第8話 内定の天使

文字数 1,964文字

幸せな時間は少しずつ過ぎていく。



スバルはソロネとの共同生活で、嫌なことを全て忘れてしまっていた。

何もかもが順調に見えた。


就活以外は。


そんなある日。

スバル。

お前に提案がある。

なんだ、ノボル?

藪から棒に。

実はぼくは先日の面接にて、余裕で内定を取ってね。

ぜひ来てくれとオファーの嵐だった。

ところが、最後の一社があまりのしつこさに断りきれなかった。

ぼくは全ての希望を失ったよ。

ぼくの代わりに入社してくれないか?

一体、何社受けたんだ……。

それより代理入社だって?

そんな事が許されるのか?

問題ない。

ぼくとお前は、見た目のみ何となく似ている。

同じ眼鏡着用者だしな。

名前だって似ているからバレないだろう。

見た目のみ?

そんなに似ているか?

それより、ノボルとスバルでは、ルしか合ってないじゃないか。

真ん中に濁音が来ているだろう。

大丈夫だ、問題ない。

得る社代とでも言いたいのか?
うん?

エルシャダイ?

ああ。

得る

代行

で、得る社代か。

上手いことを言うな。

そんなに上手いかな。

少し苦しいと思うが。

そのくらい軽快な切り返しが出来れば、大丈夫だろう。

ぼくは密かに出家をしようとしてね。

仏門を叩いて、更なる高みに到達しようと思うんだ。

ぼくなら出来る。

ノボルが仏門を?

文字通り釈迦に説法となるんじゃないか。

その通りだ。

ぼくが出家などしようものなら、既存の思想を全て塗り替えるほどの改革が起こるだろう。

勿論、それを狙ってのことだ。

ぼくだぞ。

ぼくほどの人物は二人と居まい。

とんでもない自信だな。

しかし、ノボルは孤高の存在だというから、きっとその通りになるのだろう。

得る社代は引き受けた。

どこの会社だ?

魔法の竿(株)だ。

トンデモなく厄介な匂いがした。

しかし、お前なら出来そうな気がした。

頼むぞ。

後株かよ……。

大丈夫なのか、本当に?

スバルちゃん、きっと修業に持って来いだよ。

大丈夫だよ。

私も付いてる。

……む。

引き受けよう。

なんだ。

その一瞬の気の迷いは。

そんな弱気では、世界宇宙の回転に弾き飛ばされるぞ。

ぼくなら一瞬で昇れるがな。

ノボルだけにな。

ぼ、ぼくだって。

星は昴。

大丈夫だ、問題ない。

そうだ、その意気だ。

頼むぞ。

ノボルは言うだけ言うと、颯爽とスバルの前から立ち去った。


スバルは眉を顰めつつ、彼の後ろ姿を見つめる。

どう頑張っても、ノボルとは完全に相容れる事は出来ない。

そんな気がした。

流石孤高の存在のノボルだよ。

ぼくなんて逆立ちしたってああはなれないよ。

ヤケになってるね。

スバルちゃんもノボルちゃんも、実は紙一重だと思うよ。

二人を決定的に分けたものはなんだろうね?

ぼくが?

ノボルと紙一重?

まさか。

そのまさかだよ。

スバルちゃんもとんでもない自信家だったじゃない。

段々、丸くなっていったけど。

ノボルちゃんは、雲母を丁寧に剥がすように自身を磨いていったけど。

良いことを言うね。

雲母を剥がすように?

やってみたいな。

それは難しいんじゃないかな。

ノボルちゃん程の思い切りの良さは中々ないよ。

それもそうだな。

ぼくはぼくのエーテル回転を模索しよう。

取り敢えず内定を得て、心配事が一つ消えた。

やったね、ソロネちゃん。

良かったね。 

会社側に得る社代がバレないように、暗示をかけておくね。

スバルちゃんは堂々と入社式に行けるよ。

やはりバレるよな?

ノボルは、得る社代がバレたらどうするつもりだったんだ?

どうにかなると思っていたんでしょう。

もしかしたら、本当にバレないかもしれないし。

何もかもが雑すぎるな。

いいのかな、これで。

スバルは微妙な面持ちで、内定代行を引き受けることにした。


魔法の竿(株)の所在地を把握していなかった為、学校に置いてあった電話帳で調べることにした。

目的の会社は、なんと自宅の真ん前にあった事が判明した。

自宅から徒歩0分だと……。

何の冗談だ。

気づかなかったよね。

看板出していないのかな?

恐らく。

お向かいさんについては本当に興味がなかったから、全く認知していないよ。

なんて縁だろう。

所在地及び通勤時間の問題が一挙に解決し、スバルは一応の安堵を得た。

仮に徒歩1時間もかかる場所だったら、通勤手段を考えねばならない。

一応、一通りの免許はあるし、ナナハンなら7台持っているけど……。

それでも通勤時間は短いに越したことはない。

スバルちゃん、凄いね。

特殊大型も持ってるの?

スワップボディ車で左折出来るんだ?

簡単だよ。

そのくらいなんてことない。

スバルはカバンから財布を出すと、何十枚という運転免許証を机の上に並べた。


特殊大型から牽引車、フォークリフトから農耕車まで、あらゆる免許証が揃っている。

原付はないの?
それは持ってないな。

普通免許があれば不要だと思って。

取るかな?

うーん、確かにね。

わざわざ取る必要もないよね。

スバルは免許証を仕舞うと、今度は入社式当日にスーツを着るべきか考え始めた。
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登場人物紹介

スバル

魔法使い志望。

ジュニアアイドルをしていた。

ノボル

スバルの級友

突然全てが虚しくなり、出家を決意する。

カンタ

スバルにいちゃもんをつける級友

マリナ

スバルの母

ネリア

可愛い彼女

魔王スケアクロー

スバルの上司にして魔王

ミウラ

打倒の標的にされている勇者

座天使ソロネ

スバルの守護天使

ドミニオン

会社の事務の人

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