第9章「語りかた、いろいろ」その1:会話だけで語る
文字数 3,707文字
「会話だけで情報を伝える」ということは徹底的に訓練しました。
独学です。
あんまり役に立たなかったですけどね。
それより、素敵だとおもう戯曲をくりかえし読んで、まねしていたら、だんだんと身についたです。
(小声で)
「書きかた本」を読みあさっているうちに気がついたんです。
「この作家さんのメソッドを習得しても、
この作家さんが書いているような(しょぼい)戯曲しか書けるようにならない!」小説も同じ……じゃないでしょうか?
いや、小説はもっとひどいか。小説を自分で書けない人の「書きかた本」、けっこうありますものね。
この『ル=グウィンの小説教室』なんて、レアな例外。
その台詞はいまでも覚えていて、いつも反面教師にしています。
人はこんなふうにはしゃべらない、
ということですが、
それでも、
「この登場人物は双子の兄弟の兄のほうで、弟は兄と違って引っ込み思案だ」
という情報を台詞に落としこもうとすると、ここまでひどくなくても、ついやっちゃいがちな失敗なんです。
本当です。
(小声で)プロでもけっこうやらかしちゃってるの見かけますよ。
(もうブックオフに売っちゃったから手もとにありません。)
なので、えーと、いま即興で、ヒツジがこのダマをなんとかしてみようと思います。
「おれはいいよ……」
「おまえマジつまんないやつだなー。可愛い女の子いっぱいいるよ?」
「おれティム兄さんと違ってモテないから」
「ばかか? おまえとおれ同じ顔だろうが、一卵性なんだから」
本当は戯曲は
ジョン「○○○」
ティム「○○○」
というふうに、台詞の前に「役名」を書きます。
でも、それがなくても、どちらがジョンでどちらがティムか、わかっていただけませんでしたか?
人名は、本人以外の人に呼びかけさせる。
上の例だと、ある人が「ジョン」という名前だと示すには、
別の人が彼に「ジョン」と呼びかける必要があるわけです。
これがテレビドラマなら、
「私はレナ・グリスキー。パリ・オペラ座バレエ学校の生徒」
なんてナレーションを流すこともできますけど、
(NHKで放送中の青春胸キュン海外ドラマ『ファインド・ミー ~パリでタイムトラベル~』より!)
まあでも、舞台劇では基本これは「禁じ手」です。
なので、ここでも封じておきましょう。
性格は、何か行動をさせてみることで表す。
「きみは引っ込み思案なんだよね」なんて「説明」するかわりに、
ティムがジョンを遊びに誘い、ジョンがためらう、
というような動きを導入します。
遊びに行くのに積極的なティムと、消極的なジョン、というふうに、対照性を作るとより効果的です。
同じ情報でも、より「自然な」発言になるように工夫する。
ティムとジョンが何歳かわかりませんが、かりに十六歳だったとして、
十六年も双子をやってきた相手に向かって
「きみとぼくは双子だよね」
なんて百パーセント言わないですよね!
なので、
「兄さんはモテるから」
「おまえとおれ同じ顔なのに?」
というやりとりを作って、そこにさりげなく「一卵性だし」という「説明」をしのばせる。
これもぎりぎりです。たぶん「一卵性だし」とも、リアルなら言わないでしょうね。
でも、そこは、確信犯でぎりぎりナチュラルなラインをねらうんです!
これやらないで本当にリアルな範囲に限定してしまうと、情報を入れこむなんて不可能に近くなってしまいます。たぶん。
かの文豪、三島由紀夫先生の『文章読本』からのアレンジです。
(第四章「戯曲の文章」より)
(三島先生のお手本に、おこがましくもヒツジが少し付け足します!)
「……」
「ねえ、お姉さま。何時になりましたかし……」
「うるさいわねえ」
「ひどい」
「何時だっていいじゃない」
「だって、四時の汽車で着くって、お母さまおっしゃったのですもの。お迎えに行かないと」
「どうぞ、あなたお一人で行ってらっしゃいな」
「そんな……暗くなるのに……怖い」
「私になんのかかわり合いがあって?」
「お姉さまもいっしょに、来てくださらない? 駅まで」
「いやよ」
「だってお母さまが」
「私のお母さまじゃないわ」
情報、すべて入りましたかしら? あ、お嬢さましゃべりになっちゃった。笑
【入れるべき情報とその対策】
・二人の登場人物は姉妹→両方が女ことばで、片方がもう一方を「お姉さん」と呼べばいい。
(英語には男言葉・女言葉の区別がなく、「お兄さん」「お姉さん」という呼びかけかたもしなくて名前で呼び合うから、この手は使えません。日本語は有利ですね。)
・この姉妹は仲が悪い→「私たち仲が悪いのよねー」なんて言わせず(笑)、とにかく噛み合わない会話を書く。妹がまだ言いかけているのに姉が「うるさいわねえ」とさえぎる、妹の頼みを姉が断る、など。
・腹違い→「私のお母さまじゃないわ」と姉に言わせる。
・二人の住んでいる家は寂しい場所にある→「夕方出かけると帰りが暗くて怖い」と妹に言わせる。
汽車の着く時刻の設定が思案のしどころ。駅ではまだ明るくても、帰ってくるあいだに暗くなってしまうイメージ。それを午後4時にしたのは、東京の11月の体感なのですが、これが東北や、逆に関西や九州では違ってくるでしょうね。東京育ちなのですみません……。
二人の人物の会話だけで、物語を語らせ、二人の性格も浮き彫りにする。それがこのエクササイズの到達目標です。
純粋に会話だけを書いてください。戯曲のように書けばいいです。
ただしト書きはなしです。登場人物の紹介もなしです。
二人が言っていることだけからわかるようにしてください。
設定案としては、何かの危機的状況にしてみてはどうでしょうか。
・車のガソリンが切れそう
・宇宙船が墜落しそう
・お医者が心臓発作の患者の手当てをしていて「この人、私のお父さんだ!」と気づく、などなど。
(代名詞が「彼女」なので女医さんなんですね。byヒツジ)
他の人たちとワークショップを組んでいるなら、二人の人物のうち(一人を自分で読んで)一人を誰かに読んでもらってください。さらに勇気がある人は、二人とも別の人に読んでもらってください。
意味が通じますか?
情報は不足していませんか? または、多すぎませんか?
登場人物について何がわかりましたか? たとえば性別。
(さっきも書いたように、英語には男言葉・女言葉の違いがないから、大変そうですね。byヒツジ)
台詞の前に「A」「B」と書かずに、二人を区別できますか? できない? どうしたら区別できるようになるでしょうか?
人がリアルにしゃべるような言葉になっていますか?
第5章の「つつましやかに」と同じで、この「A&B」も本当にいつまでも使えるエクササイズです。小説を書くのに行き詰まったら、AさんとBさんをネバダ州のまんなかで自動車の中に閉じこめてみるといいかもね。
(『ル=グウィンの小説教室』第9章より)
『ル=グウィンの小説教室』は、各章の扉にそれぞれの内容をあらわす短い詩のような句(エピグラフ)が書かれていて、第9章のはこんなのです。
A:上檣帆[トゲルンスル]を下ろせ!
B:見えたら下ろします!
(A: Lower the topgallants!
B: I will when I find them!)
これだけで、
・AさんとBさんは帆船の上にいる。
・AさんがBさんの上官。
・いま嵐で、トゲルンスル(いちばん上の帆)が見えないくらいめちゃくちゃ雨風がすごい。
(・帆が見えないのは闇夜で暗いせいかもしれないけど、でも帆は白いはずだし、ふつうに暗いだけだったら二人が「!」つけてどなりあうことはないはず。)
っていうクライシスだってわかりますね。かっこいいー!