第7章「これが視点だ!」視点タイプ5(神視点)

文字数 2,417文字

〈王女セフリッド〉バージョン#5(「中に立ち入る作者」視点)


 テュファール人の少女はためらいつつ部屋へ入ってきた。腕は脇にひたと付け、肩はちぢこまっている。おびえつつも無頓着な表情は捕らわれた野生動物のようだ。ヘム人の大男がいかにも主人然とした態度で彼女を招じ入れ、〈セフリッド姫〉〈テュファールの王女〉と得意げに紹介した。人々はまわりに押し寄せ、王女にあいさつしたり、たんにじろじろ眺めたりした。少女はひたすら耐え、ほとんど顔をあげず、彼らのばかげた質問には手みじかに、ほとんど聞きとれないほどの声で答えていく。
 小うるさい野次馬どもがにじり寄ってくる中、彼女は自分の周りに空隙を作り出し、そこで孤独を保っていた。誰も彼女にふれない。自分たちが彼女にさわらないようにしているという自覚は彼らにはないのだが、王女にはわかっている。寂寥[せきりょう]を感じて顔を上げると、ある視線とぶつかった。好奇に満ちた目ではなく、温かく受け入れるまなざしがじっとこちらを見ている。部屋中に満ちるよそよそしさの波を越えて、その顔は語りかけてくれていた――「私は、お味方ですよ」と。

mimura_akira

ル=グウィン節、全開!
作文の例題にこんな、うるっとするシーンが書けちゃうル=グウィンさん、ほんと素敵。
大好き。
もうタイプ0から4までのいいところ、全部乗せ!なんですよね。
それこそ、特定のキャラクターの目を通してではなく、空中から見ている感じなんですけど……
タイプ0と比べてみると、字数もほぼ倍。
何が増えているかというと、

1.キャラクターの気持ち
2.地の文(語り手)の気持ち


この二つが投入されているので、倍にふくらんでいるんです。
タイプ0、もう一度載せておきましょうか。
〈王女セフリッド〉バージョン#0(「中に立ち入らない作者」視点)

 テュファール出身の王女は部屋へ歩み入り、すぐ後ろにヘム人の大男が続いた。王女は歩幅を広くとってはいたが、腕は脇にひたと付け、肩はちぢこまっていた。髪はゆたかで縮れている。ヘムの男が彼女をテュファールのセフリッド姫だと紹介するあいだ、彼女はじっと立っていた。人々がまわりに押し寄せ、彼女を眺めまわし、質問攻めにしたが、彼女の目と誰かの目が会うことはなかった。誰も彼女にふれようとしない。彼女も訊かれたことに手みじかに答えていくだけだ。
 一瞬、食卓のそばにいる少し年かさの女と、王女は目を見かわした。

mimura_akira

で、タイプ5の、タイプ0にはなかった要素に色を塗ってみると……
(キャラクターの気持ち:赤、語り手の気持ち:青)
〈王女セフリッド〉バージョン#5(「中に立ち入る作者」視点)

 テュファール人の少女はためらいつつ部屋へ入ってきた。腕は脇にひたと付け、肩はちぢこまっている。おびえつつも無頓着な表情は捕らわれた野生動物のようだ。ヘム人の大男がいかにも主人然とした態度で彼女を招じ入れ、〈セフリッド姫〉〈テュファールの王女〉と得意げに紹介した。人々はまわりに押し寄せ、王女にあいさつしたり、たんにじろじろ眺めたりした。少女はひたすら耐え、ほとんど顔をあげず、彼らのばかげた質問には手みじかに、ほとんど聞きとれないほどの声で答えていく。
 小うるさい野次馬どもがにじり寄ってくる中、彼女は自分の周りに空隙を作り出し、そこで孤独を保っていた。誰も彼女にふれない。自分たちが彼女にさわらないようにしているという自覚は彼らにはないのだが、王女にはわかっている。寂寥[せきりょう]を感じて顔を上げると、ある視線とぶつかった。好奇に満ちた目ではなく、温かく受け入れるまなざしがじっとこちらを見ている。部屋中に満ちるよそよそしさの波を越えて、その顔は語りかけてくれていた――「私は、お味方ですよ」と。

mimura_akira

じつは、赤字で示した「登場人物たちの気持ち」より、青字の「語り手の気持ち(価値判断)」のほうが多かった!
ヘム人ラッサが「いかにも主人然」として「得意げ」だとか、群衆が「小うるさい野次馬」で「ばかげた質問」をしてくるとか。これ、カメラアイバージョンにはありませんでした。
カメラは(AIもです)、「なんだこいつ主人づらしやがってクソが」とか(すみません)、「おまえらバカな質問してんじゃねーよ、姫がかわいそうじゃねーかクソが」とか(すみません!)、そういう感情を持つことはないからです。
だから、この語り手(地の文)は、ニュートラルで透明な空気みたいに見えて、しっかり感情を持って、価値判断をしているんです。
はっきりヒロインとアンナに味方して、ラッサややじ馬たちに敵対してますよね。
で、そうやってセフリッドちゃんに味方して、ラッサたちをののしってるあんた、誰?
って問題です。
何様か?
神様か?!
ってね。
よーく見てると、視点人物が入れ替わっています。
「自分たちが彼女にさわらないようにしているという自覚は彼らにはないのだが」→群衆
「王女にはわかっている。寂寥を感じて」→セフリッド姫
「私は、お味方ですよ」→アンナさん
3回も違う人たちの心に侵入しています。
これは、神じゃないとできませんよね。
ル=グウィンさんご自身はこの章の末尾で、「視点人物をつぎつぎ替えること」について、かなり厳しく批判しておられます。(次のページに載せておきますね。)
でも、こんなふうにうまーくやってもらうと、ぜんぜん自然だし楽しいですよね。
ボートからボートへ、レーンからレーンへのスライドが、とってもなめらかというか。
スピード感より、このなめらかな車線変更を楽しむ感じですかね!
〈練習問題7-5〉「中に立ち入る作者」視点(制限字数2000字)←多い!

(できれば)7-0で考えたシーンを使います。
もうマックス自由自在に、このシーンを語りなおしちゃってください。
(制限は「会話なし」というだけ。)

ただし……
次頁のアドバイスを、ちょっと気に留めておいてください。
つまり、視点の切り替えは慎重に、という話です。

mimura_akira

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
※これは制限参加コラボです。参加ユーザーが制限されます。作品主が指定した方しか参加できません。参加希望の場合は、作品主の方にご相談ください。

※参加ユーザーの方が書き込むにはログインが必要です。ログイン後にセリフを投稿できます。
※本コラボは完結済みです。

登場人物紹介

ミミュラ


このコラボノベルの管理人。ときどきアマビエに変身する。

アーシュラ・K・ル=グウィンをこよなく慕い、勝手に師と仰いでいる。

ヒツジのくせに眠るのが下手。へんな時間に起きてしまったり寝てしまったりする。

犬派か猫派かでいったら、犬派。(←ヒツジだけにお犬さま方にはつねづねお世話になってます(^^ゞ)

たい焼きは頭から、チョココロネは太いほうから食べる派。

ミニャノ

管理人に「眠り下手仲間」のよしみで誘われ、このコラボに参加することになった紀州犬。と言っても紀州には何のゆかりもなく、出身は相州鎌倉。現在、台湾台北に生息中。

「鳩サブレー」は頭からでも尾からでもなく、袋の状態のまま、指でぶちぶち潰してから食べる派。

日本語と中国語の間をふらふら往き来する人生ボケ担当大臣(自称)。ときどき別形態になるんだって。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色