第9章その1の補足:視点を鍛えるエクササイズ(かなりハード)
文字数 3,827文字
「キャラクターの台詞を本気で書く」
というエクササイズが挙げられています。
ル=グウィンさんのご指摘:
「あなたの描くキャラクター、みんな似たり寄ったりになっていませんか?
つまり、全員あなたに似ていませんか?」
厳しい~!
「自分とは違う人になってみよう」。
「自分とはぜんぜん違う、相容れない、
『なんだこいつ』とあなたが思う人の気持ちになって書いてみよう」。
その「赤の他人キャラ」(←ヒツジが勝手に命名)の心の中に入ってみる。
「優れた俳優さんがそうするように」、
そのキャラの中に「自分を沈めてみる」(ル=グウィンさんの言葉)。
向こう(=キャラクター)が抵抗してくるかもしれません。(中略。でも、それをやらないと)聞こえてくるのは作者の声だけになってしまいます。(中略)
キャラクターが、作者自身の考えを言わせるための口パクになってしまいます。
キャラクター全員が同じ声で語り、作者のメガホンでしかない状態。
こういうときは、
他の人の声を真剣に聞き、使い、
自分も使われる、
という練習をすることです。
自分がしゃべる代わりに、他の人たちに、自分を通して語ってもらうのです。
スーパーマーケットなどで聞いた会話を正確に再現する練習が役に立つかもしれませんね。
でもフィクションでの会話の書きかたなら、私にもアドバイスできます。
聴くのです。
静かにして、聴くのです。
キャラクターの声を。
その声が語ることを、あなた自身が言わせたい方向にねじ曲げてはなりません。
ただ聴き取って、書くのです。
怖がらずにやってみてください。最終的な決定権は書き手のあなたにあるのですから。キャラクターたちはあなたが頼り。あなたが彼らを創ったのですから。
よるべないキャラクターたちに声を与えてあげましょう――
いざとなったら、削除(デリート)ボタンを押せばいいのですから。
(『ル=グウィンの小説教室』第9章より)
これ、怖いエクササイズなんだ、というね。
怖いですよね。
怖くないですか?
ヒツジがこのエクササイズを後回しにしたのは、
「ヤバいヤバい(汗)」
と思ったからです。
「外に出て、他人の会話を(盗み聞きして)書き取ってみる」という練習。
これヒツジも、複数の「小説の書きかた本」で勧めているの見たんですけど……
ル=グウィンさんに言わせれば、
それはノンフィクション用のエクササイズで、
フィクション用のエクササイズではない、
ということですね!
そうじゃないかなと思ってたんですよ。
意外に役立たないというか、「だからどうなの」という練習なんですよね、盗み聞き。
まあ、リアル話し言葉の語尾とか語彙とかは勉強になるけど、わりとそこ止まり。
台詞やキャラクターを書くという仕事は、そこから先、なんですよね。
※ストレンジャー=未知なる人、よそ者
400~1,200字で、少なくとも二人の人物が出てくる話を書いてください。
そのうちの一人を視点人物にして、一人称か、三人称一元で書いてください。
この視点人物は、
あなたが嫌いな人、
良いと思えない人、
自分とぜんぜん違うと感じる人にすること。
状況としては、近所の人どうしのけんかでもいいし、親戚が遊びに来る、チェックアウトのカウンターで誰かがへんなまねをしている、などでもいいです。
その人物が自分のしていることをどう思っているかわかるシチュエーションなら何でも。
〈書きはじめる前のワンポイントアドバイス〉
ここでストレンジャーというのは、「心理的に遠い人」という意味です。
リアルな意味でのストレンジャー、つまり文化や社会や国があなたと異なる人、というのは、いろいろ下準備が必要で大変だと思います。その人物の内面から書くだけの予備知識があなたにないかもしれません。
身近な人にしておくほうが無難です。
ストレンジャー、つまり、自分と違う人、自分と相容れない人は、どこにだっているのですから。
(あなたが女性なら男性、男性なら女性の視点から書いたことがありますか?)
なければ、ぜひやってみてください。
これだけでも大変だし怖く感じるかもしれません。でも、ぜひやってみて。
若い書き手の皆さん。年寄りの視点から書いたことがありますか?(年寄りというのは三十歳以上ということ。)
なければ、ぜひやってみてください。
多くの書き手のかたは(年輩のかたでも)、家族関係を書くとき、子どもの立場から書きがちです。
親の立場から書いてみましょう。
あるタイプのキャラクターをいつも視点人物にしがちなら、反対のタイプのキャラクターの視点から書いてみましょう。
自分と似た人を視点人物にしがちなら、自分とは正反対のキャラクターの視点から書いてみましょう。
【気をつけて!】
実体験を書くなら──
眠っている悪魔を起こさないようにしておきましょう。
これはセラピーではないのです。たんなる創作のエクササイズです。
でも、ものを書く人間にとっては、勇気のいるエクササイズです。
(『ル=グウィンの小説教室』第9章より)
本当ヤバい。
ヒツジはときどき失敗して、鬱になりかけます。
「眠っている悪魔を起こしちゃう」のです。
まあ、睡眠中の悪魔の一人や二人いないなら、そもそも小説を書こうなんて思わないですよね。
でも……
それが地獄のふたを開けてだだ漏れしたとき、あくまでヒツジの場合ですけど、かならず失敗します。
自分も鬱になるし、小説の出来もよくないんです(当社比)。
「どんな人の目にふれているかわからない」
という緊張感のおかげで、毒のだだ漏れ少しは減ったかな、とは思います(あくまで当社比)。
皮肉をこめて「この視点人物がどんなにひどい人か」という描きかたをすることもできます。
でもそれではエクササイズの意味はなくなってしまいます。自分の考えは変わらないままですから。
大事なのは、本気でその人の気持ちになってみる、ということです。
きついな~。
ついチラ見えちゃうんですよね。「こいつイヤなやつ」って作者ヒツジが思ってるのバレバレ。あるある。
〈セルフチェックまたはワークショップの仲間同士でのチェックポイント〉
・読者として、その視点人物の中に入れましたか?
・その人が世界をどう見ているか体験できましたか?
・それとも書き手は外にいて判断を下している感じがしましたか?
・バカにしたり恨んだりしている感じが文章の中にあったとしたら、そのバカにして恨んでいるのは誰ですか?
・ストーリーに説得力がありましたか?
・嘘くさく感じたり、本当らしく感じたとしたら、それはどこですか?
・どうしてそう感じたか説明できますか?
メ~~~!(悲鳴)
やりたくないでしゅ!
やりたくないでしゅけど……
どMヒツジでもありましゅ! キラーン
それを地の文から(最後の一行から)
読みとっていただけたら嬉しいです。
『沈める町』という作品中の、ゲンという男性でした。
彼の声を聴きとるのは大変だったし、書きおこすのはもっときつかったです。
きつかったけど……
ゲンさんには本当に感謝しています。
私のところへ来てくれて、語ってくれて。
彼を描いていなかったら、それ以降のキャラクターたちは
(つまりいま私がノベデイに出しているすべてのキャラクターたちは)
一人もいなかった、と思います。