第10章の補足:「焦点」と「軌道」(付:ヒツジのダメ例)

文字数 3,277文字

そろそろこの本もおしまいです。名残り惜しい……。
もともと「つまみ食い」なので、内容の全部はここにご紹介しきれていないのですが、
最後に「これはぜひ」と思う素敵なワンポイント・アドバイスを載せておきます。
 小説には、次の二つの要素があります。

1.焦点 (フォーカス focus)

2.軌道 (トラジェクトリー trajectory)

(『ル=グウィンの小説教室』第10章より、ヒツジまとめ)

mimura_akira

「クラウド(ぎゅぎゅっと詰める)」と「リープ(ぴょーんと跳ぶ)」は、この「焦点」と「軌道」に関係しています。
 ぎゅぎゅっと詰めこまれるものはすべて、焦点があっていなくてはなりません。ストーリーを官能的に、知的に、感情的に豊かにするためのそれらの要素は、ストーリーの中心にある焦点に向かって集まるべきなのです。
 そしてぴょーんと跳ぶ動きはかならず、軌道にそっていなくてはなりません。つまり、ストーリー全体の形と動いていく方向に従っているべきなのです。

(同書同章より。これは本文の抜粋の訳です)

mimura_akira

ル=グウィンさんも、文章というものを、形や色や動きのイメージでとらえるタイプのようです。
私もそうなので、とてもなじみやすいのですが……
もし、そういうのは慣れていない、違和感を感じる、というかたは、だまされたと思って(だましてないですよ!)ご自分の文章をプリントアウトして段落ごとにマーカーで色をつけてみる、などすると、面白いと思います。例えば、あるキャラクターのあるエピソードについてはこの色でマークをするなど。

そうすると、「あ、この話ばっかり書いているな」とか、「こういう話を書くつもりだったのに、違うことを書いちゃってるな」とか、
極端な話、「このキャラクター/エピソード、まるっと要らなくない?」とか、笑
そういうことに気づく助けになる、と思います。
すみません、この「色付け」は私の勝手な補足でした。
ル=グウィンさんのアドバイスにある、「何が焦点に向かっていて」「何が軌道に沿っている」か、ということを見るのに、助けになると思うんです。
ええと、例えば……
ちょっと即興ですが、
「ヒロインのところへ、ひさしぶりに女友だちが訪ねてきた」
という短編を書こうと思いついたとして、
「あ、もう十二時だ」
 壁の時計を見上げて、私はつぶやいた。正確には十一時五十五分だ。おなかがすいたので、昼ご飯にしようと思う。
 私が最近はまっているのは、野沢菜のびんづめだ。母が信州から送ってくれたもので、これがなかなか便利でおいしい。フライパンにサラダ油を引き(ごま油ならなおよし)、びんから出した野沢菜と冷やご飯を投入して、溶き卵でまとめれば、二分でチャーハンのできあがりなのだ。
 テレビではあいかわらずコロナの変異株のニュースをやっている。つまらないので消して、チャーハンをおいしく食べ終えた。お皿とフライパンを流しで洗いはじめると、

mimura_akira

って何の話ですかい???
って話ですよね!
こういうとき、「あ、もう十二時だ」からチャーハンを食べ終えるまでを
ばっさりカットする
のがリープ(ぴょーんと跳ぶ)なわけです。
「フライパンを洗っていると、玄関のチャイムが鳴った。」
ここから始めれば、「え、誰が来たの?」って、もうストーリーが動きはじめるわけですね。
 玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
 急いで手を拭いて玄関へ向かう。「少々お待ちくださーい」と言いながらドアノブに手をかける。あ、そうだ、マスクマスク。こういうときに限ってマスクが見当たらない。
 あせりながらマスクをして、「お待たせしましたー」とドアを開けると、
「おひさしぶり。元気?」
 えり子が立っていた。
 その瞬間、私の目の前が暗くなった。

mimura_akira

いや、だから!
「はーい」から「お待たせしましたー」まで要りますか? 要らないですよね?

 玄関のチャイムが鳴った。

「おひさしぶり。何よ、元気そうじゃないの」
 えり子が立っていた。
 瞬間、私の目の前が暗くなった。

mimura_akira

とくに、2,000字とかのタイトな字数制限がある短編だと、これくらいどんどん行かないとまにあわないですよね。
 えり子は私の高校時代からの友人なのだが、こうしてときどき突然現れる。そしてそのたびにろくでもない情報をもたらす。
 今日も、私の心をさんざん引っかき回して帰った。
 えり子が帰って一人になってから、私が思い出したのは、

mimura_akira

いや、だから! チャーハンもマスクも要らないから、えり子さんが「どう」引っかき回して帰ったのかを書いて!って感じですよね!!
今度は話を先に進めようとして、すかすかになっちゃってます。
ここのすかすか部分に、えり子さんの台詞とか、彼女の服装とか手土産とかの話を入れこんで、
充実させる
と、とたんにえり子さんも「私」も生き生きしてくるはずですよね。

これがクラウド(ぎゅぎゅっと詰める)です。

 えり子が帰って一人になってから、私が思い出したのは、
 高校三年のときの担任の、山本先生のことだった。

mimura_akira

って何、山本センセの話がしたかったんかい?!
えり子まるっと要らんやん!!
この、書きたいのはえり子さんの話なのか、山本先生の話なのか、というね。
そこをまずはっきりさせてから書きはじめたほうが、読者には親切ですよね。
自分もすっきり集中して書けますし。

どうしても導入としてえり子さんが必要なら……
えり子さん関連の分量が、山本先生関連の分量と比べて、どのくらい多いか少ないかをチェックするといいかもしれません。


でないと読者は、ずーっとえり子さんの話だと思いこんで読み進み、せっかく本命の山本先生が出てきても、
「はいはい、いいから、えり子さんの話に戻って」
と思っててきとうに読み飛ばしちゃって、最後の最後で

「えっこれ山本先生の話だったんだ?」
と驚いて最初に戻る、なんてことになっちゃいます。

これが焦点です。

「軌道」のほうは、ル=グウィンさんの説明だけだといまひとつ抽象的で、ヒツジも要約する自信ないのですが……

山本先生の思い出が、思い出してほっこりしたりきゅんとしたりする「いい話」なら、
お騒がせえり子さんの来訪は、どたばただけどコミカルというか、えり子さんのおかげで山本先生を思い出せたという楽しいトーンになるはず。

逆に、山本先生のことを思い出すだけでもぞっとする……なんていう「いやな話」やミステリーなんかにしていきたいなら、
えり子さんの冷たい高笑いがその忌まわしい記憶をよみがえらせる、前奏曲になるでしょう。

これが軌道、だと思います。
いちばん読んでほしいのは何か、が焦点。
どんなふうに読んでほしいか、が軌道。(「ほっこり」か「ゾクゾク」かなど)
ということでしょうね。
上のヒツジのダメダメ例だと、読む人は、チャーハンの話を読みながら、
「これっていい話? いやな話? 誰の、何の話?」
と迷うことになります。
だからこのチャーハン話はばっさり切ったほうがいい、というダメな例として書きました。
ヒツジが本当にチャーハンを作ってみたらおいしかったとか、そういうことはどうでもいいんですね!
あ、それ、意外に大切かもしれません。
自分が書いているときに、「本当はいちばん何が書きたいか」をはっきりわかっているって、けっこうできないものです。
野沢菜チャーハンのことをどうしても書いちゃうときは、あんがい書きたいのはえり子さんのことでも山本先生のことでもなくて、
(それは例えばコンテストの課題として思いついた「こじつけ」だったりして、)
じつは本当に書きたいのは野沢菜チャーハンのこと
だったりするんですよね!

お母さんとけんかしていたはずなのに、お母さんが送ってくれた野沢菜が、おいしかったんです。
お母さんが入れてくれた手紙に書いてあったとおりに作ったら、チャーハンがおいしかったんです。

じゃあ、えり子さんも山本先生も要らない。
チャーハンの話を書こうよ!って話です。
自分が本当は何を書きたいか……
それを正直に見つめる作業って、しんどいものです。
でも、自分にとっても大切だし、何より読んでくれる人にとって大切じゃないでしょうか。
難しいですね。

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登場人物紹介

ミミュラ


このコラボノベルの管理人。ときどきアマビエに変身する。

アーシュラ・K・ル=グウィンをこよなく慕い、勝手に師と仰いでいる。

ヒツジのくせに眠るのが下手。へんな時間に起きてしまったり寝てしまったりする。

犬派か猫派かでいったら、犬派。(←ヒツジだけにお犬さま方にはつねづねお世話になってます(^^ゞ)

たい焼きは頭から、チョココロネは太いほうから食べる派。

ミニャノ

管理人に「眠り下手仲間」のよしみで誘われ、このコラボに参加することになった紀州犬。と言っても紀州には何のゆかりもなく、出身は相州鎌倉。現在、台湾台北に生息中。

「鳩サブレー」は頭からでも尾からでもなく、袋の状態のまま、指でぶちぶち潰してから食べる派。

日本語と中国語の間をふらふら往き来する人生ボケ担当大臣(自称)。ときどき別形態になるんだって。

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