第55話 遥かなるLune 西暦2025年July
文字数 3,911文字
アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア
Philadelphia, Pennsylvania, United States
カーレル・B・サンダー邸
Carrel B. Sander House
「凄い。こんな事が可能だなんて。財団の科学力は軽く国際標準を超えている」
広大な敷地 に建つカーレル家当主の屋敷、第三の広間から、感嘆 のため息をもらす少年の声が聞こえて来た。広間の大窓に備え付けられた双眼鏡 にしがみつくようにして、外の光景を見詰めるレオナルドの声だ。
「見かけは悪いけれど、中々の性能でしょう?」
隣に立つ女性が、笑顔でそれに応 える。
「中々だなんて、最高に高度な精密機械 ロボットですよ!」
激しかった魔王セラヌとの戦いの翌朝、屋敷の窓辺に立ち会話を続けるのは、カーレル財団戦略指令室長官、美貌 の沙織 ・ガブリエルと、彼女を慕 う若いレオナルドである。
「好いですか。もう一つ着弾 します」
沙織が指し示 した窓の先を、双眼鏡にしがみついたレオナルドが見詰める。レンズの先には、財団の倉庫施設群 を目掛けて飛来 する一基のミサイルの姿が見られる。
「ほら、あのミサイルもHJ1が既 に待機 している場所に正確に向って来るでしょう。そうそう、HJ1、担 いだ大瓶 の中にミサイルを上手 に入れるのよ。そうよ、上手 い上手い!」
沙織・ガブリエルが誉 め讃 えるのは、ミサイルに狙 われた倉庫群の前に勇敢 に立ち塞 がるミサイル捕捉 用ロボット、HJ1の勇姿 である。
HJ1は、財団の人工衛星システムと連動 し作動する人体型ドローン飛行ロボットである。地球周回軌道上を飛行する人工衛星が、飛来するミサイルを探知 し、軌道と着弾地点を割出 すと、財団滑走路に待機するHJ1が瞬時に指定された地点に移動を開始し、担 いだ瓶型 の爆破処理 コンテナの中にミサイルを補足するのだ。
「ああ凄い、又成功だ。蒸気を吐き出すかのように、コンテナから四方八方へと水煙りが吹き出す」
「ええ。鍛え上げられた合金で造られたコンテナの内部には、非常に粘度 の高い特殊 なゲルが入れられているの。更に爆発で発生する高圧力を外に逃がす為の装置と、複数の減圧孔 が取り付けられているので、周囲に向けてあのように高温の水蒸気が噴出するのです」
沙織が、レオナルドに機器の解説をする。
レオナルドはすっかり感心した様子で、双眼鏡を覗き続けている。
「何見てるのよ!?」
食堂から出て広間に現れたカレンが、双眼鏡を覗くレオナルドに声を掛ける。
「あっ、カレン。もう朝食は済んだの?」
振り向いたレオナルドが、突然現れたカレンに驚いた表情で答えた。
「あら、お邪魔 だったかしら?」
カレンは睨 みつけるような表情でレオナルドを見詰めている。
「そんな、邪魔だなんて。そんな事ある訳 がないじゃないか」
レオナルドは慌 てて答える。
「はじめまして、カレンお嬢様。私、沙織・ガブリエルと申します。今、レオナルド様に財団のミサイル防衛システムの一部を説明していた所なのです」
沙織の冷静口調 の受け答えが、更にカレンのジェラシーに火をつける。
「カレン・セラフィーです。沙織さんにはレオナルドが大変お世話になっていたようで、でもこれからは私がまたレオナルドの世話をしますので、どうぞ御安心下さい」
カレンはにこりともせずに、沙織に言い放 つ。
「カレン何言ってるんだよ。沙織さんに失礼だよ…」
「あら、そうかしら」
カレンはそっぽを向いてしまった。
食堂にて朝食を済ませたカーレルが、声を上げながら広間に入って来た。カレンの母サリーも、カーレル家次席執事のトムも一緒である。集まった六人はソファーに腰掛け、運ばれて来たジャスミンティーを口にした。
「ジェームスさんの容態 はどうなのですか?」
レオナルドが次席執事のトムに尋ねた。
「はい。気管にカニューレを挿入し、点滴に繋 がれている状態です」
「意識が戻ったとの連絡を受け、儂 はトムと二人でジェームスの見舞いに行って来た。ジェームスの奴は酷 い興奮状態 でな… 喉 の箇所で気管が深々と切り裂かれていたものだから、縫合 手術は受けたものの、まだ上手く声が出せない状態なのだよ。そんな状態でも、ジェームスは懸命 に儂に話し掛けてくる。だけど声も上手く出ない上に、気管に入れられたカニューレ… まあ硬いビニールのチューブみたいな物を想像してくれ。そのカニューレから”すかすか”と空気が抜けてしまい、まともな会話にはならないのだよ…」
身振り手ぶりを交えて語るカーレルの話を、皆真剣に聞き入っている。
「旨く話せない事で尚更 興奮するのか、元々高い血圧も更に上昇する始末 で、医者が睡眠導入薬 を注入して叉眠らせたよ」
「そうですか…」
レオナルドが、うなずきを入れる。
「まあ命には別状 はないんだ。暫く安静にして傷も落ち着けば、気管のチューブも外せると医者も言ってる。あとは時間を待つだけだよ」
「興奮させてもいけないので、暫くの間はお見舞いも遠慮 します」
沙織・ガブリエルが答える。
「皆もそうしてくれ」
カーレルはそう言って笑った。
「さあそれはそうと、月に行く準備を進めよう。肋骨の四本折れたレオナルドは無理として… どうだカレン、儂と一緒に月に参 らぬかな?」
「ええっ。カーレルも月に行くつもりなの?」
レオナルドが驚いた声を上げる。
「あら、レオナルド様は知らないのですね。カ-レ様は医学博士の肩書 きは勿論 、宇宙飛行士に必要な知識や技能訓練も全て修得 されているのですよ」
「ええっ、沙織さん。それは本当!?」
レオナルドが更に驚いた声を上げる。
「どうだ、レオナルド。儂を見直したか?」
カーレルは右手の親指を立て、自慢げに応えた。
「実は私も同じ条件をクリアーしています!」
沙織はそう言って微笑む。
「沙織さんまで!!」
レオナルドは絶句 する。
「米国航空宇宙局から三名のスペースパイロットが同行します。感染症対策チームは財団から四名を選出 してくれとの要望 を大統領補佐官から受けています」
沙織・ガブリエルが説明する。
「儂と沙織は月に向う。後は今、財団の感染症チームのメンバーに宇宙飛行士の訓練を続けさせている所だよ。あと三週間で総ての条件をクリアー出来る人間は、一人が限度かのう。これで三名。そこでもう一人。どうかね、カレンなら健康面や体力など精神や肉体の条件は既に満たしている。レオナルドも受けた特製の睡眠学習マシーンで、感染症医学や宇宙科学の知識は寝ながらでも脳に入れられる。後は財団のスペースパイロット育成チームで宇宙空間滞在の訓練を積 めば、充分、儂の助手として通用するじゃろう。どうだカレン、宇宙飛行士に成って、儂らと共に月に向おうではないか」
カーレルの誘いに、カレンの大きな瞳がキラキラと輝きを見せる。
「まさかカレン。僕だけ置いて行く積りじゃないよね⁉」
レオナルドが情けない声を上げる。
「沙織さん。ほらね、レオナルドは何時もこうなの。側 に私が居ないとまるで駄目なのよ!」
カレンの言葉に、皆の口から失笑が漏れ出る。
「でも遣 ってみようかしら」
「おおう、行ってくれるか?」
カーレルがとても嬉しそうな声を上げる。
「カレン頑張って!」
カレンの母、サリー・セラフィーが娘の新たな門出 を応援する。
「何だよ、カレン。宇宙飛行士に成りたいって言っていたのは僕の方じゃないか。あっ、痛っ!!」
大きな声を出した途端 、痛めた肺と折れた肋骨がズキンと痛んだ。レオナルドは右脇を手の平で抑 え顔をしかめる。
「ほれほれ、無理は禁物 だ!」
「そうですわ。レオナルド様はおとなしく御留守番をお願いします!」
カ-レルと沙織の言葉である。
その時、広間に置かれた電話のベルが鳴り響く。次席執事のトムがベルに対応する。
「カーレル様。合衆国連邦大統領補佐官から、急ぎの連絡が入っております」
カーレルがトムから受話器を受け取る。
「はい。カーレル・B・サンダーです。はい。はい。ええっ、何ですと。もう一度言って下さい。ええ。そんな事が… 我等財団以外に、そのような団体が存在する。はい。はい。ええ、確かにそのチームは我等財団の職員と共に、アフリカでの感染症の治療にあたりました。ええ。はい。そうですか。ええ。解りました。それでは今回はそちらに任 せるという事ですね。はい。それでは大統領によろしくお伝え下さい」
明らかに気落ちした様子で、カーレルは受話器をトムに戻した。そして大きな溜め息を吐いた後、再びソファーへと腰掛ける。
「宇宙飛行が可能な感染症チームが見つかったそうだ」
カーレルが気の抜けた表情で話す。
「とても信じられません」
電話での会話の様子から、事態を機敏に感じ取った沙織が応える。
「チーム、シルヴァ⁉ 沙織、それはどこの組織が支援するチームか?」
「はい。至急調べさせます。それで月には何時出発すると言うのですか?」
沙織・ガブリエルがカ-レルに尋ねる。
「明日の午後だそうだ…」
「そんな⁉ それはあまりにも不自然です。昨日依頼があったばかりで、そのような準備が直ぐに整 うだなんて。そんな事は…」
沙織・ガブリエルが口籠 る。
「そんな事? 沙織さん。そんな事は、何?」
レオナルドが二人の会話に口を挟む。
「そんな事、事前に用意をしていなければ出来うるわけが無い」
カ-レルが呟く。
「ええ。その通りです。つまり用意周到 に準備された計略 の可能性があります」
沙織・ガブリエルが答える。
「沙織。至急調査だ!」
カーレル財団第三八代総統カーレル・B・サンダーは、ソファーから立ち上がると、カーレル財団戦略指令室長官、沙織・ガブリエルに指示を与えた。
Philadelphia, Pennsylvania, United States
カーレル・B・サンダー邸
Carrel B. Sander House
「凄い。こんな事が可能だなんて。財団の科学力は軽く国際標準を超えている」
広大な
「見かけは悪いけれど、中々の性能でしょう?」
隣に立つ女性が、笑顔でそれに
「中々だなんて、最高に高度な
激しかった魔王セラヌとの戦いの翌朝、屋敷の窓辺に立ち会話を続けるのは、カーレル財団戦略指令室長官、
「好いですか。もう一つ
沙織が指し
「ほら、あのミサイルもHJ1が
沙織・ガブリエルが
HJ1は、財団の人工衛星システムと
「ああ凄い、又成功だ。蒸気を吐き出すかのように、コンテナから四方八方へと水煙りが吹き出す」
「ええ。鍛え上げられた合金で造られたコンテナの内部には、非常に
沙織が、レオナルドに機器の解説をする。
レオナルドはすっかり感心した様子で、双眼鏡を覗き続けている。
「何見てるのよ!?」
食堂から出て広間に現れたカレンが、双眼鏡を覗くレオナルドに声を掛ける。
「あっ、カレン。もう朝食は済んだの?」
振り向いたレオナルドが、突然現れたカレンに驚いた表情で答えた。
「あら、お
カレンは
「そんな、邪魔だなんて。そんな事ある
レオナルドは
「はじめまして、カレンお嬢様。私、沙織・ガブリエルと申します。今、レオナルド様に財団のミサイル防衛システムの一部を説明していた所なのです」
沙織の冷静
「カレン・セラフィーです。沙織さんにはレオナルドが大変お世話になっていたようで、でもこれからは私がまたレオナルドの世話をしますので、どうぞ御安心下さい」
カレンはにこりともせずに、沙織に言い
「カレン何言ってるんだよ。沙織さんに失礼だよ…」
「あら、そうかしら」
カレンはそっぽを向いてしまった。
食堂にて朝食を済ませたカーレルが、声を上げながら広間に入って来た。カレンの母サリーも、カーレル家次席執事のトムも一緒である。集まった六人はソファーに腰掛け、運ばれて来たジャスミンティーを口にした。
「ジェームスさんの
レオナルドが次席執事のトムに尋ねた。
「はい。気管にカニューレを挿入し、点滴に
「意識が戻ったとの連絡を受け、
身振り手ぶりを交えて語るカーレルの話を、皆真剣に聞き入っている。
「旨く話せない事で
「そうですか…」
レオナルドが、うなずきを入れる。
「まあ命には
「興奮させてもいけないので、暫くの間はお見舞いも
沙織・ガブリエルが答える。
「皆もそうしてくれ」
カーレルはそう言って笑った。
「さあそれはそうと、月に行く準備を進めよう。肋骨の四本折れたレオナルドは無理として… どうだカレン、儂と一緒に月に
「ええっ。カーレルも月に行くつもりなの?」
レオナルドが驚いた声を上げる。
「あら、レオナルド様は知らないのですね。カ-レ様は医学博士の
「ええっ、沙織さん。それは本当!?」
レオナルドが更に驚いた声を上げる。
「どうだ、レオナルド。儂を見直したか?」
カーレルは右手の親指を立て、自慢げに応えた。
「実は私も同じ条件をクリアーしています!」
沙織はそう言って微笑む。
「沙織さんまで!!」
レオナルドは
「米国航空宇宙局から三名のスペースパイロットが同行します。感染症対策チームは財団から四名を
沙織・ガブリエルが説明する。
「儂と沙織は月に向う。後は今、財団の感染症チームのメンバーに宇宙飛行士の訓練を続けさせている所だよ。あと三週間で総ての条件をクリアー出来る人間は、一人が限度かのう。これで三名。そこでもう一人。どうかね、カレンなら健康面や体力など精神や肉体の条件は既に満たしている。レオナルドも受けた特製の睡眠学習マシーンで、感染症医学や宇宙科学の知識は寝ながらでも脳に入れられる。後は財団のスペースパイロット育成チームで宇宙空間滞在の訓練を
カーレルの誘いに、カレンの大きな瞳がキラキラと輝きを見せる。
「まさかカレン。僕だけ置いて行く積りじゃないよね⁉」
レオナルドが情けない声を上げる。
「沙織さん。ほらね、レオナルドは何時もこうなの。
カレンの言葉に、皆の口から失笑が漏れ出る。
「でも
「おおう、行ってくれるか?」
カーレルがとても嬉しそうな声を上げる。
「カレン頑張って!」
カレンの母、サリー・セラフィーが娘の新たな
「何だよ、カレン。宇宙飛行士に成りたいって言っていたのは僕の方じゃないか。あっ、痛っ!!」
大きな声を出した
「ほれほれ、無理は
「そうですわ。レオナルド様はおとなしく御留守番をお願いします!」
カ-レルと沙織の言葉である。
その時、広間に置かれた電話のベルが鳴り響く。次席執事のトムがベルに対応する。
「カーレル様。合衆国連邦大統領補佐官から、急ぎの連絡が入っております」
カーレルがトムから受話器を受け取る。
「はい。カーレル・B・サンダーです。はい。はい。ええっ、何ですと。もう一度言って下さい。ええ。そんな事が… 我等財団以外に、そのような団体が存在する。はい。はい。ええ、確かにそのチームは我等財団の職員と共に、アフリカでの感染症の治療にあたりました。ええ。はい。そうですか。ええ。解りました。それでは今回はそちらに
明らかに気落ちした様子で、カーレルは受話器をトムに戻した。そして大きな溜め息を吐いた後、再びソファーへと腰掛ける。
「宇宙飛行が可能な感染症チームが見つかったそうだ」
カーレルが気の抜けた表情で話す。
「とても信じられません」
電話での会話の様子から、事態を機敏に感じ取った沙織が応える。
「チーム、シルヴァ⁉ 沙織、それはどこの組織が支援するチームか?」
「はい。至急調べさせます。それで月には何時出発すると言うのですか?」
沙織・ガブリエルがカ-レルに尋ねる。
「明日の午後だそうだ…」
「そんな⁉ それはあまりにも不自然です。昨日依頼があったばかりで、そのような準備が直ぐに
沙織・ガブリエルが
「そんな事? 沙織さん。そんな事は、何?」
レオナルドが二人の会話に口を挟む。
「そんな事、事前に用意をしていなければ出来うるわけが無い」
カ-レルが呟く。
「ええ。その通りです。つまり
沙織・ガブリエルが答える。
「沙織。至急調査だ!」
カーレル財団第三八代総統カーレル・B・サンダーは、ソファーから立ち上がると、カーレル財団戦略指令室長官、沙織・ガブリエルに指示を与えた。