第56話 やってやるよ。やってやるともさ! 西暦2025年July

文字数 4,647文字

 アトランティック オーシャン バミューダ 
 Atlantic 0cean Bermuda 
 魔王セラヌの秘密基地
 The Secret Base of the Erlkönig Serane

 島の西南に位置する魔王セラヌの私設飛行場。滑走路(かっそうろ)上では、現在もC130H輸送機への貨物搬入(かもつはんにゅう)作業が続いていた。夜明けを待たずして始められた作業の総指揮を()る老婆、大魔女イザベルの大きな声が滑走路の上に響き渡る。

「いいかい。コンテナは慎重(しんちょう)に運びな! あんたらの先輩が入っているんだよ、ぐっすりと人工冬眠中なのさ。NASAでも慎重に扱って貰えるよう、前にも後ろにもべたべたとシールを張っておくんだ。何のシールが好いかだって? 持ってるシールを見せてみな。危険物、破損の恐れ在り。ああそれでいいよ。後は大きくチーム・シルヴァと書き込みな。皆で手分けしてさっさと貼っておしまい。何、今度は何だい? ええっ。伝票に何て記入したら良いかって? お前は自分で考える事が出来ないのかい。何でも聞かなきゃ解らない。何言ってんだい。まあ好いよ。そうだねえ、治療器機、医療精密機械とでも書いておきな! ああ、そうだよ。コンテナ四個全て、そうしておきな」
 イザベルは輸送機に積み込まれる予定の、四個のコンテナを指さして、部下に指示を与える。

「お母様、大丈夫なの? コンテナの中に悪魔の肉体が入っているのがばれたら、ロケットに積み込まれないだけの話じゃ済まないわよ!」
 滑走路の上で作業を指揮するイザベルに、何時の間にか近付いていた娘マギーが尋ねる。

「大丈夫だよ。このコンテナはチーム・シルヴァの重要な医療用精密器機としてロケットに積み込まれるのさ。出発を急いでいるNASAには、積み荷の検査等してる暇はないんだ!」

「大丈夫かしら?」

「大丈夫。NASAの奴らは急いでコンテナを積み込んでロケットを発射台に備え付けたいんだよ。少々雑であろうと、月では宇宙建設士が全滅しかかっていると思われているんだから、兎に角(とにかく)時間が優先されるのさ。全世界が注目している、今世紀最大の緊急事態だからね!」
 老婆は大きな口で娘に話し聞かせる。

「ウイルスはアクエリアスが手直しをして、人体への侵襲(しんしゅう)は最小限に抑えたのよね?」

「そうだよ! あの子は優しいからね。宇宙建設士達の高熱も数日で落ち着く。意識障害と報道されているけど、罹患(りかん)者たちは実は楽しい夢を見て眠っているのさ! 熱が下がった後も、月に送り込んだルナが麻酔薬を使い月面作業員を眠らせておく。大事な命は点滴で繋いでね。セラヌ様と13人の魔徒が月面に着いた後には、彼らを地球迄皆無事に送り届ける手筈(てはず)になっているよ。我等も優しいだろう。これからはこれまで以上に、人間とは良い関係を構築(こうちく)して行くのだからね」

「そうね。人間は誤解している。悪魔と聞けばすべて凶悪と決め付けている。実は優しいのに…」
 魔女マギーが答えた。

「所で、あんたの準備は終わったのかい?」

「ええ。ジェット機の整備は総て万端に整いましたわ。後はケネディ宇宙センターに向けて離陸するのみで御座います!」
 (あざ)やかな白い色調のふんわりと広がるAラインのカットワークワンピース。細いウエストラインにはGジャンの(そで)をキュット巻き付け、カジュアルなスタイルをまとい着こなしている。お洒落(しゃれ)(よそお)いで現れたマギーが自信満々に答えた。

「そうかい。それは善い。やはりセラヌ様にはガルフストリーム・GVーSPが一番似合うよ。セラヌ様はC130H輸送機に乗り込むタイプではないからね。ロケットが待つケネディ宇宙センターには、豪華なガルフストリーム・GVーSPに乗って颯爽(さっそう)と現れて欲しいのさ…」
 イザベルはセラヌ専用の大型ビジネスジェットを誉め讃(ほめたた)えた。

「セラヌ様に乗せていただいてから、すっかりガルフストリームが気に入ったようね! お母様は!」
 意外とメカ好きである母に、マギーは内心驚いている。

「さあ。行きな!」
 イザベルはカーゴを積み終えたC130H輸送機に離陸の指示を出す。

「早く行きなよ。お前達はセラヌ様の乗るガルフストリームよりも早くケネディ宇宙センターに着かなきゃならないんだよ。準備が済んだら、さっさと出発おし! いいかい、気を緩めるんじゃ無いよ。向こうで尻尾なんか出したら只じゃ置かないよ!」
 輸送機の機内放送に(つな)がるマイクに向って、イザベルは大声で怒鳴り付ける。

 イザベルの手下を乗せたC130H輸送機は、あたふたと滑走路から離陸して行った。

 マギーは無線機を使い、格納庫にて準備が整ったガルフストリームを滑走路に運び出すよう指示を送っていた。

 飛び立って行ったC130H輸送機の後姿を嬉しそうに眺め続けた後、「所でセラヌ様は何処(どこ)にいるんだい?」 イザベルはマギーに尋ねる。

「地下施設におられるようです。今日はまだお会いしていないわ…」

「そうかい。私も心底驚いたけど、セラヌ様とてショックはあるのだろうね。まさかセラヌ様が、不覚(ふかく)にも御自身の肉体を失われるとは… 全く信じられない事だからね」

「ええ。アクリル円柱装置の中で眠るセラヌ様の旧い(ふるい)肉体が急に動き出したのにも、心底驚かされたけれど… それよりも、その後に聞かされたお話しの方が私にはより強い衝撃だったわ」

「まったくだ。魔獣将軍はじめ、セラヌ様のボディガード達はいったい何をしていたんだい。まるで役に立たっていないじゃないか! 残されたセラヌ様一人に対して、敵は騎士に王子に魔導師に重装備軍隊、挙げ句(あげく)の果てに、戦闘ヘリや戦闘機ハリアーまで動員(どういん)していたそうじゃないか! トルマもトルマだよ!! 見ていたのなら早く救援を呼ぶとか、連絡を入れるとか何か考えないのかね? あのカワウソ男は駄目な奴だね!」
 大魔女イザベルは吐き捨てるように話した。

「私が… もっとセラヌ様の身辺(しんぺん)に気を(くば)れば良かったんだわ。セラヌ様はお強いし… 一人で何でも出来る方だからと安心していたのが悪かったのね。まさか1500年もの時間(とき)をかけてセラヌ様の命を狙って来た集団があっただなんて!? 何も気付かないで過ごしていた自分が情けないわ! 私、諜報網(ちょうほうもう)を強化して、二度とこのような事が起こらないようにする(つも)りよ!」
 魔女マギーはイザベルの前でそう誓った。

「そうだね。その仕事はあんたに任せるとしよう。その代わり、命などいつでも投げだせるような気構(きがま)えで、しっかりおやりよ!」

「はい。わかっています」

「ふっ、善い返事だ。それでは私は、そのカ-レル財団なるものを、ひと月で叩き潰してやるとするよ! 勿論、騎士や王子、魔導師もろともをね。セラヌ様の顔に泥を塗った奴には、無限の地獄を見てもらう積もりさ!」

「お母様、よほどお怒りね。その迫力(はくりょく)、話を聴いてる(だけ)で私の背筋も凍りつきそう」

「そうかい。私を怒らせたらどう言う事になるか!? 奴等には(ひどい)い苦しみの中で、私がいったい誰なのかを教えてやる積もりさ。私はね、唯一(ゆいつ)サタン様に()われてセラヌ様にお着きする存在だよ。その肩書きが伊達(だて)では無い事を、暫く誰にも見せずに来た。だけど今度ばかりは(ただ)では済まさないよ。(これ)はね、所謂(いわゆる)魔道大戦さ。我等魔族が地球を制圧し、再び宇宙へ羽搏(はばた)くのを邪魔(じゃま)する天使らの陰謀だよ。奴らカ-レルの影には必ず大天使が居る。大天使と渡り合うのには、この婆の力が必要さ。いいかいマギー、あんたには我等魔族が行う諜報活動の総ての責任と、命令を告げる権限(けんげん)を与えよう。その代わり、仕入れた情報は総てこの婆に教えるんだ。いいね、セラヌ様が地球を留守にする間は、私がセラヌ様の代理を務めるんだからね!」

「はい。お母様」
 マギーは素直に頷く。

「さあやるよ。カ-レルめ、待っておいで!」
 老婆イザベルが張り切って腕捲(うでま)くりをする。

『ふふっ。大婆様に(ねら)われたら大変だ!』
 会話を続ける二人の背後からセラヌの声が聞こえる。

「ああ、セラヌ様…」
 マギーがいちはやく声を上げる。

『大婆様。二人の会話を聴かせて貰っていました。留守をお願いします』
 大魔女イザベルに対するセラヌの言葉である。

「ええ。言われずとも既にその積もりでおりましたよ。総てをこの婆に任せて下され」
 イザベルがふくよかな胸を(たた)いて応える。

 但し、イザベルとマギーの背後にはセラヌの姿は見えない。

「セラヌ様が立たれましたら、直にカ-レルの屋敷に乗り込んでやる積もりです。この婆がセラヌ様に逆らった奴らをしっかりと()らしめて参ります。ですからセラヌ様は(まくら)を高くして、月迄の道中(どうちゅう)をゆっくりとお休み下さい」
 老婆イザベルはそう話した。

『それではカーレル財団の始末についても、大婆様に総てお任せいたします。但し、私が月面から地球を統治(とうじ)する日が来るまでは… それはお待ち下さい』

「待つ? 何故でしょう? 直ぐに奴等を(こら)らしめなくてもいいのですか?」
 イザベルが尋ねる。

『大きな仕事の前に騒動(そうどう)を起して、我等の計画にヒビを入れるような事はしたくないのです。月に昇り地球制圧の準備を整えるまでは、カ-レル財団には、この私が死んだままの状態に思われていた方が都合(つごう)が良いのです』

「はい。はい。セラヌ様がそのお気持ちでおられるのなら… この婆は仰せに従いますとも。ただ(いず)れはこの婆に、その者達の肉を食わせて下さいますね!?

『ふふっ。その時には地球上の総ての人間の肉を、御馳走(ごちそう)致します』
 魔王セラヌは微笑みを浮かべる。

「何故? 格納庫から出て来たばかりのガルフストリームGVーSPが、既に最終離陸体勢に入っているわ!?
 エンジンの出力を上げるセラヌ専用の大型ビジネスジェット、ガルフストリームGVーSPの姿を最終滑走路上に確認したマギーが驚きの声を上げる。

「何してるんだい!? セラヌ様もまだ乗っていないじゃないか!」
 マギーに続いてイザベルも大きな声を上げる。

『私なら乗っています。無論、同行する三体の魔徒も一緒に』
 二人の耳もとでセラヌが(ささや)く。

「ええーっ!? セラヌ様。御壮行(そうこう)の楽団まで用意しているのですよ!!

「そうですよ。そんなに急いで行かれては、先発させた輸送機を追い越してしまいます」
 マギーに続いて、イザベルも負けずに声を張り上げる。

『一つ()る所が在ります。大婆様、後はよろしくお願いします』
 二人の目の前で、滑走路を加速して行くガルフストリームGVーSP。機体の左窓には、二人に向い微笑み、指で合図を送るセラヌの姿がある。

「セラヌ様。愛情を込めたお弁当も用意してあったのです。セラヌ様に喜んで(もら)えると思って、早起きして作ったのに…」
 マギーが今にも泣き出しそうな声を上げる。

「あんたはいつもそのパターンだね。分かりやすいよ!」
 イザベルは離陸するガルフストリームGVーSPの後ろ姿を見詰めていた。

「美しいね。あの後ろ姿は…」
「お母様…」

「マギー。泣くんじゃないよ!」
 大魔女イザベルの声はいつになく優しいものであった。

「島から飛び立つジェット機の後ろ姿は、我等魔族の再出発の象徴(しょうちょう)になるのさ。涙で見てはいけない。”やってやるよ” と笑いながら見詰めるんだ!」

「はい。お母様…」
 バックからハンカチを取り出して、マギーが瞼に溜まる涙を(ぬぐ)う。

「”やってやるよ” ”やってやるともさ” 我等は再び宇宙へと羽搏くのさ!」
 小さく消えかけて行くジェット機の機影を見詰めながら、イザベルが大きく叫んだ。

 それは青く輝く雲一つない晴天の、夏の出来事であった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

Sophie(ソフィー) 

堕天使ルシフェルと対峙する程の、ピュア(pure)なパワーを持つ少女。




ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み