第31話 別れの時 西暦525年
文字数 2,055文字
ヒベルニア島 Hibernia Island
(ああ。その時が来た。優しいお父様との、別れの時がやって来たのだ)
サラサラの心は、悲しい予感に包まれる。
「セラヌリウス。この馬蹄の響きは?」
草原に迫りくる馬蹄の響きを確認したバッジョが身構えて尋ねる。
「大丈夫だ。この馬蹄の響きは儂の配下が乗る馬が放つ音。但し、急な用事が生じたようだ」
セラヌリウスは、一瞬硬い表情を見せた。
サラサラが、父セラヌリウスにしがみ付いて行く。
「サラサラ。既に運命を受け入れる準備はして来たであろうに… しょうがない子だ」
セラヌリウスが、悲しげな表情を見せる娘を抱きしめる。
馬蹄の響きと共に、六頭の人馬が森を抜け、月夜の草原に駆け込んで来た。
「よいかサラサラ。明日朝の予定が、少し早まっただけの事だ」
セラヌリウスは自らにも言い聞かせるように話している。
「楽しかった。そして嬉しかった。お前と共に生きた時間は」
「お父様」
サラサラは涙を流し、更に強く父の身体を抱いた。
「親父どの。親父どの」
大きな声を張り上げ、人馬の集団は草原に立つ三人のもとに到着する。
「親父どの。東の海岸に…」
駆け付けたセラヌリウスの配下が声を詰まらせ話し始める。
「落ち着いて話せ。先ずは水筒の水を飲め!」
セラヌリウスは、勢い良く馬を走らせて来た配下を落ち着かせる為に、先ずは馬の鞍に備えてある水を飲むことを勧めた。
「親父どの。東の海岸に大きな軍船が三隻。武装した兵士達が、上陸する準備を進めています」
勢いよく水を飲んだ男が、活舌 も良く話し始めた。
「ふふっ。セラヌの奴、グレンを放った後に考えを変えたな。我等を葬 るのに軍船三隻とは大層な身の入れようだ」
セラヌリウスはそう言って笑った。
「『異変が起れば、客人を乗せる馬を連れ駆け付けよ!』 その親父殿のお言葉通りに、馳 せ参じました」
男はそう言って胸を張った。
セラヌリウスはバッジョに向き直り、騎士の頼もしい腕を右手で握り締める。
「騎士殿。サラサラを貴殿の嫁に。サラサラは騎士殿を支えるのだ。そして助け合い、来世に転生してくるアーテリーの助けとなる強大な組織を、創り上げておくれ」
セラヌリウスは有無も言わさぬ勢いで二人に言葉を告げる。
セラヌリウスの真剣な表情を前に、バッジョは無言で頷く。
「全ては儂の娘に任せるのだ。サラサラは既に準備をしている筈だ!」
父セラヌリウスの言葉を前に、何かを決心したサラサラも又、無言で頷く。
「さあ、急いで馬に乗っておくれ。奴等がここを嗅ぎ付ける前に、早く!」
セラヌリウスは部下と共に二人を馬に乗せ、旅路に送り出す支度を急いだ。
「私の運命は解りました。そしてその使命も。唯、貴方はどうするのです? セラヌリウス。私は貴方達だけをここで戦わせたりはしない!」
勧められるまま馬に跨がりはしたが、バッジョはセラヌの送り込んだ兵士達と戦う事を放棄してはいない。
「騎士殿。まだ解らぬか。これからは物陰に隠れ、それと知れぬように生きて行くのだ。そうでなければ我等の大業は成就などせぬ。来世まで騎士道は捨てられよ!」
セラヌリウスはバッジョの脳に強く言い含 める。
「折角、再会出来たと言うのに…」
バッジョが未練を見せる。
「また会える。運命が我等を導いてくれよう。その時には、ゆっくりと語り合おうではないか」
セラヌリウスは笑顔を作り見せる。
「それともう一つだ。村長の娘、シャルルの事だが…」
「シャルル。シャルルが生きているのですか?」
「ああ。セラヌの無意識が驚いておった。『スパイサ-にしては珍しく。彼奴、アーテリーとの約束を守り通した』と。しかし、娘の心は閉ざされたままだ。取り返しのつかない罪を背負いて、心は苦しみの地獄を彷徨 っている」
バッジョは黙って頷き、セラヌリウスを見詰める。
セラヌリウスがその先を言わずとも解っていると、バッジョは目で示したのだ。娘シャルルに悲しみを振りはらう勇気を与えられるのは、自分しか居ない。そうセラヌリウスに無言で告げていたのである。
「さあ、バッジョ様。私の後に付いて来て下さい」
覚悟を決めたサラサラの凛々しい声が草原に響き渡る。
「お父様、くれぐれも、おからだには気をつけて… 無理な戦いはなさらぬように」
「大丈夫だ。軍船三隻分の兵士に正面から挑みなどはしない。旨く立ち回って、無理であれば儂らも身を隠すとするよ。何も案ずる事はない。さらばだ。サラサラ」
そう言ってセラヌリウスは、娘の乗る馬の尻を叩いた。
それが合図となりサラサラの馬は走り始める。
「セラヌリウス…」
続いてバッジョが乗る馬も、駆けだしたサラサラの馬を追って草原を走り始めた。
(今生 は無理でも、時の彼方でまた逢えるのだ)
バッジョは自分の心に言い聞かせる。
「バッジョ。サラサラを頼む。幸せにな!!」
セラヌリウスの大きな声が、バッジョの背中越しに聞こえて来る。
「ありがとう。兄セラヌリウス」
駆ける馬の背から後ろを振り向くバッジョ。その瞳からは涙が溢れ出ていた。
(ああ。その時が来た。優しいお父様との、別れの時がやって来たのだ)
サラサラの心は、悲しい予感に包まれる。
「セラヌリウス。この馬蹄の響きは?」
草原に迫りくる馬蹄の響きを確認したバッジョが身構えて尋ねる。
「大丈夫だ。この馬蹄の響きは儂の配下が乗る馬が放つ音。但し、急な用事が生じたようだ」
セラヌリウスは、一瞬硬い表情を見せた。
サラサラが、父セラヌリウスにしがみ付いて行く。
「サラサラ。既に運命を受け入れる準備はして来たであろうに… しょうがない子だ」
セラヌリウスが、悲しげな表情を見せる娘を抱きしめる。
馬蹄の響きと共に、六頭の人馬が森を抜け、月夜の草原に駆け込んで来た。
「よいかサラサラ。明日朝の予定が、少し早まっただけの事だ」
セラヌリウスは自らにも言い聞かせるように話している。
「楽しかった。そして嬉しかった。お前と共に生きた時間は」
「お父様」
サラサラは涙を流し、更に強く父の身体を抱いた。
「親父どの。親父どの」
大きな声を張り上げ、人馬の集団は草原に立つ三人のもとに到着する。
「親父どの。東の海岸に…」
駆け付けたセラヌリウスの配下が声を詰まらせ話し始める。
「落ち着いて話せ。先ずは水筒の水を飲め!」
セラヌリウスは、勢い良く馬を走らせて来た配下を落ち着かせる為に、先ずは馬の鞍に備えてある水を飲むことを勧めた。
「親父どの。東の海岸に大きな軍船が三隻。武装した兵士達が、上陸する準備を進めています」
勢いよく水を飲んだ男が、
「ふふっ。セラヌの奴、グレンを放った後に考えを変えたな。我等を
セラヌリウスはそう言って笑った。
「『異変が起れば、客人を乗せる馬を連れ駆け付けよ!』 その親父殿のお言葉通りに、
男はそう言って胸を張った。
セラヌリウスはバッジョに向き直り、騎士の頼もしい腕を右手で握り締める。
「騎士殿。サラサラを貴殿の嫁に。サラサラは騎士殿を支えるのだ。そして助け合い、来世に転生してくるアーテリーの助けとなる強大な組織を、創り上げておくれ」
セラヌリウスは有無も言わさぬ勢いで二人に言葉を告げる。
セラヌリウスの真剣な表情を前に、バッジョは無言で頷く。
「全ては儂の娘に任せるのだ。サラサラは既に準備をしている筈だ!」
父セラヌリウスの言葉を前に、何かを決心したサラサラも又、無言で頷く。
「さあ、急いで馬に乗っておくれ。奴等がここを嗅ぎ付ける前に、早く!」
セラヌリウスは部下と共に二人を馬に乗せ、旅路に送り出す支度を急いだ。
「私の運命は解りました。そしてその使命も。唯、貴方はどうするのです? セラヌリウス。私は貴方達だけをここで戦わせたりはしない!」
勧められるまま馬に跨がりはしたが、バッジョはセラヌの送り込んだ兵士達と戦う事を放棄してはいない。
「騎士殿。まだ解らぬか。これからは物陰に隠れ、それと知れぬように生きて行くのだ。そうでなければ我等の大業は成就などせぬ。来世まで騎士道は捨てられよ!」
セラヌリウスはバッジョの脳に強く言い
「折角、再会出来たと言うのに…」
バッジョが未練を見せる。
「また会える。運命が我等を導いてくれよう。その時には、ゆっくりと語り合おうではないか」
セラヌリウスは笑顔を作り見せる。
「それともう一つだ。村長の娘、シャルルの事だが…」
「シャルル。シャルルが生きているのですか?」
「ああ。セラヌの無意識が驚いておった。『スパイサ-にしては珍しく。彼奴、アーテリーとの約束を守り通した』と。しかし、娘の心は閉ざされたままだ。取り返しのつかない罪を背負いて、心は苦しみの地獄を
バッジョは黙って頷き、セラヌリウスを見詰める。
セラヌリウスがその先を言わずとも解っていると、バッジョは目で示したのだ。娘シャルルに悲しみを振りはらう勇気を与えられるのは、自分しか居ない。そうセラヌリウスに無言で告げていたのである。
「さあ、バッジョ様。私の後に付いて来て下さい」
覚悟を決めたサラサラの凛々しい声が草原に響き渡る。
「お父様、くれぐれも、おからだには気をつけて… 無理な戦いはなさらぬように」
「大丈夫だ。軍船三隻分の兵士に正面から挑みなどはしない。旨く立ち回って、無理であれば儂らも身を隠すとするよ。何も案ずる事はない。さらばだ。サラサラ」
そう言ってセラヌリウスは、娘の乗る馬の尻を叩いた。
それが合図となりサラサラの馬は走り始める。
「セラヌリウス…」
続いてバッジョが乗る馬も、駆けだしたサラサラの馬を追って草原を走り始めた。
(
バッジョは自分の心に言い聞かせる。
「バッジョ。サラサラを頼む。幸せにな!!」
セラヌリウスの大きな声が、バッジョの背中越しに聞こえて来る。
「ありがとう。兄セラヌリウス」
駆ける馬の背から後ろを振り向くバッジョ。その瞳からは涙が溢れ出ていた。