。お母様と二人で、ここで待ってて…」
カレンは泣き出しながらも必死に、気絶したレオナルドを励 まし、救助の要請に向かおうと立ち上がる。
「偶然この場に居合わせたお嬢さんが、何とレオナルド君の知り合いだとは。これは驚いた。こんな所で知り合いに合うとは、レオナルド君も運がいい」
いつの間に近付いていたのか? 立ち上がったカレンの目の前に、夕焼け色のオーラを放つ者が立ち塞がる。
「邪魔 をしないで! レオナルドは私が病院に連れて行く。それとも貴方が救助を呼んで来てくれるのかしら?」
レオナルドをこのような目に合わせた張本人 を目の前にして、きつく男を睨 み付けたカレンが、気丈 に言い放った。
「気の強いお嬢さんだ」
セラヌはカレンの前に立ち塞 がり微笑を浮かべている。セラヌのからだからは、既に夕焼け色の色彩は消え失せていた。
「用がないなら、この場からすぐに消えて」
カレンは危険な香りを放つ男を、この場から一刻も早く追い払いたかったのである。
「美しく気高い。ふふっ。これは相当なお嬢さんだ。しかしね、私の用事はまだ済んではいないのだよ。とても大切な用件だ。レオナルド君の息の根を、ここで確実に止めておかなければ、この私も、枕 を高くしてゆっくりと眠れないのだよ」
倒れ込んだまま動かないレオナルドを横目に、セラヌはそう言い放った。
カレンはレオナルドを庇 うように胸を張って男の前に立ちはだかると、更に厳しい物言いで言葉を返した。
「そんな事… この私がやらせないわ!」
「ふっ」
未成熟でうら若い娘の気丈 な態度に失笑をもらした魔王セラヌは、これはとても愉快 と笑いながら応える。
「ふふっ。お嬢さん。君こそ直にここを立ち去りなさい。恐怖に縛 られた後では、自慢の脚さえ直ぐに動かなくなるのだよ。まあ、世間知らずな君の、気高い美しさに免じて、今回は特別に見逃してあげよう。特別にね。特別にだ!」
カレンの前で、セラヌは笑い転げた。
無礼極 まりない男を涼しい表情で一瞥 したカレンは、身動き一つしないレオナルドの手から素早く長剣を抜き取ると、男の喉元に向け剣先 を定める。
「私は本気よ!」
カレンは、きりりと相手を睨み付けながら話した。
セラヌは笑いながら戯 け、二歩三歩と後ずさりをして見せる。
「まだ解らないようね。貴方はおつむも服装のセンスもまるで時代遅れだけど… 私は本気よ。十も数えない内にこの場から立ち去りなさい!」
カレンは危険な男を前に恫喝 をする。
甘いふわふわのフラワープリント柄のワンピース。縁取りの黒いレースが甘さを幾分抑 えてはいるが、可愛らしい令嬢のスタイルでは、カレンの恫喝も男にはまるで利き目はなかった。
「恐れを知らぬ若さと言うのも、度が過ぎると不愉快なものだ」
無礼な娘の態度に気を悪くした魔王は笑うのを止め、代わりに一度仕舞 い込んだ二本の剣を、再び背中から抜き取ってみせる。
「お嬢さん。それでは試してみるが良い」
そう言って、魔王セラヌは左右の腕に中剣を構える。
「いいわ。来なさい」
カレンは相手の喉元に向けていた剣先を少し上げ、一度正眼 に構え直す。鋭い視線で男を制すると、今度は剣先を左下方へと流して行く。視線は男に合わしたまま、ゆっくりとした動作で、相手の腹に刃を向け剣を後ろに回して行く。
俊敏 な動作が出来るよう、カレンの両膝は緩 めに保 たれていた。右足は自身の一つ前につま先を立て置く。いつでもすぐに飛び出せるようにと、重心は左のアキレス腱 に任せていた。細く伸びた足先に履くサンダルは、既に脱ぎ捨てている。
「ほう。才能はありそうだ!?」
セラヌはこの座興 を楽しんでいた。
「レオナルドよりは、数段上よ!」
カレンがにこりともせずに応える。
「ふっふっふっ。剣が輝けば、その戯れ言 も信じよう…」
危険な男を前にして、カレンが持つ聖剣エクスカリバーはまるで輝かずにいる。
齎 された状況の中で、カレンは恐れるそぶりも見せず、凛 とした面構 えを相手の正面に向けている、そして剣先を更に後方へと回し続ける。
「カレン、逃げて。そいつは危険な、魔王セラヌだ!!」
漸 く意識を取り戻し、この場に立つカレンの姿を認識したレオナルドが声を上げる。
「僕に任せて…」
レオナルドは声を絞 り出すと、今にも壊れそうなからだを必死に励 まし立ち上がろうとする。
「生きてたのね。好かった。あまり心配させないでよ…」
カレンは柔軟な筋肉に包まれたからだの軸を更に反時計回りに絞り続け、まるで豪快なバックハンドショットを打ち放つ前のテニスプレイヤーのような格好 で剣を構えていた。
「いいわ。後は私に任せて。貴方はそのままそこで寝てなさい」
魔王の視線からは一瞬たりとも目を離さず、カレンは背中越しの姿勢でレオナルドに命令をする。いつの間にしたのであろうか? 柄を握るカレン手の位置は逆転していた。
「でも君は、君はまだ…」
New York Manhattan Fifth Avenue
セントラルスターホテル
Central Star Hotel
「カレン。お母さま腰が抜けてしまったようで脚に力が入らないわ!」
カレンの母親が娘に、上目遣いで助けを求める。
「お母様、私につかまって。逃げるわよ、早く!!」
せっかくの母と娘の楽しい休日が、恐怖の週末へと変わってしまった。
「上から爆発する音が聞こえたわ。小銃も乱射されている。このレストランはホテルの最も高い階層に造られているはず。屋上で何かが起こっているのよ。さあ、お母様。皆、下の階へと避難して行くわ。私達も早く!」
この日、カレンと母サリーは、ニューヨークマンハッタンに建つセントラルスターホテルに宿泊に来ていた。高名な料理評論家のサリーが、当ホテルの総料理長より
「こんな遠くにまで来て… まだ食事も運ばれて来ていないのに」
サリーはこの非常時にも食に
「いいわよ。ホテルのディナーくらい又来れるわよ。それより命が大切。テロの標的なんかには、絶対ならないわよ!」
カレンは母に肩を貸し、恐怖で椅子に張り付いたままのサリーのからだを立ち上がらせる。
「よし。これで立てたでしょう。脚に力を入れてみて」
カレンが
前に一歩踏み出そうと右足に力を込めるサリー、しかし東側の窓に何かを見つけ、わなわなと唇を震わせる。
「あれは何? 来るわよ。ぶつかるわ!?」
サリーの指し示す窓に、カレンも視線を移し替える。
それはとても信じられない光景だった。何故かジェット戦闘機が、
「まさか、ぶつかるの?」
戦闘機はビルの谷間をすり抜けて、真直ぐにセントラルスターホテルに向かって来る。
「神様!!」
カレンは母の身体を支えたまま動く事も出来ずに、その場に立ち尽くす。
二人は抱き合ったまま、経験の無い恐怖を前に息を飲み込む。
空気を切り裂く衝撃音。ジェット戦闘機は機関砲を連射し、ホテルの上空をギリギリにかすめ低空で飛び去って行った。戦闘機から発射された機関砲の弾丸は、フロアーの窓には当らなかった。それでもジェット戦闘機が飛び去った瞬間には、美しい風景を見せてくれていた全ての窓ガラスに亀裂が生じた。
「最低よ。ならず者だわ。あの戦闘機のパイロットは!」
ペタンと床に座り込んだカレンがぽつりと呟く。サリーは娘の肩に寄り掛かったままの姿勢で、既に気を失っていた。
更に今度は頭上より大きな
「上で何が起きているの?」
まるでハリケーンが降りて来たかのような
両手で耳を塞いでいてもまるで
「VIPルームに案内された私達だけが逃げ遅れた」
フロアには、ウエイターの姿さえ既に見えない。
騒音が少しおさまったかと思うと、今度は機銃の発射音が階下に鳴り響いた。そして大きな金属の転がる音が続く。
「まさか、まだ続くの?」
今度は動物が、無理矢理からだをひきちぎられるような、そんな
カレンは背筋に寒気を覚える。
「何よ!?
少し静かになった階上の様子を、潜り込んだテーブルの下から顔を出し、耳をそばだてて伺う。
「やんだようね。今度こそ大丈夫かしら?」
カレンは気絶したままでいる母の身体をどのように持ち上げ、この場から連れ出そうかと
「重い。お母様。
つねってもたたいてもまるで反応がないサリーの顔を
その時、大きな爆発音と共に、遥か前方の天井が
「きゃー」っと悲鳴を上げたカレンの瞳に、ポッカリと空いた天井の穴が映し出される。穴の下では、細かく砕かれたコンクリートの破片粉が、まるで立ち
(血と
カレンは立ち上がって穴が空いた天井の場所を見詰める。すると砕かれたコンクリートの
(藍と紅…)
カレンの瞳には、粉塵の舞い上がる
(あれは何?)
カレンは眼を細め、遠くに見える不思議な現象を注視し続ける。
濃い
(動きが速すぎてよく見えないけど… 何かが二体、激しく剣を
物凄いスピードで移動し戦い続ける二体の様子を見て、「とても人間業とは思えない」カレンはそう呟いていた。
「動物? ロボット? サイボーグ? 何なのよいったい!? もう逃げられないわね。後は神様に祈るだけだわ」
小さく言葉を吐き出し観念しながらも、カレンはそっと戦いを
「凄いオーラね。
「オーラなんて感じた事などなかったのに、不思議ね。あら、藍が更に大きくオーラを放った瞬間、紅は自身のオーラを夕焼け色へと変化させたわ。今、二体の動きは停止した。いいえ違うわ、藍の動きが止められているのよ。夕焼け色のオーラの力は、藍のそれを遥かに
カレンがそう感じた
大きな音と共に、それまで
ドス-ンという
衝突の衝撃で、コンクリートの壁には
(これは助からない)
「しっかりして。今、私が救助を呼びに行くから」
(男の人… !?)
倒れ込んだ男のからだからは、既に藍色のオーラは消え失せていた。
「しっかりして」
呼び掛けるカレンの前で、男の顔面頭部を覆う特殊ゴーグルが擦り落ち、床に音を鳴らした。
「ええっ。何!? 貴方レオナルドじゃないの!?」
男の素顔を見てカレンは
「レオナルド。レオナルド!!」
何度も何度も名前を呼び続け、倒れ込んだレオナルドのからだを抱き締めるカレン。
「レオナルド! どうして貴方がこんな目に… 待ってて、すぐに私が救助を呼んで来るから。お母様と二人で、ここで待ってて…」
カレンは泣き出しながらも必死に、気絶したレオナルドを
「偶然この場に居合わせたお嬢さんが、何とレオナルド君の知り合いだとは。これは驚いた。こんな所で知り合いに合うとは、レオナルド君も運がいい」
いつの間に近付いていたのか? 立ち上がったカレンの目の前に、夕焼け色のオーラを放つ者が立ち塞がる。
「
レオナルドをこのような目に合わせた
「気の強いお嬢さんだ」
セラヌはカレンの前に立ち
「用がないなら、この場からすぐに消えて」
カレンは危険な香りを放つ男を、この場から一刻も早く追い払いたかったのである。
「美しく気高い。ふふっ。これは相当なお嬢さんだ。しかしね、私の用事はまだ済んではいないのだよ。とても大切な用件だ。レオナルド君の息の根を、ここで確実に止めておかなければ、この私も、
倒れ込んだまま動かないレオナルドを横目に、セラヌはそう言い放った。
カレンはレオナルドを
「そんな事… この私がやらせないわ!」
「ふっ」
未成熟でうら若い娘の
「ふふっ。お嬢さん。君こそ直にここを立ち去りなさい。恐怖に
カレンの前で、セラヌは笑い転げた。
「私は本気よ!」
カレンは、きりりと相手を睨み付けながら話した。
セラヌは笑いながら
「まだ解らないようね。貴方はおつむも服装のセンスもまるで時代遅れだけど… 私は本気よ。十も数えない内にこの場から立ち去りなさい!」
カレンは危険な男を前に
甘いふわふわのフラワープリント柄のワンピース。縁取りの黒いレースが甘さを
「恐れを知らぬ若さと言うのも、度が過ぎると不愉快なものだ」
無礼な娘の態度に気を悪くした魔王は笑うのを止め、代わりに一度
「お嬢さん。それでは試してみるが良い」
そう言って、魔王セラヌは左右の腕に中剣を構える。
「いいわ。来なさい」
カレンは相手の喉元に向けていた剣先を少し上げ、一度
「ほう。才能はありそうだ!?」
セラヌはこの
「レオナルドよりは、数段上よ!」
カレンがにこりともせずに応える。
「ふっふっふっ。剣が輝けば、その
危険な男を前にして、カレンが持つ聖剣エクスカリバーはまるで輝かずにいる。
「カレン、逃げて。そいつは危険な、魔王セラヌだ!!」
「僕に任せて…」
レオナルドは声を
「生きてたのね。好かった。あまり心配させないでよ…」
カレンは柔軟な筋肉に包まれたからだの軸を更に反時計回りに絞り続け、まるで豪快なバックハンドショットを打ち放つ前のテニスプレイヤーのような
「いいわ。後は私に任せて。貴方はそのままそこで寝てなさい」
魔王の視線からは一瞬たりとも目を離さず、カレンは背中越しの姿勢でレオナルドに命令をする。いつの間にしたのであろうか? 柄を握るカレン手の位置は逆転していた。
「でも君は、君はまだ…」