第38話 討伐の天使

文字数 2,125文字

スバルはソロネから簡易的な仏教典を受け取ると、さっと目を通した。



転輪王とは転生世界の仕組みを作る力そのもののことであり、長く敷かれた世界律の溝に捕われし者は永遠に藻掻き続ける。

そのようなことが記載されていた。

転輪王とは即ちインドラを現すもの。

その力に囚われるだって?

どうやって抜け出せばいいんだ。

自分の使命を見つけることだね。

そして長所を伸ばして、そのまま型にハマって生きるだけ。

たったそれだけだよ。

身の丈を知り、普通に暮らす。

それで充分なんだ。

なんだ?

たったそれだけのこと?

何故今迄ぼくは苦しんでいたんだろう。

使命を見つける為だね。

スバルちゃんは成長する必要があった。

輝かしい未来をこの手で掴み、その美貌を以て多くの民衆を魅了させて、スバルラヴのメロメロクラスターを幾つも作り上げるという使命が。

なんということだ。

ぼくはいつもそればかり考えて……。

性に合っていた。

合いすぎる。

私もです。

世界に牙を剥く、光の存在になりたかった。

まさかその夢が叶うなんて。

世界に?

牙?

なんという願望を持っているんですか。

確かにね。

しかし、それが個々としての素質と使命というものなんだよ。

これからドミニオンは光牙の皇帝だ。

それでハッピーエンドだよ。

三人は納得し、オレンジロードと書かれた缶ジュースを飲み干すと、缶をゴミ箱に放り込んだ。


ミウラを誘導させる罠を即席で作り、道の端端に仕込む。


作戦では、そのまま待機という事であった。

本当にミウラは誘い出されるのか?

おや?

少しの間の後で、会社のアルミサッシの引き戸が開かれた。


扉を開けたのは、なんと勇者ミウラであった。


三人は息を飲んで彼の姿を凝視する。

ここは?

美容整形サービスの会場ではないのか?

ドミニオンさんの作戦がピタリとハマった!

まんまとミウラが誘き出されたぞ!

はっ!

お前は……勇者!

何故ここが分かった!

何?

魔王なの?

僕を倒せるつもりかい?

あっと思う間に、二人は剣を交わし始める。


その様子を事務室からこっそりと覗きながら、ドミニオンは息を吐いた。

なんて甘い太刀筋だろう。

全く見ちゃいられないったら。

へっぴり腰にも程があるね。
全く、指導を行おうにもどこから手を付けて良いものやら。
彼らは顔を合わした瞬間に戦い始めましたね。

まさに運命の赤い糸です。

そういうものなのか。

一目惚れ的な。

彼らは、前世は恋人同士だったよ。

一目見て恋に落ちて、泥沼の関係性を築いていった。

スケアクローは人妻。

ミウラは独身男性だけど、地味にチャラ男で。

不倫?

よく聞く話だね。

コブクロの赤い糸にあるでしょう。

前の彼氏の誕生日を話す彼女。

空気読めない典型ですよね。

そんな彼らが愛し合えると思いますか?

絶対に無理ですよ。

セフレ関係にありながら、人妻となったスケアクローは旦那の誕生日だの子どものイベントだのを話すような人だったのかもね。

独身男性には腹立たしい内容かも。

ミウラには少し同情するけど、スケアクローはどうしてミウラに執着するの?
単純に顔が良いからでしょう。

捨てるに惜しいという理由で。

美貌とは……罪深いものだな。

そんなに重要か?

重要だよ。
なんですって?

ソロネも面食いですか?

執着はしないけど、ヴァーチャーと同じく見目麗しい人は裏切れないです。
なんということだ。

まさかソロネちゃん、ぼくの美貌を……。

スバルちゃんは人柄が良いからね。

そこも加点要素だったよ。

イケメンの条件にも色々あるんだ。

私はミウラにはときめかないけどね。

ヴァーチャーも面食い?

そんな……。

私のこのヲタクみたいな姿形も悪くない、可愛いとか言ってましたが、どうして……。

霊魂の波動とオーラ、そして性格が見た目とハマっているからでしょう。

チグハグは減点要素なの。

この絶妙な基準は中々理解されませんね。

難しい、美の世界。

なるほど。

可愛い四天王、レジェンドの基準が分からない訳だ。

総合点な訳?

バランス点です。

絶妙な均等率。

それが良いのです。

そんな!

本当に、いい子になるしかないじゃないか!

ぼくの美貌を磨くには。

世界平均の認識を意識しつつ、心を磨くしか!

なるほど。

ヴァーチャーの普通に生きるだけの意味が分かりました。

本当に普通に生きるしかないんですね。

それが大事だったんだ。

やがて魔王スケアクローと勇者ミウラはぐったりとして座り込み、肩で息をするまでに弱り果てた。


彼らの戦いに決着が付きそうにはなかった。


ふとスバルは彼らのチャンバラごっこに嫌気が差し、右手の人差し指を頭に乗せた。

あいつらは頭が弱そうだ。

ぼくが倒してやろうか。

魔王スケアクローだけにしようね。

ミウラは生かしておこう。

そして美容液のサンプルでも渡して、そのまま帰らそう。

美容液のサンプルですか。

魔法で作りますね。

ふっ!


この最後の一撃に全てをこめる!


はああっ!


星!王!烈!龍!剣!!!

突然ミウラが立ち上がり、魔王スケアクローに斬り掛かった。


魔王は汗みどろになったまま、勇者が振りかぶる様子を見上げている。


スバルは密かに影からメドローアを100発放った。

うっ!

ぎゃあああっ!

星王烈龍剣とメドローアは見事に魔王スケアクローに命中し、彼は塵と化す。


野焼きの煤のように散り果てていく魔王の最期を見届け、ミウラはフラつきながらもニヤリと笑った。

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登場人物紹介

スバル

魔法使い志望。

ジュニアアイドルをしていた。

ノボル

スバルの級友

突然全てが虚しくなり、出家を決意する。

カンタ

スバルにいちゃもんをつける級友

マリナ

スバルの母

ネリア

可愛い彼女

魔王スケアクロー

スバルの上司にして魔王

ミウラ

打倒の標的にされている勇者

座天使ソロネ

スバルの守護天使

ドミニオン

会社の事務の人

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