第6話 カレン&レオナルド 西暦2025年 July 7
文字数 4,528文字
ニューヨーク ウエストチェスター
Westchester County, New York
レオナルド邸
Leonardo House
「宇宙で始動した人類の歴史的瞬間を、リアルタイムで皆様にお届けしています」
ダイニングルームに設置された8Kテレビから、歯切れよいアンカーウーマン の声が流れ出ていた。
「月軌道を周回する国際宇宙ステーションⅡの運行計画、月面基地建設計画には、アメリカ、ロシア、カナダ、日本、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリスの15ヵ国が参加をしています。宇宙ステーションⅡの運営が軌道に乗り、いよいよ月面基地建設という大きなプロジェクトが始動するのです」
画面には、宇宙ステーションの連結器から切り離されたばかりの、最新鋭スペースシップ ルシフェルの勇姿 が映し出される。
「既に月の北極には、新打ち上げ方式を採用したロケットシステムにより、膨大な量の物資 、資材が運び込まれています。後は宇宙建設士が資材を組み立て、月面に基地を建設して行く事になります。スペースシップルシフェルに搭乗し、宇宙ステーションⅡに到着した宇宙建設士が、月輸送船への移乗を開始したとの情報が届いています。準備が整い次第、月への降下が行われる予定です」
ルシフェルの後方には、漆黒の宇宙に浮かぶ美しい地球の姿がある。
「スペースシップルシフェルは、地球と宇宙ステーションとの往復を重ね、月面基地建設計画をサポートして行く事になります」
レオナルドはトーストを噛むのも忘れ、真剣な表情をしてテレビ画面に吸い寄せられていた。
トーストの上には、レオナルドが大好きな半熟の目玉焼きが載せられている。やわらかくとろーりとした黄身が、テーブルに置かれた白い平皿に滴 り落ちていた。
青い帯となり、宇宙との外縁を築く大気層。大陸の黄土。砂漠の黄砂。森林の深緑。浮かぶ白雲。紺碧の海。壮大なスケールを持つ地球の前では、人類科学最高の結晶であるスペースシップ ルシフェルの姿でさえ、ただ白い塗装を受け、装甲にボルトを打ち込まれた機械でしかない儚 さを露わにする。
それでもルシフェルには、人類の希望がかけられていた。
人口密度と化石燃料消費の増加により、地球温暖化は更に速度を増し、二十一世紀初頭の予想を超え加速を強めていた。地球規模の政策論議は続いていたが、二酸化炭素排出量と増加する人口を地球規模で管理する事には、各国政府、企業の思惑 が強く影響し、合意を見出すことは困難であった。
それ故に人類は、地球外に生存圏 を広げる火星のテラ フォーメーション(地球化)計画に、活路を求めたのである。
「ふふーん。テラ フォーメーション プランね!」
レオナルドとは別の場所でテレビの中継画面を見つめる少女が、小さく言葉を発する。
少女は朝夕の涼しさに備え、濃紺ニットのカーディガンを羽織っている。ニットの下には胸下切り替えのふんわりとしたワンピースを着用していた。上品 なラメが入れられた、お洒落なチェック柄のワンピ。彼女は通学用に合わせ、わざと暗い色調を選んでワンピースを着こなしているのだ。
テラスには、アンティーク調のテーブルセットが置かれている。真新しいテーブルクロスが敷かれた上には、マイセンの紅茶セットが用意されていた。
「人類が他の惑星へと生存圏を広げる第一歩。宇宙開拓時代の象徴となる、大規模な月面基地の建設が開始されるのです」
テレビは少女のいるテラスにも設置が為 されていた。
クラシックなスタイルの椅子に腰かけ、少女は横目でニュースを確認する。軽やかに揺れる毛先のセミロング。眉上でカットした前髪の隙間からは、形の良い額 が覗いていた。
紅茶を上品に啜るカレンの姿である。
「月面に基地を建設した後、人類は宇宙環境に適応する準備を始めます。地球と比べ1/6の重力である月では、地球の1/6の推力 で、自星の重力圏 を脱出することが可能です。つまり月面ではロケット打ち上げにかかる膨大な燃料コストを節約できる利点があり、ここから人類は火星を目指す事となります」
月輸送船に乗り込み準備をしていたリポーターが、現地でのリポートを見事に繋いで見せる。
「宇宙開拓時代の到来 だ。誰か僕の研究成果を認めてくれないかな!? 宇宙開発事業には、是非 僕も参加をしたいんだ!!」
興奮して乾いた咽 に、レオナルドがグレープジュースを流し込んだ。
テラスでは、カレンが艶 のあるブロンドを時折撫で、濁りの無い大きな瞳で草花を眺めている。やや太い眉毛はカレンの気丈さを語り、彫りの深い輪郭が彼女の鼻筋をさらに高く見えさせていた。
「レオナルド。急いで遅刻するわよ!」
レオナルド邸に、ママの声が響き渡る。
樹木に覆われた庭には、季節の草花が咲き乱れていた。
蜜の香りに誘われた蝶蝶 が、美しい花弁の上を乱舞 している。
小鳥たちが囀 る枝の下には、レオナルドが宇宙空間を想定し建造した農作物のリサイクル施設、ドーム型の閉鎖空間が建てられていた。
ドーム型閉鎖空間の隣には、大きな温室がある。
湿度の調整された温室の中では、手入れの行き届いた花が、今を盛りと咲き誇っていた。
それでもまだ足りずと、ママはテラスにまで花壇を作り、毎朝決まった時間に全ての花に水を与えている。
「レオナルド。遅刻するわよ!」
もう一度、ママの声が家に響き渡った。
今度はカレンの居るテラスの方から声が聞こえて来る。
すべての植物にママが水を与え終わるまでに家を出なければ、レオナルドはバスに乗り遅れハイスクールを遅刻する羽目に陥るのだ。
「ママ。今日はハイスクールを休みたい気分なんだ!! 大ニュースだよ!! 国際宇宙ステーションⅡに運ばれた宇宙建設士が、これから月に降下を開始するんだ!!」
ダイニングルームで、レオナルドが大きな声を上げた。
「何も珍しい事ではないわよ。ママが生まれる前に、月にはアポロ11号が着陸しているのよ。アームストロング船長。CE1969。覚えておきなさい。ウサギどころか、カエルさえいない土地だったのよ!」
「違うんだ。今度のは月面に基地を建設して、人類が火星に移住する計画の足掛かりとするんだよ。人類が月や火星で生活をする時代が来るんだ!」
「月に人工のネオンが灯るだなんて、神秘的な月のイメージが台無しだわ。三日月の美しさはどうなるのよ。新月にネオンが灯るなんてナンセンス。ほら、早く歯を磨いて、髪にブラシを入れなさい。貴方、又遅刻したいの!?」
「だから今日は休みたいんだ。今、スペースシップ ルシフェルが画面に映し出されているよ! このままテレビで宇宙からの中継を見ていたいんだ!」
「ニュースなんてスマホでも見られるでしょう。ハイスクールに行って皆でルーシーの話をしたら良いじゃない!? その方がきっと楽しいわよ!」
「ルーシーじゃない。ルシフェルさ!!」
「どちらでもいいから。早く用意なさい!」
更に迫力を増して来たママの声に押され、レオナルドは渋々登校の準備を進める。
「ガールフレンドのカレンがテラスで待っているのよ。カレンは一つ前のバス停で乗車してもよい所を、毎日あなたを迎えに一区間戻って迎えに来てくれているのよ。もう何時も待たせて。申し訳ないとか、可哀想とか思わないの?」
カレン・S ・セラフィー。
家族に、高名な料理評論家の母、野球の得意な弟、秋田犬がいる。あとは弁護士の父がひとり。互いの両親が友人であることで、レオナルドとは幼い頃より姉弟 のように過ごして来た。カレンは、おうし座。レオナルドは、うお座。二人は同じ学年だが、少し頼りないレオナルドをカレンがリードする形での、良い関係が続いていた。
「我家は庭の前がバス停だもの。カレンの家からだって、歩く距離は家 のバス停の方が近いんだよ。だから申し訳ないと言う程の迷惑は掛けていない。それにカレンはバスを待つまでの間、ママが用意したアップルティーを飲みながら、庭の風景を見たり、自分の内面を見詰たり。『この朝のひと時は、私の大切な憩 いの時間よ!』って、何時も言っているんだから。何も可哀想なんて言う事は無いんだ!」
「まあっ、ごめんなさい。カレン。レオナルドは何時も貴方にお世話になっているのに、まったくの恩知らずで。誰に似たのかしら? 私が育てたのよね!?」
「いいえ。お母さま。本当のことですから。私はこのテラスでいただく紅茶が一番好き。お庭の清々しい空気。鳥たちの優しい囀り。だけど今朝はまったく、どうかしているわ!? こんな閑静 な住宅街の上空に、ヘリコプターがひっきりなしに飛んでいる事など、今まで見たこともないのに!? なんて騒がしいのかしら。朝の憩いの時間が台無しだわ!」
「本当ね。どうかしたのかしら?」
「ええっ、どうかしたの?」
黒髪にショートボブ。濃紺のサマーパンツにシンプルな単色無地のボタンダウンシャツを着た少年が、ようやく登校の準備を整え現れた。
レオナルド・B・デュナメス。
「ちょっと空を見てごらんなさい。まったく騒々しい!!」
カレンが上空を飛行するヘリコプターをグラマラスな瞳で指し示す。
「ヘリがどうかしたの?」
「さっきからずっーと、行ったり来たり。『静かにして!』って叫びたいけど、上空までは声も届かない。笑わせるわ!」
”笑わせる” カレンが不機嫌な時に発する言葉だ。
「そうだ、カレン。ニュースは見た? スペースシップ ルシフェルが…」
言い掛けた言葉はカレンに指で制され、レオナルドは口籠る。
「スペースシップ ルシフェルのニュースなら、私も今見た所よ。それより上空には、僅かな隙間も見逃さないようにとヘリが飛行している。ヘリに搭載したビデオカメラシステムは高性能で、きっと焦点は絞っている筈。そしてこの先のバス停には、真っ白な高級車が三台、道路の向こうには何台ものオートバイが停車をしている。バイクは即座に発進出来るように、道端から斜めにそろえて停車をしていた。大人気のスパイアクション映画のように、ばっちりと準備されているのよ!」
「ええっ!?」
「オートバイが何台も?」
二人の会話に、ママも参入する。
「そう。先のバス停には、最高のツアラーバイク、スマートなストリートバイク、そしてオフロードバイクが連なっている。アメリカンスタイルやビジネスモデルのバイクは一台も並んで無いのよ。乗ってる人は皆、ヘルメットを被っていて、バイクのエンジンは切れているのだけれど」
「ふーうん。大統領でも来るのかしら?」
「大統領はホワイトハウスにいるよ。月面基地建設計画の件で、演説を終えたばかりさ」
レオナルドが口を挿む。
「それなら、映画の撮影よ。映画スターが来ているのよ!」
ママが興奮した表情を浮かべる。
「ああっ」
上品な腕時計に視線を落としたカレンが大きな声を上げる。
「レオナルドもう時間よ。バスが来るわ。急いで!」
カレンはレオナルドの腕を掴んでバス停へと駆け出した。
「おばさま。ご馳走さま!」
振り向いたカレンの落ち着いた声音 が、周囲に短く余韻 を残した。
Westchester County, New York
レオナルド邸
Leonardo House
「宇宙で始動した人類の歴史的瞬間を、リアルタイムで皆様にお届けしています」
ダイニングルームに設置された8Kテレビから、歯切れよい
「月軌道を周回する国際宇宙ステーションⅡの運行計画、月面基地建設計画には、アメリカ、ロシア、カナダ、日本、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリスの15ヵ国が参加をしています。宇宙ステーションⅡの運営が軌道に乗り、いよいよ月面基地建設という大きなプロジェクトが始動するのです」
画面には、宇宙ステーションの連結器から切り離されたばかりの、最新鋭スペースシップ ルシフェルの
「既に月の北極には、新打ち上げ方式を採用したロケットシステムにより、膨大な量の
ルシフェルの後方には、漆黒の宇宙に浮かぶ美しい地球の姿がある。
「スペースシップルシフェルは、地球と宇宙ステーションとの往復を重ね、月面基地建設計画をサポートして行く事になります」
レオナルドはトーストを噛むのも忘れ、真剣な表情をしてテレビ画面に吸い寄せられていた。
トーストの上には、レオナルドが大好きな半熟の目玉焼きが載せられている。やわらかくとろーりとした黄身が、テーブルに置かれた白い平皿に
青い帯となり、宇宙との外縁を築く大気層。大陸の黄土。砂漠の黄砂。森林の深緑。浮かぶ白雲。紺碧の海。壮大なスケールを持つ地球の前では、人類科学最高の結晶であるスペースシップ ルシフェルの姿でさえ、ただ白い塗装を受け、装甲にボルトを打ち込まれた機械でしかない
それでもルシフェルには、人類の希望がかけられていた。
人口密度と化石燃料消費の増加により、地球温暖化は更に速度を増し、二十一世紀初頭の予想を超え加速を強めていた。地球規模の政策論議は続いていたが、二酸化炭素排出量と増加する人口を地球規模で管理する事には、各国政府、企業の
それ故に人類は、地球外に
「ふふーん。テラ フォーメーション プランね!」
レオナルドとは別の場所でテレビの中継画面を見つめる少女が、小さく言葉を発する。
少女は朝夕の涼しさに備え、濃紺ニットのカーディガンを羽織っている。ニットの下には胸下切り替えのふんわりとしたワンピースを着用していた。
テラスには、アンティーク調のテーブルセットが置かれている。真新しいテーブルクロスが敷かれた上には、マイセンの紅茶セットが用意されていた。
「人類が他の惑星へと生存圏を広げる第一歩。宇宙開拓時代の象徴となる、大規模な月面基地の建設が開始されるのです」
テレビは少女のいるテラスにも設置が
クラシックなスタイルの椅子に腰かけ、少女は横目でニュースを確認する。軽やかに揺れる毛先のセミロング。眉上でカットした前髪の隙間からは、形の良い
紅茶を上品に啜るカレンの姿である。
「月面に基地を建設した後、人類は宇宙環境に適応する準備を始めます。地球と比べ1/6の重力である月では、地球の1/6の
月輸送船に乗り込み準備をしていたリポーターが、現地でのリポートを見事に繋いで見せる。
「宇宙開拓時代の
興奮して乾いた
テラスでは、カレンが
「レオナルド。急いで遅刻するわよ!」
レオナルド邸に、ママの声が響き渡る。
樹木に覆われた庭には、季節の草花が咲き乱れていた。
蜜の香りに誘われた
小鳥たちが
ドーム型閉鎖空間の隣には、大きな温室がある。
湿度の調整された温室の中では、手入れの行き届いた花が、今を盛りと咲き誇っていた。
それでもまだ足りずと、ママはテラスにまで花壇を作り、毎朝決まった時間に全ての花に水を与えている。
「レオナルド。遅刻するわよ!」
もう一度、ママの声が家に響き渡った。
今度はカレンの居るテラスの方から声が聞こえて来る。
すべての植物にママが水を与え終わるまでに家を出なければ、レオナルドはバスに乗り遅れハイスクールを遅刻する羽目に陥るのだ。
「ママ。今日はハイスクールを休みたい気分なんだ!! 大ニュースだよ!! 国際宇宙ステーションⅡに運ばれた宇宙建設士が、これから月に降下を開始するんだ!!」
ダイニングルームで、レオナルドが大きな声を上げた。
「何も珍しい事ではないわよ。ママが生まれる前に、月にはアポロ11号が着陸しているのよ。アームストロング船長。CE1969。覚えておきなさい。ウサギどころか、カエルさえいない土地だったのよ!」
「違うんだ。今度のは月面に基地を建設して、人類が火星に移住する計画の足掛かりとするんだよ。人類が月や火星で生活をする時代が来るんだ!」
「月に人工のネオンが灯るだなんて、神秘的な月のイメージが台無しだわ。三日月の美しさはどうなるのよ。新月にネオンが灯るなんてナンセンス。ほら、早く歯を磨いて、髪にブラシを入れなさい。貴方、又遅刻したいの!?」
「だから今日は休みたいんだ。今、スペースシップ ルシフェルが画面に映し出されているよ! このままテレビで宇宙からの中継を見ていたいんだ!」
「ニュースなんてスマホでも見られるでしょう。ハイスクールに行って皆でルーシーの話をしたら良いじゃない!? その方がきっと楽しいわよ!」
「ルーシーじゃない。ルシフェルさ!!」
「どちらでもいいから。早く用意なさい!」
更に迫力を増して来たママの声に押され、レオナルドは渋々登校の準備を進める。
「ガールフレンドのカレンがテラスで待っているのよ。カレンは一つ前のバス停で乗車してもよい所を、毎日あなたを迎えに一区間戻って迎えに来てくれているのよ。もう何時も待たせて。申し訳ないとか、可哀想とか思わないの?」
カレン・S ・セラフィー。
家族に、高名な料理評論家の母、野球の得意な弟、秋田犬がいる。あとは弁護士の父がひとり。互いの両親が友人であることで、レオナルドとは幼い頃より
「我家は庭の前がバス停だもの。カレンの家からだって、歩く距離は
「まあっ、ごめんなさい。カレン。レオナルドは何時も貴方にお世話になっているのに、まったくの恩知らずで。誰に似たのかしら? 私が育てたのよね!?」
「いいえ。お母さま。本当のことですから。私はこのテラスでいただく紅茶が一番好き。お庭の清々しい空気。鳥たちの優しい囀り。だけど今朝はまったく、どうかしているわ!? こんな
「本当ね。どうかしたのかしら?」
「ええっ、どうかしたの?」
黒髪にショートボブ。濃紺のサマーパンツにシンプルな単色無地のボタンダウンシャツを着た少年が、ようやく登校の準備を整え現れた。
レオナルド・B・デュナメス。
「ちょっと空を見てごらんなさい。まったく騒々しい!!」
カレンが上空を飛行するヘリコプターをグラマラスな瞳で指し示す。
「ヘリがどうかしたの?」
「さっきからずっーと、行ったり来たり。『静かにして!』って叫びたいけど、上空までは声も届かない。笑わせるわ!」
”笑わせる” カレンが不機嫌な時に発する言葉だ。
「そうだ、カレン。ニュースは見た? スペースシップ ルシフェルが…」
言い掛けた言葉はカレンに指で制され、レオナルドは口籠る。
「スペースシップ ルシフェルのニュースなら、私も今見た所よ。それより上空には、僅かな隙間も見逃さないようにとヘリが飛行している。ヘリに搭載したビデオカメラシステムは高性能で、きっと焦点は絞っている筈。そしてこの先のバス停には、真っ白な高級車が三台、道路の向こうには何台ものオートバイが停車をしている。バイクは即座に発進出来るように、道端から斜めにそろえて停車をしていた。大人気のスパイアクション映画のように、ばっちりと準備されているのよ!」
「ええっ!?」
「オートバイが何台も?」
二人の会話に、ママも参入する。
「そう。先のバス停には、最高のツアラーバイク、スマートなストリートバイク、そしてオフロードバイクが連なっている。アメリカンスタイルやビジネスモデルのバイクは一台も並んで無いのよ。乗ってる人は皆、ヘルメットを被っていて、バイクのエンジンは切れているのだけれど」
「ふーうん。大統領でも来るのかしら?」
「大統領はホワイトハウスにいるよ。月面基地建設計画の件で、演説を終えたばかりさ」
レオナルドが口を挿む。
「それなら、映画の撮影よ。映画スターが来ているのよ!」
ママが興奮した表情を浮かべる。
「ああっ」
上品な腕時計に視線を落としたカレンが大きな声を上げる。
「レオナルドもう時間よ。バスが来るわ。急いで!」
カレンはレオナルドの腕を掴んでバス停へと駆け出した。
「おばさま。ご馳走さま!」
振り向いたカレンの落ち着いた