第5章「修飾語はひかえめに」
文字数 3,769文字
「形容詞と副詞(=修飾語)の使いすぎに気をつけよう!」の巻。
「味が濃くておいしくて栄養もあるけど、食べすぎると太っちゃう」
なんてユーモラスに書かれてます。
「形容詞と副詞を使わないで書いてみる」
というエクササイズをご自分で思いついたんですって。
中学生のアーシュラさん、副詞なしエクササイズはやりとげたけど、チョコシェイクはがまんできなくて飲んじゃったのね。
やーん、おちゃめさん!
「何が形容詞で、何が副詞?」って話ですが、
だから、英語の文法に寄せて考えないと、この章はわやわやになっちゃいます。
英語では、
「もの」を飾るのが形容詞、「動き」を飾るのが副詞です。
(「名詞」を飾るのが形容詞、「動詞」を飾るのが副詞。)
だから英語では、
「甘い」が形容詞、「甘く」が副詞。
「おいしい」が形容詞、「おいしく」が副詞。
……とカウントします。
じつは日本語ではどちらも、同じ「甘い」「おいしい」という形容詞のバリエーションとしてカウントするのですけど、
ようするに、ふたつまとめて
「何かを『飾る』言葉」(修飾語)
のことだと思ってください。
一つは、「味が濃くて(リッチで)おいしい(グッドな)」、効果的な修飾語。
もう一つは、文章の中についつい入れちゃう、あまり意味のない(というかよけいな)修飾語。
その「ついつい入れちゃうダメダメ修飾語」の悪い例として、
ファッキン fucking
を堂々と書いていらっしゃる!
ル=グウィンさんご自身は「まあ」「というか」(kind of, sort of) などをつい使ってしまうくせがある、と仰ってます。
受験生の読者さまに(もちろんそうじゃない読者さまにも)こっそり教えちゃうヒツジトリビア!
……ぜんぜん知ってたりして?(^^ゞ
"kind of"と"sort of"が「一種」「ある種」と訳されてるのをときどき見かけますけど、
それは、"a kind of", "a sort of"です。
"a"なしの"kind of"と"sort of"は、違う意味になるんです。
話し言葉で、なんとなーく和らげるはたらきをするんです。「一種」の意味はもう薄れちゃって。"a"のあるなしで違うんですよー。おーい。
↑口に手を当ててメガホンにしながら、ちいーちゃい声で言ってる
例:
I'm kind of tired. ちょっと疲れたかな。
I'm sort of hungry. 小腹が減った。
これ、「ある種疲れた」「一種の空腹だ」とかだと変でしょ?
あ、「ある意味疲れた」とかなら言うかな。(^^ゞ
あと、「なんか」っていうのもたぶんよく言ってる。
あと、「あと」っていうのもよく言ってる。わー!
隣の人たちの会話がふと耳に入ってきて、
若い女性二人だったんですけど、そのうち一人の、見た目きりっとして可愛い人が、
冷や汗だくだくで!
速攻逃げ帰りました……。
読み返せますから。読み返して、直せますから。(ヒツジのチョキピース)
できるだけ削ったほうがいいダメダメ修飾語、言ってみれば「ジャンクフード修飾語」の例は、上に書いたとおりル=グウィンさん挙げてくださってるんですけど、
文章を豊かにする修飾語、「ごちそう修飾語」のほうは、例を挙げてくれていないんですね。
(「ジャンクフード修飾語」と「ごちそう修飾語」はミミュラの考えた用語で、原作にはありません。)
ル=グウィンさんは本当に謙虚なかたで、この『小説教室』で、ぜったいご自分の小説を模範として挙げようとしないんです!
でもヒツジ、この章にぴったりのお手本を見つけちゃったので、ぜひぜひご紹介させてください!
ミミュラの別の連載を読んでくださっている読者さまにはおなじみの!
ル=グウィンさんの代表作『闇の左手』、第一章より。
冒頭です。
僕はこの報告書を、ひとつの物語として記そうと思う。
幼いころ故郷の星で僕は教わったものだ、真実とは畢竟[ひっきょう]、想像力の問題であると。
まっとうな事実であっても、そう受けとられるかどうかは語られかたによる。ちょうど、僕らの海から生まれるあの唯一の有機質の宝石が、あるひとの肌の上では輝きを増し、別のひとがまとえば色も光沢[つや]も失ってしまうのに似ている。事実は真珠と同じで、堅くない。丸くもない。どこから見ても同じ姿でたしかにそこに在ったりはしない。
どちらも傷つきやすい。
(太字の部分だけ英語を載せます)
Facts are no more solid, coherent, round, and real than pearls are. But both are sensitive.
こんなに……
豊かで。贅沢な。
形容詞のみごとな使いかたの例として、いちばん先に思い浮かんだのが、これでした。
良い形容詞は、それだけで、シーンを作れる
ということです。
動きや物語まで表せる
ということです。
(これたぶん英語圏でもわりと難しくてかっこいい単語。響きもきれい。)
「首尾一貫している」
→「いろんな人が、いろんな角度から見ても、ちゃんと同じように筋が通っている」
いろんな人がいろんな角度からのぞきこんでいる姿や、一本の糸につらぬかれて光っている真珠の粒たちの色や形が、目に浮かんできませんか?
何が言いたいかというとね。
「形容詞・副詞」とひとくちに言ってもね。
「ファッキン」とこの「コヒーレント」では、雲泥の差でしょう? ってことです。
「ジャンクフード」と「ごちそう」は違うでしょう?
いっしょくたにして「修飾語ブブー」って捨てちゃまずいでしょう? ってことです。
〈練習問題5〉つつましやかに
400~700字で、形容詞と副詞を使わずに、何かを描写する文章を書いてみましょう。会話もなしです。
ようするに、動詞と名詞と代名詞だけを使って、ひとつのシーンやアクションを生き生きと描くのです。
(ほんとは「動詞と名詞と代名詞と冠詞だけ」なんだけど、冠詞って"a"と"the"のことで、日本語にはないので無視しちゃいましょう。byヒツジ)
時をあらわす副詞(「それから」「今度は」「のちに」などなど)は、ないと無理かもしれませんが、できるだけ使わないようにしてください。簡潔に、つつましやかにね。
いまあなたが書いている小説があるなら、そのつづきのページを、この練習問題のやりかたで書いてみてもいいのでは。
すでに書いた小説の一部分を「より簡潔に/つつましやかに」書き直してみてもいいでしょう。面白いかもしれませんよ。
(同書同章)
課題のタイトル、原題では"chastity"です。
意味は、
「(文体や趣味が)上品ですっきりしていること、(人格が)高潔であること」
↑
「(ふるまいや気もちが)ひかえめであること、つつましやかであること」
↑
「純潔、貞淑、(ようするに)バージンであること(!)」
です。(順番の後のほうほど古い意味)
同じ「言葉少な」でも、前章でル=グウィンさんがからかっていた
「寡黙にキメた『俺っていい男』的、自意識過剰マッチョ系」
とはぜんぜん正反対のイメージなんですね。修道女さんのイメージ。
これ、ぜったいわざとやってると思う、ル=グウィンさん。(*^^*)
「ごちそう修飾語」を使うという課題、は出してくれてない、ル=グウィンさん。
ザンネン……
皆さんも、「素敵なごちそう修飾語」が盛られた小説を見つけてみませんか?
お気に入りの小説の中にありますか?