第32話 困惑 西暦2025年 July 7
文字数 2,749文字
アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア
Philadelphia, Pennsylvania, United States
カーレル・B・サンダー邸
Carrel B. Sander House
「ああ、懐かしい。騎士どの。いやレオナルドよ、懐かしい…」
カーレルは目を細め過去の感慨 に浸 っている。
「しかしグレン一派との戦いで見せた騎士殿の動き、凄まじいまでに極められた武芸には心底陶酔 させられた。前方から飛び掛かり来る二人の男を前後から捕え、それをひと振りに両断。更には天に打ち出した矢で正確に人間の脳天を打ち抜くなど、とても人間業 とは思えぬ程だ!」
カーレルは、ヒベルニアでのグレン達との戦いを回想していた。
「更には振り向きざまに剣を投げ放ち…」
「止めて下さい」
レオナルドが神経質な声でカーレルの話を遮る。
「僕が、過去で人を殺して来た話など、聞くに堪えません」
レオナルドは、蒼白 となる顔を隠すように、左手で額を押さえる。
騎士バッジョの化身 であるレオナルドが見せた予想外の反応に、カーレル・B・サンダーは言葉を失う。
(儂 は幾度の転生の後も、常にセラヌリウスとしての記憶を持ち続け生きているが、レオナルドは違うのだ。彼は今回の誕生よりつい先程迄の十数年間を、穏やかなこの時代に暮らす少年として生きて来ていた。レオナルドにとっては、バッジョの生涯もパトリシアの生涯も、それは暗い時代を生き抜いた前世の記憶にしか過ぎない。何と言う事。長く生きて来てもこの有り様だ。大切な事。儂には配慮 が欠けていた…)
「貴方には済まなく思います。世紀を越え、再会したと言うのに、前世の記憶はしっかりと残っていると言うのに、同じ気持ちで語り合えない…」
「儂の方こそすまぬ。前世の記憶を取り戻して、まだ二時間も経っていない君に対する配慮が、まるで欠けていた」
カーレルは、一人燥 いでしまった自分を恥じた。
「総ての記憶は戻った。前世も、そして前前世も… だけど僕が人を殺して来たなどと、やはり信じたくは無い。この手では無いけれど、僕が前世でたくさんの人を殺 めて来たなどと… だって僕は平和なこの国に生まれた平凡な高校生なんだよ!」
レオナルドは、変わらぬ日々の中に不意に乱入して来た今朝の出来事に対し混乱を隠せないでいた。
「ああ済まない。私の配慮が足りなかったのだ」
カーレルは、性急 に事を運んだ事を後悔していた。
「夢なら覚めて欲しいとも思う…」
その言葉は、現在まで平和に暮らして来たレオナルドにとって、偽 らざる本心であった。
「家に帰り落ち着いて考えてみたい。送って下さいますか!?」
レオナルドがカーレルの書斎で席を立つ。
カーレルはレオナルドを見上げ、次の言葉を探した。
その時、『コツコツ』と、ドアが叩 かれ、カーレルの返事を受けた次席執事が書斎に入って来る。
「カーレル様。大学付属病院に居る係員からの連絡が入りました。カレン様は本日当屋敷には来る事が出来ないとの報告です」
サンダー家次席執事のトムは、慇懃 な態度でカーレルに申し述べる。
「何と?」
カーレルは暫 し絶句した後、「何故か?」短い言葉で次席執事のトムに尋ねた。
「はい。カレン様がそのまま学校に行く事を強く希望されたとの事です」
「儂が、当屋敷に是非 にと、カレン嬢に招待を申し出た旨 を、使いの者は正確にお伝えしたのか?」
「はい。カーレル様の社会的お立場を含め総てを善く説明した上で、重ねて招待申し上げたとの報告です」
「ここにレオナルド君も来ているのだと、きちんと説明をしたのか?」
「はい。その事も正確にお伝えしたとの報告でした」
「それでも来られなかったと言うのか!?」
カ-レル財団第三十八代総統カーレル・B・サンダーは、がっくりと肩を落とした。
「カーレル卿 。カレンは高校の無欠席記録を更新中です。彼女は学校を休む事を好まない性質なのです」
レオナルドはカーレルに、カレンの性格をそう説明した。
「卿などとレオナルド君、カーレルで良い。しかし学業優先とはのう。これは何とも、儂の方が君達の常識から大きく外れていたようだ」
この事が、今朝から続いていたカーレルの興奮状態を解く切っ掛けとなった。
カーレルは冷静さを取り戻し始める。
「僕を送って下さいますか?」
レオナルドが再度カーレルに尋ねる。
「勿論だとも、儂がどうかしていたようだ。数々の非礼をお詫び致します」
カーレルがレオナルドに謝罪をする。
「然 るべき時間を経 て、又御会いして下さるか?」
カーレルはレオナルドに尋ねる。
「ええ。暫く静かに考える時間が必要ですが…」
レオナルドはそう答えた。
カーレルは、レオナルドを自宅へと送る車の手配を次席執事のトムに指示すると、トムを書斎から退席させた。
「この2025年の時代に、魔王セラヌは存在するのですか? いや、これは愚問 か!? 貴方が居るのだから、彼とて何処 かに存在するのでしょう。しかし、彼がどんな悪を働いたとしても、今の世界では国の治安は警察と軍隊が守っています。僕ら学生の出る幕など無いように思います。民主主義で議会もあり、民も皆、正義を求めているこの時代に… 魔王セラヌが何を企んだとしても、最高の科学技術を持つ政府が在るこの国で、僕やカレンの力など何の足しにもならない。そうは思いませんか?」
レオナルドは力説する。
「今の世もまた、正義に支配されておらぬ危 うさがある…」
カーレルは弱々しい声を上げた。
「貴方はこの世界で何を見たのか? 知ってる事があるなら話して下さい」
レオナルドがカーレルに詰め寄る。
「貴方と魔王セラヌは、眠りの後の世界に於いて、無意識の領域で繋がっている。そうでしたね!? 貴方は、この世界で何を行うセラヌの影を見たのですか?」
レオナルドは更にカーレルに詰め寄る。
「いや、儂は何も見ては居らぬ。奴がこの世界に存在していると言う予感は働くが、この世界で奴が何を考え、これから何を行おうとしているのかは解らぬ。最早 我等は無意識の領域でさえ繋がっては居らぬのだ!」
カーレルは若きレオナルドの瞳を見詰め、そう答えた。
「何と、貴方とセラヌが最早繋がって居ない。そうなのですか。それなら、それは魔王セラヌが最早この世界には存在していない。その証 では無いのですか」
「いいや。奴は確かに存在する」
「何故です? 意識的な世界でも見ていない、無意識の世界でも見つからない者の存在を、貴方は何故確かと言うのか? 僕達の用意して来たものなど無駄になったって良い! 僕らは暗闇の時代を生き抜いて、平和な世界を望んで来た。それさえ叶えば、それは良いのだ。世界は変わった。あの暗黒の時代とはもう違うんだ!」
レオナルドは両手をかざして叫んだ。
Philadelphia, Pennsylvania, United States
カーレル・B・サンダー邸
Carrel B. Sander House
「ああ、懐かしい。騎士どの。いやレオナルドよ、懐かしい…」
カーレルは目を細め過去の
「しかしグレン一派との戦いで見せた騎士殿の動き、凄まじいまでに極められた武芸には
カーレルは、ヒベルニアでのグレン達との戦いを回想していた。
「更には振り向きざまに剣を投げ放ち…」
「止めて下さい」
レオナルドが神経質な声でカーレルの話を遮る。
「僕が、過去で人を殺して来た話など、聞くに堪えません」
レオナルドは、
騎士バッジョの
(
「貴方には済まなく思います。世紀を越え、再会したと言うのに、前世の記憶はしっかりと残っていると言うのに、同じ気持ちで語り合えない…」
「儂の方こそすまぬ。前世の記憶を取り戻して、まだ二時間も経っていない君に対する配慮が、まるで欠けていた」
カーレルは、一人
「総ての記憶は戻った。前世も、そして前前世も… だけど僕が人を殺して来たなどと、やはり信じたくは無い。この手では無いけれど、僕が前世でたくさんの人を
レオナルドは、変わらぬ日々の中に不意に乱入して来た今朝の出来事に対し混乱を隠せないでいた。
「ああ済まない。私の配慮が足りなかったのだ」
カーレルは、
「夢なら覚めて欲しいとも思う…」
その言葉は、現在まで平和に暮らして来たレオナルドにとって、
「家に帰り落ち着いて考えてみたい。送って下さいますか!?」
レオナルドがカーレルの書斎で席を立つ。
カーレルはレオナルドを見上げ、次の言葉を探した。
その時、『コツコツ』と、ドアが
「カーレル様。大学付属病院に居る係員からの連絡が入りました。カレン様は本日当屋敷には来る事が出来ないとの報告です」
サンダー家次席執事のトムは、
「何と?」
カーレルは
「はい。カレン様がそのまま学校に行く事を強く希望されたとの事です」
「儂が、当屋敷に
「はい。カーレル様の社会的お立場を含め総てを善く説明した上で、重ねて招待申し上げたとの報告です」
「ここにレオナルド君も来ているのだと、きちんと説明をしたのか?」
「はい。その事も正確にお伝えしたとの報告でした」
「それでも来られなかったと言うのか!?」
カ-レル財団第三十八代総統カーレル・B・サンダーは、がっくりと肩を落とした。
「カーレル
レオナルドはカーレルに、カレンの性格をそう説明した。
「卿などとレオナルド君、カーレルで良い。しかし学業優先とはのう。これは何とも、儂の方が君達の常識から大きく外れていたようだ」
この事が、今朝から続いていたカーレルの興奮状態を解く切っ掛けとなった。
カーレルは冷静さを取り戻し始める。
「僕を送って下さいますか?」
レオナルドが再度カーレルに尋ねる。
「勿論だとも、儂がどうかしていたようだ。数々の非礼をお詫び致します」
カーレルがレオナルドに謝罪をする。
「
カーレルはレオナルドに尋ねる。
「ええ。暫く静かに考える時間が必要ですが…」
レオナルドはそう答えた。
カーレルは、レオナルドを自宅へと送る車の手配を次席執事のトムに指示すると、トムを書斎から退席させた。
「この2025年の時代に、魔王セラヌは存在するのですか? いや、これは
レオナルドは力説する。
「今の世もまた、正義に支配されておらぬ
カーレルは弱々しい声を上げた。
「貴方はこの世界で何を見たのか? 知ってる事があるなら話して下さい」
レオナルドがカーレルに詰め寄る。
「貴方と魔王セラヌは、眠りの後の世界に於いて、無意識の領域で繋がっている。そうでしたね!? 貴方は、この世界で何を行うセラヌの影を見たのですか?」
レオナルドは更にカーレルに詰め寄る。
「いや、儂は何も見ては居らぬ。奴がこの世界に存在していると言う予感は働くが、この世界で奴が何を考え、これから何を行おうとしているのかは解らぬ。
カーレルは若きレオナルドの瞳を見詰め、そう答えた。
「何と、貴方とセラヌが最早繋がって居ない。そうなのですか。それなら、それは魔王セラヌが最早この世界には存在していない。その
「いいや。奴は確かに存在する」
「何故です? 意識的な世界でも見ていない、無意識の世界でも見つからない者の存在を、貴方は何故確かと言うのか? 僕達の用意して来たものなど無駄になったって良い! 僕らは暗闇の時代を生き抜いて、平和な世界を望んで来た。それさえ叶えば、それは良いのだ。世界は変わった。あの暗黒の時代とはもう違うんだ!」
レオナルドは両手をかざして叫んだ。