第16話 入社の天使

文字数 1,901文字

寒さがゆるゆると和らぐ頃。


スバルはスーツを着て鏡の前に立っていた。

ようやく入社式か。

事前の説明会などをすっ飛ばしたが、大丈夫かな?

全く問題無いようだったよ。

何度も建物内を確認したし、書類や予定表にも目を通したから。

スバルちゃんは何の問題もないように振る舞いつつ、お向かいさんに行けば良いだけになっているよ。

ソロネちゃん、本当にありがとうね。

実は不安でいっぱいだったんだ。

得る社代なんて。

結構適当な会社だから、暗示も楽だったよ。

さあ、行こうね。

二人は手を繋いで築120年の洋館を出ると、そのままお向かいにある廃工場のような建物に入って行った。


玄関ドアを開けると中は巨大な1DKになっており、広々とした部屋に一本のレッドカーペットが敷かれていた。

カーペットの果てには玉座があり、何者かが座っている。


スバルは恐る恐る、中に足を踏み入れる。

こんにちは。
こんにちは。

今日から来る予定の、……ヴァォル様ですか?

スバルです。

よろしくお願いします。

スバルちゃん、この人は代表取締役社長だよ。

ノボルちゃんの名前とスバルちゃんの名前を入れ替える魔法を掛けたんだけど、まだ記憶値定着に至っていないから自分の名前を強調していこう。

そうすれば、得る社代は完全に完成となるよ。

玉座に座ったその男は、にこやかにスバルに握手を求めた。
スバルさんですね?

私は魔法の竿(株)代表取締役社長の魔王スケアクローです。

お話は伺っております。

何卒よしなに。

魔王スケアクローですか?

表札には、魔王ワタルとありましたが。

前任者ですね。

ワタルは光の神のお渡しにより、クビになりました。

まだ表札の名を変更していないんです。

ごめんなさい。


うぉい!

ドミニオン!

出てこい!

……はい。
魔王スケアクローの怒声と共に、奥の部屋から覇気のない男性が現れた。
おいこら、ドミニオン!

表札を変えとけって言ったろ!

スバル様に指摘されたぞ!

恥ずかしくないのか、おんどりゃ!

……すみません。

すぐに変更します。

あ、あの。

そんなに急がなくても。

ぼくこそすみません。

不要な質問をしてしまって。

お気になさらず。

スバル様は天変地異を起こすお方でしょ?

そんな方の命を、軽々しく扱うなんて出来ませんよ。

ドミニオンァァァ!

早くしろぉぉ!

ドミニオンと呼ばれた男性は、静かに外へと向かう。

スバルは気まずい表情になりながら、魔王スケアクローに弁解をする。

本当にすみません。

ぼくは天変地異を起こせる可能性はありますけど、それでもこんな待遇を望んではいません。

可能性がある?

そんな弱気では困りますなあ。

うちでは勇者を倒す仕事をして貰うつもりですんに。

勇者を倒すより天変地異を起こす方が難しいですよ。

分かってますか?

ぼくはこれでも、世界を崩壊させることくらい訳ないんですよ。

スバルちゃんも宇宙の創造が出来たんだね。

この魔王を上手くあしらえば、きっとスバルちゃんはもっと飛躍出来るよ。

取り敢えず、メラゾーマでも連発したらどうかな?

そうか。

いいんだね、やっちゃっても。

ほりゃ!

スバルは指を親指と人差指を立ててグーを組むと、魔王スケアクローに向かって人差し指からメラゾーマを100発程放った。


魔王スケアクローにかすりもせず、彼の後ろの玉座は蜂の巣のように穴だらけになった。


何故か、メラゾーマに関してはスバルはMP切れを起こすことはなかった。

あわ、あわわ……。

今のは……メラか?

魔王スケアクローは下半身を濡らしながら、その場に倒れ込んだ。

キツいアンモニア臭が辺りに立ちこめ、二人は眉を顰めた。

失禁して失神したな。

しかし、今のをメラだと思うなんて……ぼくは余程攻撃力が低いらしい。

明らかにメドローアくらいの威力はあったよね。

バーン様ごっこをしたいだけじゃないかな。

ああ、なんてことをしてくれたんです。
背後から、ドミニオンと呼ばれた男性が静かに現れた。

彼は魔王スケアクローを跨いで通り、穴だらけになった壁を魔法で修復し始める。

すみません。

それは、土魔法ですか?

時間の巻き戻しです。

会社を壊さないで頂きたい。

時間の巻き戻し?

時空魔法の使い手?

スバルちゃん、このドミニオンという人は全ての世界を創造可能だよ。

主天使ドミニオンの転生体だよ。

多少は敬意をはらおうね。

全ての世界を!?

なんでそんな凄い人が、こんな会社にいるんだ?

ここはこの世界の知の臍の特異点だからね。

ドミニオンも、ここで学びを得ているんだよ思うよ。

本当にすみません。

ドミニオンさん、でしたっけ?

そうです。

ドミニオンです。

事務やってます。

こちらへどうぞ。

スバルは訝しげに彼の背中を見つめながら、泡を吹いて倒れている魔王スケアクローを跨いで通り、後についていった。
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登場人物紹介

スバル

魔法使い志望。

ジュニアアイドルをしていた。

ノボル

スバルの級友

突然全てが虚しくなり、出家を決意する。

カンタ

スバルにいちゃもんをつける級友

マリナ

スバルの母

ネリア

可愛い彼女

魔王スケアクロー

スバルの上司にして魔王

ミウラ

打倒の標的にされている勇者

座天使ソロネ

スバルの守護天使

ドミニオン

会社の事務の人

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