第28話 憑霊の天使

文字数 2,348文字

ミウラは食事を終えると、何故かトイレに立った。

幾ら待てども彼が出て来ないので、痺れを切らしたスバルは会計を済ませることにした。


会計は、2471円(税込)だった。

余裕で払えるけど、あいつこうやっていつも食い逃げ紛いの事をしているんだろうな。

しかし長いレシートだな。

あれ?

お金、払ってくれたの?

いやあ、悪いね。

とんでもないです。

あ、すみません。

やっぱり領収書ください。

のこのこと現れたミウラに激昂し、やっとのことで怒りを飲み込んでいく。

一抹の不安を覚えつつ、スバルはレジに領収書の発行を頼むことにした。

経費で落とせるかもしれない。

そう考えたのだった。

これが勇者の態度なんだね。

ゲームで見られる謎の優遇がこれだよ。

勇者という肩書だけで、何故か周囲がお金を出す羽目になる、という。

なるほど。

勇気ある者、という称号に疑問視することもあったが。

なんだい、きみは?

僕が勇者たる者であるという意味が分かっていないのか?

分かっていません。

どうかご享受願います。

凄くムカついた。

僕の力、分からせてあげようか。

是非。
二人はサイゼリヤを出ると、徒歩十分程先にある空き地へと向かった。


木の垣根に囲まれ、少しの雑草が生えた更地の中心部に横たわらせられた土管が三本、積み上げられている。

既視感しかないな。
ここは僕のお気入りにスポットなんだ。

見てな。


ウオオオ!

星将!圧!勝!剣!

ミウラは何処からともなく光の剣を取り出し、空き地の中央に置かれた土管に斬り掛かった。

光の刃は土管の端にかかり、コンクリート製の土管が薄くスライスされた。

地面に、厚さ一センチのコンクリートの輪が三つほど地面に落ちる。

実力を見せるのにこの土管をよく使うんだが、流石に真っ二つにすると隣の家のカミナリさんに叱られるので、バレないように端を少しずつ切り落としているんだ。
凄いコントロールだ。

(ぼくならミクロン単位で厚さ調整が出来るけど)

そう。

コントロール力さ。

このようにバレないように丁寧に仕事をする。

それが僕の実力だよ。

能ある鷹は爪を隠す、と言いたげだね。

スバルちゃんは特技を見せないの?

私なんぞとても無理です。
だろうね。

中々出来ることじゃないよ。

ふむ。

プレートだよな?

プレートだね。
何?

プレート?

さっきのミックスグリルプレート?

ミウラにはプレートの意味が通じないみたいね。

カシウスの超心点。

通じないか。

彼はここまでの人間だね。

難しいかもしれないね。

流石に。

なんだ、きみは。

僕が一人で食事をしたことを気にしているのか?

??

突然何を……。

スバルちゃん。

ミウラは過去、さっきみたいなセコ仕草で一度酷く詰め寄られた事があるんだよ。

それでまた注意されるんじゃないかと怖がっているよ。

彼は悪い癖が治せないんだね。

(逆ギレしているってこと?)

まさか。

そんなこと……。

ふと、自分が項羽の姿に扮していることを思い出す。

彼は男娼扱いされ、酷い目にあった霊魂だった。


今のように謂れのない言い掛かりを付けられて、言葉に言い表せぬ程いたぶられたのかもしれない。

そう考え、スバルはミウラを睨んだ。

滅相もない。

お代金をお支払いしたのは私ですよ?

それはミウラさんを信頼しているからです。

え?

信、頼?

はい……。
自分でも支離滅裂な返答をしている自覚があったが、こういった場合の正解案を経験則から導き出し、スバルは心にも無い態度に出ることにした。


話を上手く逸らす。

出来るだけ、相手のプラスになるように。


何故か、そういったテクニックについて妙に頭が回った。

勇者とニックさんの活躍はよく耳にしております。

それで、あなたの顔を一目見たいと思って参上しました。

ニックの事を知っているのか?

僕の親友。

影の友達、悪友にして喧嘩仲間。

何者だ、降雨くん?

スバルは何が何だか分からぬまま、ミウラを見つめた。


ニックとは誰だ?

何故、ミウラについて何も知らない筈なのに見ず知らずの名前が飛び出てくるのか。

まさか、これが項羽の能力であると言うのだろうか。


変身ブレスレットは変装能力だけには終わらないのかもしれない。

そう考え、このブレスレットの開発者の底しれぬ才能を感じた。

ファンです。
ファン?

いいや。

きみはきっと、僕にとって特別な存在に違いない。

まさか。

私などそんな。

もったいのうございます。

スバルは深々と頭を下げると、ふと手に持った紙袋に気付いた。


突如として紙袋の中身が重く感じ、ミウラにそっと差し出した。

お詫びの印に、どうぞ。

全て頂き物ですが。

えっ、いいのか?

しまった。

僕も貰いそびれたな。

受け取っておこうかな。

ミウラは躊躇なく紙袋を二つ受け取ると、ウインクをしてスバル扮する項羽の前から去っていった。


胸を撫で下ろしながらも、スバルは胸の中のもやもやを掻き消すことが出来ずにいた。


貰いそびれたとはなんだ?

ミウラは配布イベントに参加できなかったとでも考えているのだろうか。


なんて奴だ。

彼の薄汚い根性を考えた途端に、猛烈な疲労が襲う。


ミウラの後ろ姿を最後まで見届けてから、スバルはガクッと気が抜けてしまった。


そのままフラフラと先程のサイゼリヤに戻り、トイレで変身を解く。

そして、欲望に任せて食べ切るか分からない程の注文をした。

ハンバーグプレートは抜いてもいいんじゃない?

ミックスグリル、案外重いよ?

そうか。

そうするね。

でもソロネちゃん、サイゼに来たことないんじゃなかったの?

質量とカロリー計算の結果だよ。

私にもデザートを頼んでくれてありがとうね。

スバルちゃんは本当に優しいね。

本当にソロネちゃんは天使だよ。

涙が出て来た。

運ばれてきた料理は、いつになく美味しく感じるものだった。

サイゼリヤは経費削減の為に容器などのクオリティを落としているが、味はまだ頑張っている。


有難みの感情と涙が滾々と湧き出て止まらず、視界が滲んだ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

スバル

魔法使い志望。

ジュニアアイドルをしていた。

ノボル

スバルの級友

突然全てが虚しくなり、出家を決意する。

カンタ

スバルにいちゃもんをつける級友

マリナ

スバルの母

ネリア

可愛い彼女

魔王スケアクロー

スバルの上司にして魔王

ミウラ

打倒の標的にされている勇者

座天使ソロネ

スバルの守護天使

ドミニオン

会社の事務の人

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色