第2話 定着の天使

文字数 1,919文字

翌日、スバルはお気に入りのレコードを蓄音機にセットし、曲を再生させた。


メロディーを覚え、その通りに歌う。


ソロネに言われた事を思い出し、曲を注意深く耳に叩き込んだ。

ドドレレミミレ

ミミソソララソ

ララソソミドレ

ソソミドレミド

ワンフレーズ歌った後で蓄音機からレコードを取り出すと、その場で叩き割った。


箒と塵取りを持ち出し、丁寧に掃除をしてレコードの欠片を棄てる。

ぼくはこのままではいけない。

もっと強い男にならねば。

せめて、シルバーアクセが似合う男に。

父はいなかった。

激務の末に蒸発し、スバルは築120年の洋館に取り残され、そのまま一人で住んでいる。


幸いにも掃いて棄てる程に財産が残されていたが、それらを湯水のように使い潰す程理性が欠落した男ではなかった。


支度をし、家を出る。

道の途中で、ネリアに会った。

おはよう。

スバルさま。

今日はプレゼントをお持ちしました。

おはよう、ネリア。

プレゼント?

何かな?

悪魔を呼び出す魔導書です。

グリモワールなどというチャチなものではありません。

もっと恐怖の真髄を味わえる、素晴らしい本です。

悪魔だって!?

そんなものをどこで手に入れたんだ。

ヤフオクです。

私は見抜きました。

これで必ずスバルさまは亜魂昇華が出来ると。

ヤフオク……。 

きみ、そんな俗っぽいものを……。

初めての落札でした。
初めての!?

それは……受け取るしかないね。

ありがとう、ネリア。

ネリアの渡すものにいつだって間違いはないから……。

お慕い申し上げております、スバルさま。

それではご機嫌よう。

ネリアは品よく会釈すると、スバルの前から静かに立ち去っていった。


彼女の通う女学校はスバルの学校とは反対方向にある。


わざわざスバルの為にヤフオクでプレゼント品を落札し、少し早起きして届けてくれたのだ。


そう考えると、スバルの心は少し暖かくなった。

今日は学校は休んじゃおう。

早速悪魔を呼び出してみよう。

スバルは回れ右をすると、築120年の洋館に戻っていった。



彼は手洗いうがいの後で、居間のソファーに座り、本を端から端まで熟読を始めた。


この手の本は、きちんと最後まで読んでから悪魔召喚を行わないと酷い目に遭うことは、あらゆる書籍などから情報として得ていた。


魔法書は20ページしか存在せず、袋とじまで見ると計30ページと極端に薄い本であったが、10回読み直す。

ふむ。

召喚は、袋とじの最後にある魔法陣を青と赤のチョークで描いて行うのか。

ぼくの直腸から血を絞り出して中心に置く、だと?

どうやって血を絞ろうか。

スバルは暫く考え出し後で、部屋に戻って魔法の杖を持ち出した。


杖を振るうと、赤と青のチョークと、医療セットが現れた。


穿刺をして血を採取しようという作戦であった。

よし、魔法陣をそっくりそのまま描いて、と。

しかし直腸からの採血か。

最近していないから、腕に自信がないな。

彼には看護の心得があった。

病院にアルバイトとして勤務していた頃もあったが、同僚に酷く虐められてから辞めてしまったのだ。


大腸炎の患者のケアを思い出しながら、注射セットを肛門に刺していく。

まさか、自分で自分の肛門を刺すとは……。

いでっ!

刺したか?

抜けるか?

1リットル程血液を採取すると、パックに詰めたそれを魔法陣の上に置いた。


ヒリヒリする下腹部を押さえながら、スバルは魔法陣に向かって祈りを捧げる。

エディット・ファイア。

エディット・ウォーター。


遥かなる地より、いざ参らん。

サンタマリアの化身よ。

魔法陣は黄金色に輝きを発し、やがてまばゆいばかりの光は細く小さくなっていった。


スバルはあまりの眩しさに目を閉じ、やがてそろそろと目を開く。


目の前には、見慣れた顔の天使が居た。

あれ?

ソロネちゃんじゃない。

どうしたの?

こんにちは。

スバルちゃん。

スバルちゃんが後で後悔しないように、もっと強固な守護につくことにしたよ。

ネリアちゃんに頼んで、こんな面倒な手順を踏ませて私を呼ばせたの。

ごめんね。

後で後悔って?

重複表現じゃないの?

いや、ソロネちゃんなら全然いいけど。

ううん。

数百年後の世界で酷い事が起きて、スバルちゃんはそれから数億年後に物凄い後悔することになるの。

だから後で後悔という言葉をわざと使ったよ。

特殊パターンだね。

特殊パターンなのか。

ちょっとキツいこと言ったかな。

ごめんね。

大丈夫だよ。

それより、直腸の血をいっぱい抜いたね。

これでスバルちゃんは永遠にカマを掘られることはなくなったよ。

未来予定分の肛門からの出血をここで済ませたよ。

カマって。

ぼくはホモじゃないよ。

勿論。

でも、スバルちゃんはいつも損ばかりしているから。

これから少しずつ、私が護るね。

よろしくね。

よく分からないけど、よろしくね。
二人はそっと、手を握りあった。
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登場人物紹介

スバル

魔法使い志望。

ジュニアアイドルをしていた。

ノボル

スバルの級友

突然全てが虚しくなり、出家を決意する。

カンタ

スバルにいちゃもんをつける級友

マリナ

スバルの母

ネリア

可愛い彼女

魔王スケアクロー

スバルの上司にして魔王

ミウラ

打倒の標的にされている勇者

座天使ソロネ

スバルの守護天使

ドミニオン

会社の事務の人

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