第9章「語りかた、いろいろ」その2:風景だけで語る
文字数 3,900文字
「説明を砕いて入れこむ」手法の二つめ、「風景に入れこむ」です。
情景だけを書いてください。
(中略)
最近「風景描写」を避ける風潮があります。まるで「アクション」のスピードを落としてしまう不必要な装飾、といった扱いです。
そんなことはありません。
風景も、人びとや生活様式についての膨大な情報も、アクションになり得ます。その好例としては(後略)
列挙されている小説をミミュラはどれも読んでなく、あまり興味もわかず、
引用されている文章も、ル=グウィンさんが絶賛するほど名文だとは思えなかったんです。
なので、省略しちゃいます。←ひどい
↑熱烈なル=グウィン教信者
「風景が語る」例としては、
もう『闇の左手』。一にも二にも『闇の左手』。
圧倒的な雪国の描写。ブリザードもクレヴァスも。それが、主人公たちの心のドラマと直結しています。
あまりに好きすぎてヒツジ、自分で訳しはじめちゃってます。
もちろんやっぱり『闇の左手』ですけど、他にも、
「アースシー年代記」(邦題:「ゲド戦記」シリーズ)『オールウェイズ・カミングホーム』(超未来の原始化したカリフォルニアが舞台)
『なつかしく謎めいて』(現代「ガリヴァー旅行記」。いろんな「次元」に旅をする短編集)
「西の果ての年代記」三部作『ギフト』『ヴォイス』『パワー』(ゲドとはまた別の世界の、少年少女を主人公とした大河小説)
『ラウィーニア』(古代ローマが舞台。題名はヒロインの名前で、彼女はローマ建国の英雄アエネーアスの妻)
思い出しただけでもこれだけあります……
どれも優れた邦訳が出ています。とくに「なつ謎」「西の果て」「ラウィーニア」は私の大好きな翻訳家さんの翻訳で激推しです。まるでル=グウィンさんご自身が日本語で語っているよう!
そういえば、どれも「風景描写」にもみごとに語らせている小説だと気がつきました。
というかたもおられると思うので……
これだけル=グウィンさん絶賛した後だと本当にやりにくいのですが(冷や汗)
私が書いたへなちょこ短編をサンプルに……うわあ(冷や汗)
わたし風景描写苦手なんです(冷や汗)
でも、「風景だけで表す」という、例の「カメラアイ」(第7章の)に挑戦してみた作品なので、よかったら参考になさってください。
第四話「チューリップ」
築四十年の一戸建てが並んでいる。四十年前の〈新興住宅地〉。
うららかな陽に照らされた小さな公園に、誰もいない。
小鳥だけがさえずる。あれはシジュウカラ。
ツピツピ、ツピツピ。
その一角に、誰もいない。
はちみつのように金色に輝いて、流れない時間。
何かのまちがいで無人の風景画にまぎれこんでしまったように、一組の親子が歩いてくる。若い母親と、幼い娘。
女の子はごきげんだ。声をはりあげて歌っている。
「なぁらんだ、なぁらんだ、ちゅ……らっぷ、の、はぁなぁが」
チューリップ、の部分、まだ自信がないらしい。
母親は笑って、女の子にマスクをさせようとする。
女の子はいやがって、ととと、と逃げる。
母親の笑顔はほとんど、グレーのマスクの下に隠れている。
シジュウカラのさえずり。きらめくように。
「きれい」
「うん、きれいね」
フェンス越しの庭に、みごとに咲いたチューリップ。赤、白、黄色、ピンク。女の子は手をのばして、花にさわろうとする。だめよ、と若い母親がとめる。
よく手入れされた庭だ。芝生に、雑草もない。
家の中で、電話が鳴っている。
誰も出ない。
既成の、留守番電話の応対が流れる。
「ご用の方はメッセージをお話しください」
電話は切れる。
築四十年の床と壁はリフォームされて、きれいに拭かれている。もう誰も弾かないアップライトピアノ。まだしまわれていないストーブ。
編みかけの編み物。柔らかい、うぐいす色の。
電話が鳴る。留守番電話が作動する。ご用の方は……
ピーという電子音を待ちかねたように、もう若くはない女の声が話し始める。
「もしもし、お母さん? そこにいるんでしょ? 出てよ」
誰も出ない。
午後の陽が、古いけれど清潔なレースのカーテンを透かして射しこむ。
電話が鳴る。留守録が作動する。ご用の方は……
「もしもし、お母さん? お母さん?」
「わたしが悪かったわよ。言い過ぎた」
「怒ってないで出てよ」
古い洋服ダンスの引き出しが、少し、開いている。
寝巻や下着を手づかみで引っぱり出したあとがある。
テーブルの上に散らばる、プラスチックの診察券。どれも期限が切れている。
電話が鳴る。留守録が作動する。ご用の方は……
「もしもし。ずっと電話しないでごめんなさい」
「お願い、電話に出て。お母さん」
「お母さん」
庭にはチューリップ。
赤、白、黄色。
ピンク。
(了)
コロナパニックが始まって間もない、去年の5月に書いたものです。
実体験ではないですが(笑)、でも、しばらく電話しないあいだに実家の母がコロナで入院していたら?と思いついてしまって、ぞっとして書いた作品です。
もちろん書く前にいそいで母に電話しました。ふつうに元気でした(笑)。
でもほんと笑いごとじゃないですよね……。
カメラアイか神視点かのどちらかを選んでください。視点人物は立てないこと。
〈9-2-1〉人物
ある登場人物の人となりを、その人が住んでいる場所か、よく行く場所を描写することで表してください。
(その人はいまその場所にいません。)
〈9-2-2〉出来事
何かの出来事を、その出来事が起こった場所、またはいまから起こりそうな場所を描写することで、におわせたり、予感させたりしてください。
(その事件はいま起きている最中ではありません。すでに起こってしまったか、いまから起こるかです。)
こういう「暗示」の手法は、じつは言葉という表現手段がもっとも得意とするところなんです。
他のどんな表現手段よりも。
映像よりさえも。
どんな小道具でも使ってみてください。
家具、服、所持品、天気や気候、
歴史上の特定の時代、
植物、岩石、
匂い、音、
どんなものでも。
「心情を風景に投影する」方法をぞんぶんに使い尽くしましょう。
(※キャラクターの絶望を暴風雨で表現する、などなど。←ヒツジ補足)
(『ル=グウィンの小説教室』第9章より)
ときにはぜひ視覚以外の感覚も使ってみましょう。←ル=グウィンさんによる強調
とくに聴覚は喚起力ばつぐんです。
嗅覚をあらわすボキャブラリーは数がかぎられてしまいますが、何かの芳香や悪臭は、そのシーンの感情のベースを作ってくれます。
味覚と触覚は、カメラアイのときは使えませんね。(って嗅覚は使えるんかい??←ヒツジによる突っこみ)
でも登場人物の誰かの体験という形にすれば、五感のすべてに活躍してもらえます。
(同書同章より)
あ、〈9-2-1〉にもなっているかも。
皆さまがいま執筆中の小説にそのままとり入れてしまえますね。
新しいキャラクターの登場シーンで、まず彼/彼女の部屋を描写してみるとかね。
楽しそう!
楽しく……はないのですが、深く考えさせられるアートがあります。
小島美羽というアーティストさんの、ミニチュア作品です。
小島さんは本業が遺品整理人で……
現場で出会った「孤独死」の方々の部屋を、ミニチュアで再現なさっているのです。(独学だそうです。)
とある美術展に参加されていて、私はテレビでその紹介映像を見ただけなのですが。
(「語りの複数性」展 2021年10月9日~12月26日 東京都渋谷公園通りギャラリー 入場無料)
例えば、ごちゃごちゃの和室の壁に大切にかけられた、古びた紋付き袴の肖像写真。
例えば、きちんと整った古い洋館らしきダイニングルームの、数脚ある椅子の一つにだけ、濃い染み。
想像力をかきたててやみません。
1つめの部屋に住んでいたかたにとって、その紋付き袴の肖像写真は誰だったのでしょうか。
亡くなったご主人? 跡を継ぐことがかなわなかったお父さま?
それとも、親族よりはるかに大切な、何かの道のお師匠さま?
2つめの部屋で亡くなったかた。椅子の濃い染みは、そのかたの血でしょうか。
その日もきちんと、他に誰も座らない椅子たちの、たった一つに腰かけてお食事され、
その後……
本も出ています。
『時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』
小島美羽 (著)、原書房、2019年
私は辛すぎて本も読めそうにないし、展覧会にも行けませんでした。
作品だけ、解説なしに、見てみたいです……