第44話 聖剣エクスカリバー  西暦2025年 July 7

文字数 3,174文字

 アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア
 Philadelphia, Pennsylvania, United States
 カーレル財団 地下格納庫 
 Carrel Foundation Underground hangar

「F地区に行く前に武器庫に寄ろう」
 カーレル財団所有のジェット戦闘機は、地下F地区の耐爆格納庫に納められていた。

「武器庫」
 レオナルドはカーレルの言葉を反芻(はんすう)する。

「戦いに何を持って行く?」
 カーレルがレオナルドに尋ねる。

(けん)を使います」

「剣でいいのか? 拳銃も小銃も、機関銃から散弾銃、バズ-カー砲にミサイル砲、財団には何でも揃えてあるのだぞ」
 カーレルは更に尋ねる。

「ええ。剣だけでいいです。セラヌに銃は効かない。そうでしょうカーレル」

「ああ、儂もそう思う」
 武器庫の前で車を降り、通路を歩きながら二人は話し続ける。

「レオナルド。我等がガリアの時代に生きたあの夜の雨の森で、弟は向い来る幾本もの弓矢を空中にて止めて見せた。勢いを止められた弓矢は力なく、只ばたばたと地面に落ちて行った。彼奴は遥か2077年もの昔に、既にそのような能力を身に着けている(やから)じゃ、銃弾でさえ弓矢と同じ事になろう」
 カーレルはそう言って右手のひらを武器庫の扉に重ねた。

 静かな音と共に武器庫の扉が開く。

「魔王セラヌの身体を貫くには、強い意志の力によって鍛え上げられた魂が必要です。唯一撃に、(おのれ)の総ての意識を集中して打ち込む。その()ぎ澄まされた一撃に耐えられる剣は、ここにあるのでしょうか?」
 レオナルドはカーレルを見詰める。

「大丈夫、用意しておいたとも。しかし、それは儂のした仕事ではない。サンダー家第十八代総統と第十九代総統が、その命と引換えに手に入れた物。それこそが聖剣エクスカリバー(Holy Sword Excalibu) 。それが今、ここにある」

「聖剣エクスカリバー!?
 剣の名前に驚いたレオナルドが大きな声を上げる。

「大天使ミカエルが天の軍勢を引き連れて、サタンの軍勢を打ち負かした時に使われたと言う伝説の剣。それがここにあると言うのですか?」

「ああ、それがここにある」

「しかしあれは伝説上の(つるぎ)であり、現実に実在する(けん)ではない。そうではないのですか?」
 レオナルドがカーレルに詰め寄る。

「いいや剣だけではないぞ、大天使ミカエルとサタンの戦いさえ、大いなる昔に現実のこの世界で行われた真の戦だ」
 カーレルは自らの言葉に力を込める。

「レオナルド。我等とは何か? 時空を超え、物質を集め創られた新しい身体に転生を繰り返す。そのような我等とはどのような存在か? この肉体、これはカ-レル・B・サンダー。しかし儂はそれだけの存在ではない。様々(さまざ)な者とし生まれ、様々な経験を繰り返す者。我は受肉(じゅにく)を繰り返す思考(しこう)存在。そう、我らの本質は思考するエネルギー体なのだ」

「太古の昔、天使と悪魔の巨大な思考エネルギーが実体を得て戦い合ったと…」

「そうだ。上位と下位の巨大な思考エネルギーが実体を得て、天空と地上にて戦いを繰り広げた」

「上位と下位」
 レオナルドがカーレルの言葉を反芻する。

「その戦いに参加した戦士の肉体は、戦いに有利となるよう鳥や獣の力をも集めて形成されていたのだ。我等人間とてそう、総ての天使も、そして悪魔とて、総ては思考するエネルギーの(かたまり)。それが物質を(つな)ぎ止め、実体を得ているのだ」
 カーレルは話し続ける。

「そして大いなるエネルギー体は鉱物界(こうぶつかい)にも存在する。エクスカリバー。その剣もまた、大きなエネルギー存在が宿(やど)る鉱石から造られた物なのだ」

「聖剣エクスカリバー。鉱物界のエネルギー存在が宿る剣…」
 レオナルドの脳は素直にカーレルの言葉を受け入れている。

「さあ、ここだ」
 カーレルは武器庫の奥にレオナルドを招き入れ、今度は左手のひらを床に重ねる。すると手を置いた床の一部が左右に開き、床下から透明なアクリルの箱が浮かび上がって来る。

 アクリルケースの中には、黒錆(くろさび)に覆われ輝きを失った長剣が収められていた。

「これがエクスカリバー」
 予想外のうらぶれた剣を()の辺りにしたレオナルドが、驚きを隠せないでいる。

「これは黒錆だよ。剣に自然発生する赤錆ではない。解るだろうレオナルド」

「このさびはFe3O4(四酸化三鉄)。剣の表面を酸化膜で覆い、人工的に保護しているのですね?」
 レオナルドが答える。

「そうだ。保存状態は最高だよ。刃は研いであるし握りも直している。先ずは剣を握ってみる事だ」
 財団が大切に保管してきたエクスカリバーを見詰め、カーレルが自慢げに話した。

「さあ、箱は開けたぞ」
 カーレルはアクリル製の箱を開き、レオナルドに剣を取るように勧める。

「鋼鉄の諸刃(もろは)(つるぎ)
 剣の(つか)を握りしめたレオナルドが大きな声を上げる。

 剣はレオナルドが握る事でその姿を一変させた。

「何と、この剣は人が持つ事でその姿を変えるのか」
 黒錆に覆われうらぶれた姿を見せていた剣が、自分が持つ事により眩しいくらいに輝きを取り戻した。

「凄い。この剣には命と意志がある」
 レオナルドは興奮を覚える。

 既に一片の曇りなく、研ぎすまされた(やいば)からは、(まぶ)しい光が周囲へと放たれていた。

「なんと(まばゆ)い」
 カーレルが目を細める。

 柄を両手でしっかりと握り締め、レオナルドは剣の刃文(はもん)を見詰める。

「何とも吸い付くように手のひらに馴染む」
 レオナルドはそう言うと今度は数歩下がり、広い空間で剣を振ってみせる。

「なんという振り心地。空気を斬り裂く感触がこれ程までに良く解るとは」
 レオナルドは嬉しそうに剣を振り、幾通りもの剣の舞いを見せる。

「素晴らしい剣だ。これが聖剣エクスカリバー。だけどこれは僕に持たれるよりも、王子に持たれるこそが相応(ふさわ)しい」
 レオナルドは、(かつ)て騎士バッジョとして生きた時代に仕えたアーテリー王子の事を思い出していた。

「そうだ。儂らも転生してくるアーテリー王子の化身の為にと、この剣を守り続けて来たのだ。つまりそれはカレン嬢の為にだ。だが今、この剣の輝きを見て、そうでもないようにも思える」
 カーレルはそう言うとレオナルドに近付き、聖剣エクスカリバーを自分に手渡すように促す。

「ほれ、この有様じゃ」
 レオナルドから聖剣エクスカリバーを手渡されたカーレルが(おど)けてみせる。

 レオナルドが柄を握りしめていた時には、あれ程までに眩く光り輝いていた剣が、レオナルドの手を離れた途端(とたん)、急にその輝きを失ったのだ。

「儂が持つとこの有様じゃ」
 カ-レル財団第三十八代総統カーレル・B・サンダーは苦笑いをしている。

「儂とて、魂を輝かせる訓練は積んで来ているつもりだ。戦士としてもそう悪くはないと思うのだがな。それでもこの剣は(わず)かにしか輝いてはくれぬ」
 聖剣エクスカリバーはカーレルの手元で極僅かな輝きを保っていた。

「この剣は、普通の人間が手にしても何ら変化はしない。ただの古い黒錆の剣の(まま)だ。だが儂が持つと僅かには輝く。それでも貴殿が持つ以前には、儂丈(わしだけ)がこの剣を輝かせる事が出来たのだ。但しそれは、今生きている人間の中での話だがのう。財団第十九代総統は、この剣を眩い位に輝かす事が出来たとの言い伝えじゃ。だからこそ言うのだ、そうでもないように思えると。貴殿の手に握られた時のこの剣の輝き、見事に白金(はっきん)に光り輝いていた。この剣はレオナルド、貴殿をも認めているようだ」

「そうでしょうか」
 レオナルドは謙虚(けんきょ)に応える。

「ああそうだとも。貴殿が正義の騎士バッジョであった時代に会得(えとく)した剣の奥義(おうぎ)が、聖剣エクスカリバーを眩く輝かせるのであろう。いずれにしても、カレン嬢の覚醒(かくせい)がない今の時点では、この剣を充分に(あやつ)れるのはレオナルド、君しか居らぬと言う事だ。時が来る迄、儂はこの剣を貴殿に(たく)す事にするよ」
 カーレルは(うやま)いを込めて聖剣エクスカリバーをレオナルドに手渡した。
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登場人物紹介

Sophie(ソフィー) 

堕天使ルシフェルと対峙する程の、ピュア(pure)なパワーを持つ少女。




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