第9章「語りかた、いろいろ」その2:風景だけで語る

文字数 3,900文字

『ル=グウィンの小説教室』の原書では、この「その2」に当たる部分が第9章の3番めに来ているのですが、いろいろ考えて、ヒツジはこちらを前に持ってくることにしました。
「説明を砕いて入れこむ」手法の二つめ、「風景に入れこむ」です。
課題2(※原書では課題3)は課題1と似ていますが、方向性が逆です。
情景だけを書いてください。
(中略)
最近「風景描写」を避ける風潮があります。まるで「アクション」のスピードを落としてしまう不必要な装飾、といった扱いです。
そんなことはありません。
風景も、人びとや生活様式についての膨大な情報も、アクションになり得ます。その好例としては(後略)

mimura_akira

上の「中略」と「後略」の部分には、それぞれ英語の小説からの引用と、また別の英語の小説のタイトルが挙げられているのですが、

列挙されている小説をミミュラはどれも読んでなく、あまり興味もわかず、

引用されている文章も、ル=グウィンさんが絶賛するほど名文だとは思えなかったんです。

なので、省略しちゃいます。←ひどい

ル=グウィンさん自身の作品のほうが、よほどサンプルとしてふさわしいと思うんですよね!
↑熱烈なル=グウィン教信者

「風景が語る」例としては、
もう『闇の左手』。一にも二にも『闇の左手』。
圧倒的な雪国の描写。ブリザードもクレヴァスも。それが、主人公たちの心のドラマと直結しています。
あまりに好きすぎてヒツジ、自分で訳しはじめちゃってます。
「人物や生活様式についての情報が語る」例としては、

もちろんやっぱり『闇の左手』ですけど、他にも、

「アースシー年代記」(邦題:「ゲド戦記」シリーズ)
『オールウェイズ・カミングホーム』(超未来の原始化したカリフォルニアが舞台)
『なつかしく謎めいて』(現代「ガリヴァー旅行記」。いろんな「次元」に旅をする短編集)
「西の果ての年代記」三部作『ギフト』『ヴォイス』『パワー』(ゲドとはまた別の世界の、少年少女を主人公とした大河小説)
『ラウィーニア』(古代ローマが舞台。題名はヒロインの名前で、彼女はローマ建国の英雄アエネーアスの妻)

思い出しただけでもこれだけあります……
どれも優れた邦訳が出ています。とくに「なつ謎」「西の果て」「ラウィーニア」は私の大好きな翻訳家さんの翻訳で激推しです。まるでル=グウィンさんご自身が日本語で語っているよう!
そういえば、どれも「風景描写」にもみごとに語らせている小説だと気がつきました。
もう完全にル=グウィン愛を語るページになってしまっていて、すみません。
そんなの読んでられない、てっとりばやく要点を知りたい!
というかたもおられると思うので……

これだけル=グウィンさん絶賛した後だと本当にやりにくいのですが(冷や汗)

私が書いたへなちょこ短編をサンプルに……うわあ(冷や汗)
わたし風景描写苦手なんです(冷や汗)
でも、「風景だけで表す」という、例の「カメラアイ」(第7章の)に挑戦してみた作品なので、よかったら参考になさってください。
連作〈勝手にDay to Day〉より
第四話「チューリップ」

 築四十年の一戸建てが並んでいる。四十年前の〈新興住宅地〉。
 うららかな陽に照らされた小さな公園に、誰もいない。
 小鳥だけがさえずる。あれはシジュウカラ。
 ツピツピ、ツピツピ。

 その一角に、誰もいない。

 はちみつのように金色に輝いて、流れない時間。

 何かのまちがいで無人の風景画にまぎれこんでしまったように、一組の親子が歩いてくる。若い母親と、幼い娘。
 女の子はごきげんだ。声をはりあげて歌っている。
「なぁらんだ、なぁらんだ、ちゅ……らっぷ、の、はぁなぁが」
 チューリップ、の部分、まだ自信がないらしい。

 母親は笑って、女の子にマスクをさせようとする。
 女の子はいやがって、ととと、と逃げる。
 母親の笑顔はほとんど、グレーのマスクの下に隠れている。
 シジュウカラのさえずり。きらめくように。

「きれい」
「うん、きれいね」
 フェンス越しの庭に、みごとに咲いたチューリップ。赤、白、黄色、ピンク。女の子は手をのばして、花にさわろうとする。だめよ、と若い母親がとめる。
 よく手入れされた庭だ。芝生に、雑草もない。

 家の中で、電話が鳴っている。

 誰も出ない。
 既成の、留守番電話の応対が流れる。
「ご用の方はメッセージをお話しください」

 電話は切れる。

 築四十年の床と壁はリフォームされて、きれいに拭かれている。もう誰も弾かないアップライトピアノ。まだしまわれていないストーブ。
 編みかけの編み物。柔らかい、うぐいす色の。

 電話が鳴る。留守番電話が作動する。ご用の方は……
 ピーという電子音を待ちかねたように、もう若くはない女の声が話し始める。
「もしもし、お母さん? そこにいるんでしょ? 出てよ」

 誰も出ない。

 午後の陽が、古いけれど清潔なレースのカーテンを透かして射しこむ。
 電話が鳴る。留守録が作動する。ご用の方は……
「もしもし、お母さん? お母さん?」

「わたしが悪かったわよ。言い過ぎた」

「怒ってないで出てよ」

 古い洋服ダンスの引き出しが、少し、開いている。
 寝巻や下着を手づかみで引っぱり出したあとがある。
 テーブルの上に散らばる、プラスチックの診察券。どれも期限が切れている。

 電話が鳴る。留守録が作動する。ご用の方は……
「もしもし。ずっと電話しないでごめんなさい」

「お願い、電話に出て。お母さん」

「お母さん」

 庭にはチューリップ。
 赤、白、黄色。
 ピンク。

(了)

mimura_akira

これで全部です。979字。
コロナパニックが始まって間もない、去年の5月に書いたものです。
実体験ではないですが(笑)、でも、しばらく電話しないあいだに実家の母がコロナで入院していたら?と思いついてしまって、ぞっとして書いた作品です。
もちろん書く前にいそいで母に電話しました。ふつうに元気でした(笑)。
でもほんと笑いごとじゃないですよね……。
ではでは、この項のエクササイズです。
〈練習問題9-2〉行間に語らせる(制限字数:400~1200字) ※原著では練習問題9-3です

カメラアイか神視点かのどちらかを選んでください。視点人物は立てないこと。

〈9-2-1〉人物
ある登場人物の人となりを、その人が住んでいる場所か、よく行く場所を描写することで表してください。

(その人はいまその場所にいません。)


〈9-2-2〉出来事

何かの出来事を、その出来事が起こった場所、またはいまから起こりそうな場所を描写することで、におわせたり、予感させたりしてください。
(その事件はいま起きている最中ではありません。すでに起こってしまったか、いまから起こるかです。)


(中略)
こういう「暗示」の手法は、じつは言葉という表現手段がもっとも得意とするところなんです。
他のどんな表現手段よりも。
映像よりさえも。

どんな小道具でも使ってみてください。
家具、服、所持品、天気や気候、
歴史上の特定の時代、
植物、岩石、
匂い、音、
どんなものでも。

「心情を風景に投影する」方法をぞんぶんに使い尽くしましょう。
(※キャラクターの絶望を暴風雨で表現する、などなど。←ヒツジ補足)

(『ル=グウィンの小説教室』第9章より)

mimura_akira

〈ル=グウィンさんのワンポイント・アドバイス〉

ときにはぜひ視覚以外の感覚も使ってみましょう。←ル=グウィンさんによる強調
とくに聴覚は喚起力ばつぐんです。
嗅覚をあらわすボキャブラリーは数がかぎられてしまいますが、何かの芳香や悪臭は、そのシーンの感情のベースを作ってくれます。
味覚と触覚は、カメラアイのときは使えませんね。(って嗅覚は使えるんかい??←ヒツジによる突っこみ)
でも登場人物の誰かの体験という形にすれば、五感のすべてに活躍してもらえます。

(同書同章より)

mimura_akira

はずかしながら、さっきのヒツジの「チューリップ」が、この〈9-2-2〉ですね。
あ、〈9-2-1〉にもなっているかも。
この課題、練習としてやってみなくても、
皆さまがいま執筆中の小説にそのままとり入れてしまえますね。
新しいキャラクターの登場シーンで、まず彼/彼女の部屋を描写してみるとかね。
楽しそう!
(付け足し)
楽しく……はないのですが、深く考えさせられるアートがあります。
小島美羽というアーティストさんの、ミニチュア作品です。
小島さんは本業が遺品整理人で……
現場で出会った「孤独死」の方々の部屋を、ミニチュアで再現なさっているのです。(独学だそうです。)

とある美術展に参加されていて、私はテレビでその紹介映像を見ただけなのですが。
(「語りの複数性」展 2021年10月9日~12月26日 東京都渋谷公園通りギャラリー 入場無料)

例えば、ごちゃごちゃの和室の壁に大切にかけられた、古びた紋付き袴の肖像写真。
例えば、きちんと整った古い洋館らしきダイニングルームの、数脚ある椅子の一つにだけ、濃い染み。

想像力をかきたててやみません。
1つめの部屋に住んでいたかたにとって、その紋付き袴の肖像写真は誰だったのでしょうか。
亡くなったご主人? 跡を継ぐことがかなわなかったお父さま?

それとも、親族よりはるかに大切な、何かの道のお師匠さま?

2つめの部屋で亡くなったかた。椅子の濃い染みは、そのかたの血でしょうか。
その日もきちんと、他に誰も座らない椅子たちの、たった一つに腰かけてお食事され、
その後……

本も出ています。
『時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』
小島美羽 (著)、原書房、2019年

私は辛すぎて本も読めそうにないし、展覧会にも行けませんでした。
作品だけ、解説なしに、見てみたいです……

mimura_akira

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登場人物紹介

ミミュラ


このコラボノベルの管理人。ときどきアマビエに変身する。

アーシュラ・K・ル=グウィンをこよなく慕い、勝手に師と仰いでいる。

ヒツジのくせに眠るのが下手。へんな時間に起きてしまったり寝てしまったりする。

犬派か猫派かでいったら、犬派。(←ヒツジだけにお犬さま方にはつねづねお世話になってます(^^ゞ)

たい焼きは頭から、チョココロネは太いほうから食べる派。

ミニャノ

管理人に「眠り下手仲間」のよしみで誘われ、このコラボに参加することになった紀州犬。と言っても紀州には何のゆかりもなく、出身は相州鎌倉。現在、台湾台北に生息中。

「鳩サブレー」は頭からでも尾からでもなく、袋の状態のまま、指でぶちぶち潰してから食べる派。

日本語と中国語の間をふらふら往き来する人生ボケ担当大臣(自称)。ときどき別形態になるんだって。

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