第51話 魔獣との戦い 西暦2025年July

文字数 3,106文字

 ニューヨーク マンハッタン 5番街
 New York Manhattan Fifth Avenue
 セントラルスターホテル 
 Central Star Hotel 

 カーレルとレオナルドを乗せた戦闘機ハリアーGR・7が、セントラルスターホテル最上階に建つ魔王セラヌのペントハウスに垂直着陸する。

「行きます!」
 レオナルドが即座に、戦闘機ハリアーGR・7操縦席のウインドウシールドをオープンとする。

「上だ!!

 カーレルの声に鋭く反応したレオナルドは、開き始めたウィンドウシールドの隙間(すきま)をくぐり抜け、操縦席の前方へと飛び出す。そして前固定風防(ぜんこていふうぼう)を鋭く蹴り上げ空高く跳躍(ちょうやく)した。

 頭上に敵の姿を捕えたレオナルドは、背中より剣を引き抜きざまに一旋(いっせん)。美しい軌道で縦に()を描いた剣の閃光(せんこう)(きら)めいた時、大鷲(おおわし)のような鋭い爪で侵入者を仕留めようと狙った魔獣バートンの身体は、真っ二つに斬り裂かれていた。鳥人型魔獣の(からだ)から温かい液体が流れ出し、深紅(しんく)絨毯(じゅうたん)を汚して行く。

「野郎!」
 レオナルドの美しい姿体(したい)を、今度は非常に凶暴な性質を持つ魔獣バタイサが狙う。正面に向かい合った両者の距離(およ)そ10m。両手指間に握った計八本のナイフを、レオナルドに向かい一気に投げ付けようと、胸筋(きょうきん)躍動(やくどう)させる魔獣バタイサ。

「レオナルド。(わき)に転がれ!」
 魔獣バタイサと対峙するレオナルドの背後には、垂直着陸したハリアーGR・7の機体がある。カーレル・B・サンダーはまだコックピットの中に着座していた。

 レオナルドの右側には大きな(かま)を振り上げる、薄鴨居(うすかもい)よりも遥かに背の高い魔獣アルベリの姿がある。

 魔獣バタイサの両手から放たれた八本のナイフが空気を切り裂きレオナルドに襲い掛かる。

「出来るか!?
 そう呟くと、レオナルドは飛び込みざまに数度床を転がり、魔獣アルベリが居る右方向に位置を移動(うつ)した。

 前方の視界からレオナルドが消えたことを確認したカ-レルは、身を乗り出し戦闘機の操縦桿を握りしめるとハリアーGR・7の機体から魔獣バタイサに向け、25mmアデン機関砲を豪快に打ち放つ。大きな動作音に続いて、毎分1,300発の砲弾を包む薬莢(やっきょう)が連続し床に転がる。強固な筋肉と長い体毛にからだを守られた猿人型(えんじんがた)の魔獣バタイサの断末魔(だんまつま)の叫びが、破壊されたペントハウスに響き渡った。

 その時、右に転がり位置を移動したレオナルドは立ち上がりざまに魔獣アルベリの強烈(きょうれつ)な一撃を浴びる事となる。襲い来るアルベリの大鎌を、からだギリギリにまで引き寄せ、聖剣エクスカリバーの刀根(とうこん)で敵の(やいば)を受け止めるレオナルド。その動きを見て、『この男。良く()る…』 魔獣アルベリはレオナルドに賞賛(しょうさん)の言葉さえ送った。

 鋭く円を描いて(はな)たれたアルベリの大鎌に(ねら)われた獲物(えもの)は背後より包み込まれるように鎌の軌道に取り込まれる。長い刃の軌道に入り込んだ者は総て、鋭利(えいり)に切り裂かれて行くのだ。

 実際アルベリは、そのように敵を(ほうむ)り去って来た。

(読みや動きの速さだけでは止められぬ。桁外(けたはず)れの腕力もまた必要なのだ。(かつ)てこの大鎌の軌道を止めて見せたのは唯一(ゆいつ)、セラヌ様のみであった。貴様はそれに勝るのか!?
 レオナルドの技量(ぎりょう)を誉める言葉が、魔獣アルベリの最後の言葉となった。
 
 魔獣アルベリが振り下ろした大鎌を受け止めた瞬間、レオナルドは剣で制した大鎌の長柄(ながえ)沿()うようにして魔獣アルベリに接近した。一瞬二人の身体は交差し、レオナルドはそのままアルベリの後方へと走り去る。レオナルドが振るう聖剣の(やいば)は、大鎌の柄を握るアルベリの腕に侵入し、そのまま爬虫類型(はちゅうるいがた)の肉体を持つ魔獣アルベリの胴体をも切断していた。

 レオナルドは魔獣アルベリの賛辞(さんじ)を背中越しに聞いたのである。だがレオナルドは次を見据えている。レオナルドの瞳は、戦闘ゴーグルに映る残り二体の敵の姿を正しく(とらえ)えていた。

「三人の魔徒を一瞬にて葬り去るとは…」
 残る一体の魔獣が呟いた。その後ろには細身で長身の男がいる。

(魔王セラヌ。(はる)かなる時を()ても(なお)、変わらぬ美しい容姿(ようし)を保ち続ける男。変わらないな…)
 嘗てはパトリシアとして、更には騎士バッジョとしてセラヌの姿を見続けて来たレオナルドが、心の中で呟く。

 セラヌの前には主人の盾となって立ち(ふさ)がる蝙蝠(こうもり)型の魔獣が居る。魔獣将軍ルゼブス。大きな翼と(むち)のように動く長い尻尾(しっぽ)を持つ魔獣は、仲間からは魔将軍と呼ばれ常に存在を(あが)められて来た。

 戦闘機ハリア-GR・7の機体から、荒れ果てたペントハウスの床に降り立ったカ-レルは、倒れ込み動かぬジェームスの(もと)辿(たど)り着く。

「ジェームス。一人で頑張りおって。儂が来たからのう、もう大丈夫じゃ!」

 カーレルに抱き締められたジェームスは、うっすらと瞼を開き当主の姿を見詰めた。

(カ-レル様。ミサイルが…)
 ジェームスは切り裂かれた(のど)を動かし懸命に声を(しぼ)り出そうとする。カーレルが着用する装甲スーツに、ジェームスの喉からの血飛沫(しぶき)が降りかかった。

「もう話すな、ジェームス。お前の大切な喉の、その傷口が更に開く」
 唇の動きを読み、ジェームスの言わんとする事を理解するカーレルは、もう話すなとジェームスを(なだ)める。

「好い。好いのだ。ミサイルは二発、財団の軌道衛星が確実に捕捉(ほそく)しておる。核弾頭搭載(かくだんとうとうさい)のミサイルでもない。総ては沙織・ガブリエルに任せるのだ。その程度が防げぬ我等では無い筈だ」
 カーレルはジェームスの冷えた手指を強く握り締めた。

 カーレルの言葉に弱々しく(うなず)くと、安堵したジェームスは再び(まぶた)を閉じる。ジェームスの瞼から一雫(ひとしずく)の涙が(こぼ)れて(ほほ)を伝った。

「大いなる植物の力、繁殖(はんしょく)の力よ、大地に(しげ)る力、それは繰り返し、繰り返し、成長を続ける力…」
 カーレルは右手のひらを床に向け呪文(じゅもん)(とな)える。

 すると、カーレルが手を(かざ)した床からは数えきれない程の植物が芽生え、それは見る見る内に繁殖し複雑に(から)まる(つた)となり、衰弱(すいじゃく)したジェームスのからだをやさしく包み込んで行った。

「今はこにいるのだ。植物の力がお前の命を支えてくれる」
 カーレルはジェームスにそう言い残すと、レオナルドの立つ場所へと歩き始めた。

「セラヌリウス。兄さん」
 ジェットエンジンの騒音も弱まり、静かになった室内に魔王セラヌの声が響き渡る。

「未だ兄と思う心が、おまえにはあるのか?」
 静かに敵を見据(みすえ)(かま)えるレオナルドの隣で、歩みを止めたカーレルが兄と呼んだ魔王セラヌに応える。

「カ-レル財団総帥カーレル・B・サンダー。それが今生(こんじょう)貴方(あなた)名称(めいしょう)。確かに姿形(すがたかたち)は変わった。だが貴方は(まぎ)れも無く我が双生の兄セラヌリウス」

 カーレルは無言の(まま)、魔王セラヌを見詰めている。

「2077年。長き時間を()て実現した兄弟の再開だと言うのに、何と乱暴な訪問の仕方(しかた)か? 兄さんは訪問時のマナーを忘れてしまったようだ」
 セラヌは冷笑(れいしょう)を浮かべ、カーレルを挑発(ちょうはつ)する。

「兄と呼んでくれるのか? ならば弟よ、共に死の国に(おもむ)き、神の面前(めんぜん)(しか)るべき(さば)きを受けようではないか。その場では儂もお前と同じ裁きを望もう…」
 カーレルはそう言うと黙って魔王セラヌを見詰めた。

「ふっ。ふふふっ。これは可笑しい。ふふっ。はっはっはっはっ」
 セラヌが笑い続ける。

矢張(やはり)りな… そのような事を言うと思っていたよ。変われないのだね、幼稚な思考だ!」
 セラヌはカーレルに向かい、侮辱(ぶじょく)の言葉を口にする。

「高位の存在も低位の存在も、その力には(わず)かの差さえ無い事を知れ。今に高位の存在が低位の存在へと転落し、魔族が高位の(くらい)()するようになる。その時、誰が我等を裁けるのか!? よく考える事だ…」
 魔王セラヌは(すご)みのある声で話した。
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登場人物紹介

Sophie(ソフィー) 

堕天使ルシフェルと対峙する程の、ピュア(pure)なパワーを持つ少女。




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