第26話 エスプレッソとクッキー 西暦2025年 July 7

文字数 2,608文字

 アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア
 Philadelphia Pennsylvania United States
 カーレル・B・サンダー邸 
 Carrel B. Sander House

「まさか預言書が指定した場所に、騎士殿が居るとは夢にも思わなかった」
 書斎にレオナルドを案内したカーレル・B・サンダーは、卓上のベルを2回鳴らすとベルを戻し話を始めた。

 カーレルは、純白に赤いラインが入れられた本革のソファーにレオナルドを座らせると、自身も向かい合わせとなる位置に移動し、足を組んだ姿勢で話し続ける。

「いや騎士殿などと呼んでも良いのであろうか? 我等の初代総統に当られるのだ。貴殿は!」
 カーレルはそう言って笑った。

 書斎に可愛いメイドが現れ、エスプレッソとクッキーが運ばれて来る。

「貴殿が(いしずえ)を築き創り上げた組織に、儂は70年もの(あいだ)、お世話になっていたのだ。セラヌリウスとしての血は、やはり儂を、過去の記憶を残したままでの転生を繰り返させる。貴殿が興した家系に生まれた不思議を思いながら… ソフィー、アーテリーの化身に逢える日を楽しみに待っていたのだ。しかしまさか転生し王子の隣に、預言書を書いた本人が居るとは予想もしていなかった。バッジョ。いやレオナルド君、今日は何と素晴しい日であろうか」
 カーレルは興奮し乾いた喉にエスプレッソを流し込んだ。

「お嬢さん、カレンと言ったな!? 成長し娘盛りとなったソフィーと正に瓜二(うりふた)つだ。儂はバスステップを駆け上がり乗り込んだバスの中で、思わず『ソフィー』と叫びそうになった。まるで映画のような、最高に感動的な再会の場面だったのだが… あのおっちょこちょいのジェームスに総てを台無しにされてしまった。いやいや、ジェームスを責めてなどはいない。ジェームスはよくやってくれている。カレン嬢もジェームスも、病院での精密検査で大事はなかったのだ。カレン嬢も直ぐに、我が家に現れるさ」

 カーレルの言葉に(うなず)くと、レオナルドは砂糖を入れたエスプレッソを一気に飲み干す。レオナルドの咽も又、興奮に乾いていたのだ。

 カーレル財団大学付属病院裏の森を抜けると、目の前に大きな湖が広がる。湖の(ほとり)を半周進んだ先には、財団本部職員のみが通過できる大きな門が建てられていた。門を通過してより更に20km程リムジンを走らせたであろうか。数多の建築物、工場・施設群を車窓から眺め、レオナルドはサンダー邸に辿(たど)り着いたのである。

「カレン嬢の周囲には財団の精鋭(せいえい)を厳重に配置している。そろそろ我が家に向かい病院を出た頃かもしれぬ。そう心配なさるな」

「はい…」
 レオナルドが神妙な面持ちで答える。

「どうぞ!!
 可愛いメイドは、甘い香りのするクッキーを乗せた皿を、レオナルドに差し出す。

「バッジョよ。いやレオナルド君と呼んだ方が良いかな。(かつ)てはパトリシアでもあった貴方を、儂は何と呼ぶのが良いだろう?」
 カーレルは、若き肉体と純粋な精神を持つレオナルドを前にして、嘗てのようにバッジョと呼び掛ける事には無理を感じていた。

「儂はセラヌリウスと呼ばれてもカーレルと呼ばれても、貴殿の目には同じ爺の姿だから、どちらでも構わぬのだが… 唯、貴殿をバッジョと呼ぶには、今の君には申し訳ない気持ちがする。貴殿の肉体は若く、爺には眩しいくらいだ」

「いいえそんな… 貴方とて、嘗て僕がパトリシアであった時代には、若く美しい肉体を持つ兄セラヌリウスでありました。僕はガリア時代の貴方の事も、良く覚えています」

 カーレルにとって、レオナルドの言葉はとても嬉しいものであった。

「唯、僕の事はレオナルドと呼んで下さい!」

「レオナルドで良いのか?」
「ええ。そうして下さい」

「本当に?」
「はい」

「それではレオナルド。一つ聞いてもいいかな?」
 カーレルは一つ咳払いをして話を始めた。

「背中を強く打ちつけたカレンは、バス客席の床で意識を失ってしまった。貴殿の預言書に於いても、未来の光景は王子の化身が意識を無くした時で終わっている。それは儂が、貴殿の意識を未来から引き戻した時点で起きた出来事と思って良いのかな?」

「はい。王子の化身が意識を失うのと同時に、僕の意識も過去に引き戻されました。それは僕にとっては(たまら)らなく辛い、未練が残る過去への帰還となったのです」

憂慮(ゆうりょ)()えない日々を君は過ごしてきたたのだな!?

「はい。ですから預言書には、充分な装備と人材、厳重な体制をもって転生した王子を御守するようにと記して置いたのです。そうする事で未来の出来事が少しでも良い方向に改善するのだと信じたのです」

「ああーっ。騎士殿の思いは儂にもよく伝わった。貴殿の気持ちは充分に儂に伝わったよ」
 カーレルは(ふところ)から一冊の書を取り出し、転生のページを開いた。

「これだ。このページだ」
 カーレルは向いに座るレオナルドに、書籍を開いて手渡す。

「貴殿が我が家に遺してくれた預言書の写しだ。右の欄は貴殿が書き遺したもの。左の欄にはそれを現代の文字に書き直したものが記述されている」
 レオナルドがカーレルから手渡された書籍を食入るように見詰める。

「1500年を超える時を()たが、原書も大事に残されている。財団の大金庫に大切に仕舞われ保存状態も良い。何時見て貰っても… いや財団のものは何なりと初代の御自由になされるが良い」

 レオナルドは胸が熱くなるのを感じていた。

「貴方は僕の心残りを理解してくれていた…」

「勿論だ。万全に準備を整えて待っていた。黒装束の悪魔達とも儂が戦う積りだった」
 カーレルはそう言って笑った。

「唯、あの時儂が行った意識の引き戻しは、儂らで約束した2000回を数えての過去への帰還ではなかった」

「ええ。それに気付きました」
 レオナルドは答える。

「サラサラが教えたのだな?」
「はい」

「儂らの意識を、我等の肉体が待つヒベルニアのストーンヘンジへと呼び戻したのは、我が娘サラサラであった」
「はい」

「懐かしいのう… 西暦525年、ヒベルニアの大地で儂と共に暮らしたサラサラ。目に入れても痛くない程に可愛い儂の娘よ! 大切にしてくれたのだな?」
「はい」

 嘗ての兄セラヌリウス、現世のカーレル・B・サンダーは目頭が熱くなるのを感じていた。

「サラサラ。前世で僕の妻であった女性…」
 レオナルドは、騎士バッジョの時代に経験した懐かしい出来事を思い浮かべていた。
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登場人物紹介

Sophie(ソフィー) 

堕天使ルシフェルと対峙する程の、ピュア(pure)なパワーを持つ少女。




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