第24話 乙甲の天使

文字数 1,983文字

スバルは陰鬱な気分を引きずりながら、静かに会社に戻った。

表札を確認すると、代表取締役 魔王スケアクロー とあった。


ここまで勇者ミウラを誘導しなければならない事を考えると、更に重い気分になる。


ソロネに三重バリヤーをかけて貰ってから、スバルはアルミサッシの引き戸を開けた。

ただいま戻りました。
ほほ。

スバル様。

今ちょうど

「激突!超素人ヌレヌレのどツボ!ハマる瞬間、イッちゃった!」

というAVを手に入れたんですが、一緒に鑑賞しませんか?

スバルは瞬時に顔を顰めると、静かに頭を振った。
アダルトビデオですって?

冗談じゃない。

遠慮させて頂きます。

スバルは踵を返し、事務室に向かった。

事務室ではドミニオンがパソコンに向かって作業を行っている。

戻りました。 

勇者ミウラは手強いです。

それより、魔王スケアクローのあの痴態はなんですか?

業務中に堂々とアダルトビデオなどを観て。

スバルの声を聞き、ドミニオンは作業の手を止めると回転椅子の位置をずらしてスバルの方へ振り向いた。
あれは私が用意したものです。

あまりにも暇だと騒がしいので、時折ああして暇潰しの道具を渡しています。

本気ですか?
ええ。

AVを手渡すのが一番、静かになります。

色狂いなんですよね。

色狂い?

タイトルからして、リアリティの欠片もないじゃないですか。

あんなので大人しくなるんですか?

ヤツは童貞なんです。

幾らでも夢を見ます。

……。 

ドミニオンさんはご結婚なさっているんですか?

この人生では未婚です。

しかし、性に関しては完全に達観していますので。

スバルちゃん。

ドミニオンは死後の世界にラブラブの奥さんがいるよ。

奥さん以外に興味が湧かないから、アダルトビデオ如きではピクリとも動かないんだよ。

そういうのを性の達観というのか。

やはり相手ありきだな。

ぼくもネリア以外とは無理だ。

彼女さんがいるんですか?

大事にするのがいいですよ。

大きなお世話です。

と言いたいところですが、ドミニオンさんはちょっと異質ですよね。

何かあるんですか?

酷い卦が出ています。

彼女さんにアプローチをした方が良いという流れが読めます。

私は占いが得意です。

スバルちゃん。

ドミニオンは四次元の更に先が読めるから、素直に従った方がいいよ。

恐るべき先見の明を持つ存在だよ。

よく分からないですが、確かにそうかもしれません。

ぼくは彼女に甘え過ぎていると思う時があります。

参考にさせて頂きます。

いえ。

そろそろ退勤しますか?

勤務時間は適当です。

明日は休んでも構いません。

ありがとうございます。

では、お先に失礼します。

事務室から静かに出ると、玉座の間では大音量の痴態の声が響いていた。


巨大スクリーンに、全裸の女性が肥った男性に組み敷かれている画が映っている。


映像を観ながら魔王スケアクローは己のイチモツを握り、声を荒げていた。

いけえ!

そこだ!

そう!

いれろ!

ほら!

まだか!

……。
スバルは穢い物を見るような顔をして、静かに会社から退散していった。


精神的疲労感がとんでもない事になっていた。

バリヤーを解いて貰ってから、大きく息を吐く。

もう、やだ。

仕事辞めたい……。

スバルちゃん。

さわやかの爆弾ハンバーグでも食べに行く?

今日はもう、ご飯作りなんてしたくないよね。

そうしよう。

さわやかか。

良かった、近くにあって。

二人は手を繋ぎ、そのまま徒歩四分先にあるハンバーグ屋に入っていった。


いつものメニュー、そしてソロネに珈琲とパフェを注文し、スバルは静かに頭を抱えた。

ミウラ、どうやって誘導しようかな。
ヘンゼルとグレーテルにヒントがあるかもしれない。

パンか光る石か。

どっちがいいかな?

餌で釣る作戦ってこと?

ヤツは拾い食いなんてするかな?

光る石って、何を置けばいいのか……。

神霊読み解きだね。

パンは恨みを呼ぶ根源。

光る石は希望の念だよ。

そんな恐ろしい意味があったの?

パンを食べても恨まれない?

パンに罪はないけど、知ってるかな。

インゲの話。

パンを踏んだ少女の物語。

アンデルセンか。

知ってる。

踏みつけた分のパンを、他の鳥たちに還元するんだよね。

しかしそれは完全な贖罪にならないと思うよ。

気持ちの問題だよ。

気持ちを切り替えれば、いずれは全ての罪が赦されるようになるよ。

インゲはパンの罪をお返しした後に慢心して再び同じような事を繰り返せば、似たような境遇に身を置き直す事になるね。

世界は思うよりずっと甘いね。

この間までは、厳し過ぎると思ってチビリそうになったけど。

気付きと自覚だね。

それだけだよ。

既に裁きの時代は終わったよ。

これからは、凪の時代が来るよ。

穏やかで何にもなくて、でもよく見ると小さな渦がたくさん蠢いて。

ぼくも気を付けよう。

本当に。

会話が途切れる頃に、テーブルに爆弾ハンバーグとパフェと珈琲が運ばれてきた。


スバルはペーパーナプキンを付けると、パフェと珈琲をソロネに渡してハンバーグにナイフを入れ始めた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

スバル

魔法使い志望。

ジュニアアイドルをしていた。

ノボル

スバルの級友

突然全てが虚しくなり、出家を決意する。

カンタ

スバルにいちゃもんをつける級友

マリナ

スバルの母

ネリア

可愛い彼女

魔王スケアクロー

スバルの上司にして魔王

ミウラ

打倒の標的にされている勇者

座天使ソロネ

スバルの守護天使

ドミニオン

会社の事務の人

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色