第23話 転生の秘密 西暦2025年 July 7
文字数 2,530文字
ニューヨーク ウエストチェスター New York Westchester
中央ストアーバス停留所 Central store Bus stop
「ジェームス。時刻 が近付いている。警備から怪しげな情報は上がって来ておらぬか?」
午前8時、運命の時刻を目の前にして、サンダー家第38代当主カーレル・B・サンダーが財団筆頭執事ジェームス モートンに尋ねた。二人は中央ストアーバス停留所に立ち路線バスの到着を待ち続けている。
「はい。悪魔の存在を疑わせる目撃情報は、これまで一件も上がって来てはおりません」
「ふん。奴等も大仕掛 けでは向かって来ぬか!?」
ジェームスの前で、カーレルが鼻を鳴らしてみせる。
「悪魔も世間に認識されれば、行動もしにくくなる? カーレル様。そう解釈してもよろしいでしょうか?」
生まれてこのかた悪魔など見たこともないジェームスである。カーレルに師事し財団の筆頭執事が御役目だが、オカルト的なものには正直、半信半疑なのだ。それでもカーレルの前ではそうとも言えず、常に当主の思考と足並みをそろえて来ていた。
「ふぅん。奴等はうまく人を利用する。ジェームス。不審者情報も上がってはいないのだな?」
カーレルが重ねてジェームスに尋ねる。
「確認します。『偵察隊長並びに警備隊班長に聞く。不審者情報は上がっていないか?』」
ジェームスは右耳のイヤホンに指を当て、カーレルの目の前で最新の情報を確認する。
「大丈夫です。不審者情報も上がってはいません!」
情報の確認を済ませたジェームスがカーレルに返答をする。
「ジェームス。味方さえ悪魔に誑 かされ得る事を忘れるなよ!」
「はい。肝に銘じております」
ジェームスが、かしこまり答えた。
「ジェームスよ。サンダー家初代当主、バッジョ カーレルの自伝書を持って来ているな!?」
「はい。この鞄 の中に大切にしまってあります!」
ジェームスは肩から下げた、縦長のイタリア製トートバッグを叩き応えた。
「今日。儂は必ず自伝書を手渡す!」
「はい。転生し来る、王子様にこの自伝書を手渡すのですね?」
「そうだ。今日は初代が書いた自伝書を、転生した王子に渡す事が出来れば、儂はそれで良いと考えているのだ…」
「はい。」
「初代、騎士バッジョが遺した自伝書。バッジョがどのような思いを込めてこの自伝書を遺してくれたのか… バッジョ。儂は、とても懐かしい…」
「えっ。カーレル様? バッジョ様に直にお会いになった事があるのですか?」
ジェームスは、過去にタイムトラベルでもしたかのような発言をする主人に驚く。
「いや、なに。そのような夢を見たやも知れぬと言う話よ…」
カーレルはジェームスを煙 に巻く。
ジェームスの頭に、カーレルに対する疑問符 が増えて行く。その度に、ジェームスの頭は更に混乱を来す事になるのだ。それでも、サンダー家筆頭執事の誇りにかけて、ジェームスは必死に主人の思考に付き従う。
「カーレル様。これからお会いするアーテリー様の生まれ変わりの王子様が、既に前世 の記憶を有 している可能性はないのでしょうか?」
ジェームスはカーレルに問う。
「ジェームスよ。そうであれば、それはどんなにありがたい事か。だがその可能性は低いであろう。人間は生まれ変わりの前に、つまり誕生の瞬間に、それ以前の記憶が覆い隠され、この世に出現する決まりになっているのだからのう」
カーレルは寂 しげに話す。
「転生された王子に、人間の転生の秘密を教え、前世の記憶を取り戻していただくのも、私の大切な役目なのだ」
そう言うとカーレルは溜息を吐いた。
溜息など、自信家のカーレルには珍しい現象である。
「カーレル様。どうしたのです? 溜息など、カーレル様らしくもない!?」
ジェームスがカーレルの気持ちを思いやる。
「華やかな科学の進歩の陰で、人間は神的な知恵を失ってしまった。目で見る事が出来る世界のみを信じ、五感では知覚出来ない世界を認めようとしなくなった。愚かにも科学が万能と考え、それで証明できぬ事象 は全て、否定すべきものとして扱うのだ。遥か昔の時代であれば、人間は精霊や神々の存在を、そして神々が住む世界を信じたことであろう。しかし2025年、現代の人間に、『あなたは1500年前の、過去より転生された我が王子です』と突然申し出たなら… 私は何と思われる事か!?」
「かなり危ない人物とみなされます。アルコール中毒、薬物中毒、重度の精神疾患 等を疑われ。入院治療を勧められる可能があります」
「だから嫌なのだ。お前の言葉に更に付け加えれば、激しい妄想に憑りつかれた惚 け老人も有力な候補の一つだ。きっとそんな風に誤った認識を私は持たれる事であろう。長き長き時間を費やし、王子の転生を待ちわびて来たサンダー家歴代当主。その歴代の中で、最も光栄なお役目を授かった私がそう思われるのだ。それがなんとも情けない。それを悩んでいるのだ」
「カーレル様。今朝からの溜息はそれで…」
ジェームスがカーレルの心中を慮 る。
「転生した王子に、如何にファーストコンタクトをとるか?」
カーレルはそれを決め兼ねていた。リーダーとして常に決断を下してきた彼には、それは珍しい事だと思う。しかしファーストコンタクト直後より始まる、苛烈 な戦いを思うとき。”如何に速く王子に前世の記憶を取り戻していただくか”それはとても重要な課題であった。
「王子は何も知らぬのだ! 総ては1500年前の、王子が死された後に興 されたカーレル家の壮大な事業なのだから。それを今、王子に伝えねばならぬ。王子の死後、初代バッジョ カーレルがどのような体験をして来たのか。そして現代でも生き続ける魔王セラヌが、この時代に何を仕掛けて来るのか。我らに与えられし使命は、ゆるい道程 ではない!」
カーレルの言葉を前に、ジェームスの頬にも緊張が走る。
「これは宿命なのだ。我等と魔王に架 された宿命。そして今度こそは絶対に負ける訳にはいかない。我等が魔王セラヌの野望を阻止出来なければ、天地に悪魔が蔓延 る世界が容易に創世されてしまう事であろう。人類を滅亡へと導く未来は創らせはしない。奴等の企てなど必ず防いでみせるさ…」
カーレルはそう呟いていた。
中央ストアーバス停留所 Central store Bus stop
「ジェームス。
午前8時、運命の時刻を目の前にして、サンダー家第38代当主カーレル・B・サンダーが財団筆頭執事ジェームス モートンに尋ねた。二人は中央ストアーバス停留所に立ち路線バスの到着を待ち続けている。
「はい。悪魔の存在を疑わせる目撃情報は、これまで一件も上がって来てはおりません」
「ふん。奴等も
ジェームスの前で、カーレルが鼻を鳴らしてみせる。
「悪魔も世間に認識されれば、行動もしにくくなる? カーレル様。そう解釈してもよろしいでしょうか?」
生まれてこのかた悪魔など見たこともないジェームスである。カーレルに師事し財団の筆頭執事が御役目だが、オカルト的なものには正直、半信半疑なのだ。それでもカーレルの前ではそうとも言えず、常に当主の思考と足並みをそろえて来ていた。
「ふぅん。奴等はうまく人を利用する。ジェームス。不審者情報も上がってはいないのだな?」
カーレルが重ねてジェームスに尋ねる。
「確認します。『偵察隊長並びに警備隊班長に聞く。不審者情報は上がっていないか?』」
ジェームスは右耳のイヤホンに指を当て、カーレルの目の前で最新の情報を確認する。
「大丈夫です。不審者情報も上がってはいません!」
情報の確認を済ませたジェームスがカーレルに返答をする。
「ジェームス。味方さえ悪魔に
「はい。肝に銘じております」
ジェームスが、かしこまり答えた。
「ジェームスよ。サンダー家初代当主、バッジョ カーレルの自伝書を持って来ているな!?」
「はい。この
ジェームスは肩から下げた、縦長のイタリア製トートバッグを叩き応えた。
「今日。儂は必ず自伝書を手渡す!」
「はい。転生し来る、王子様にこの自伝書を手渡すのですね?」
「そうだ。今日は初代が書いた自伝書を、転生した王子に渡す事が出来れば、儂はそれで良いと考えているのだ…」
「はい。」
「初代、騎士バッジョが遺した自伝書。バッジョがどのような思いを込めてこの自伝書を遺してくれたのか… バッジョ。儂は、とても懐かしい…」
「えっ。カーレル様? バッジョ様に直にお会いになった事があるのですか?」
ジェームスは、過去にタイムトラベルでもしたかのような発言をする主人に驚く。
「いや、なに。そのような夢を見たやも知れぬと言う話よ…」
カーレルはジェームスを
ジェームスの頭に、カーレルに対する
「カーレル様。これからお会いするアーテリー様の生まれ変わりの王子様が、既に
ジェームスはカーレルに問う。
「ジェームスよ。そうであれば、それはどんなにありがたい事か。だがその可能性は低いであろう。人間は生まれ変わりの前に、つまり誕生の瞬間に、それ以前の記憶が覆い隠され、この世に出現する決まりになっているのだからのう」
カーレルは
「転生された王子に、人間の転生の秘密を教え、前世の記憶を取り戻していただくのも、私の大切な役目なのだ」
そう言うとカーレルは溜息を吐いた。
溜息など、自信家のカーレルには珍しい現象である。
「カーレル様。どうしたのです? 溜息など、カーレル様らしくもない!?」
ジェームスがカーレルの気持ちを思いやる。
「華やかな科学の進歩の陰で、人間は神的な知恵を失ってしまった。目で見る事が出来る世界のみを信じ、五感では知覚出来ない世界を認めようとしなくなった。愚かにも科学が万能と考え、それで証明できぬ
「かなり危ない人物とみなされます。アルコール中毒、薬物中毒、重度の精神
「だから嫌なのだ。お前の言葉に更に付け加えれば、激しい妄想に憑りつかれた
「カーレル様。今朝からの溜息はそれで…」
ジェームスがカーレルの心中を
「転生した王子に、如何にファーストコンタクトをとるか?」
カーレルはそれを決め兼ねていた。リーダーとして常に決断を下してきた彼には、それは珍しい事だと思う。しかしファーストコンタクト直後より始まる、
「王子は何も知らぬのだ! 総ては1500年前の、王子が死された後に
カーレルの言葉を前に、ジェームスの頬にも緊張が走る。
「これは宿命なのだ。我等と魔王に
カーレルはそう呟いていた。