サイキョウさん、リリムちゃんを探しに街を行く 4

文字数 2,299文字

 さて、無事に宿屋に辿り着いたサイキョウさんとリリムちゃんでしたが、すんなり宿屋に入れたかというとそんなことはありませんでした。
 ――こんな夜分に帰ってきたと思えば。

 そんな格好で入れられるわけがないだろう。

(……まぁ、これだけ汚れてればね)
 リリムちゃんは自分の身を改めて確認した後で、ため息を吐きながらそんなことを考えます。
 二人が通ってきた道は、衛生環境が最低だと思しき貧民街です。

 リリムちゃんはそんな中で床に転がされて放置されていましたし、サイキョウさんにいたってはそんな場所で暴れています。

 当然体中に汚れがついて、おまけに悪臭も染み付いてしまっていました。

 そのまま入れるわけにはいかん。

 せめて、そのナリをどうにかしてから出直してこい。

(だから、宿屋側の言い分も理解はできるんだけど……)
 そこそこにお高い宿の人間が、そんな二人を容易く受け入れるはずもありませんでした。

 他のお客もこんな二人を嫌がるでしょうし、店がそんな人間を受け入れたという事実があれば、そのせいで悪い評判が出回る可能性もあるのです。客商売をする人間としては、当然の反応だったでしょう。

 そして、普通の人間ならこの時点で入ることを諦めます。

 そこそこにお高い宿屋の人間は、お金を持っている人間であり、当然その街でもそれなりにツテなどがあるのです。歯向かってもいいことはありません。

 …………。
 ただ、ここに居るのはサイキョウさんなので当然そんな論理は通用しません。

 加えて、よりにもよってこの日このときこの時機に、そんな対応をするのは最高の悪手だったと言えるでしょう。

 宿屋の人間が知る由もないことなので当然と言えば当然なのですが。

 今のサイキョウさんは。

 定期便確保の面倒な手続きを行うために退屈な状態で長時間拘束され。

 トラブルに巻き込まれたリリムちゃんを助けるために街を走り回り。

 リリムちゃんの足にあわせて貧民街から宿まで時間をかけて歩き続けた後なのです。

 簡潔に言うと、非常に疲れている上に眠いので早く休みたいと思っている状態です。

 だから、すでに金を払っている――つまり客として扱われるべきであり、入れて当然だと思っていたところに、サイキョウさん側にとっては従う理由がない言いがかりをつけられればどうなるか。

 そんなことは考えるまでもありません。
 ――お、おい。何をする気だ。やめろ!
(……あ。あの人が店員の頭掴んだ)
 今の俺に出来る範囲で。

 簡潔に。わかりやすく。優しく、忠告してやる。

 ――この宿屋を今すぐ更地にされたくなければ黙って失せろ。

 暴れないだけマシでした。
 ……っ!?
 頭を掴まれたことよりもサイキョウさんの発言内容にこそ絶句した宿屋の人間は、視線をリリムちゃんに向けましたが、リリムちゃんはため息を吐いてこう言うだけです。
 その人、それ、冗談で言ってるわけじゃないですよ。

 できるから言ってるんです。

 ……だから、大人しく聞いておいた方が身のためですよ。

(宿屋の人の言うこともわかるんだけど……ごめんなさい。

 正直、今は私もこの人と同じ気持ちなんです。眠いんです)

 まぁリリムちゃんもサイキョウさんと状況は似たり寄ったりなので、心情的にはサイキョウさんの味方になってしまうのも無理はありません。
 所作からかなりの上流階級とすぐにわかるリリムちゃんの発言に、嘘ではなさそうだと理解した宿屋の人間は、サイキョウさんの言葉に無言で何度も頷いた後で道をあけようと体を動かします。
 言うことを聞く気になったと理解したサイキョウさんは、宿屋の人間から手を離すと、大きく長くため息を吐いた後で宿屋に入っていきます。
 今日はもう寝る。陽が出たら湯を用意して持って来い。

 ……おまえらも汚れや臭いが残るのは困るだろう?

 ……承知しました。必ず届けさせます。
(……ほんっとーにごめんなさい!)
 サイキョウさんと宿屋の人間がそんな会話をする横を抜けて、リリムちゃんも宿屋に入りました。
 そして宿で取った部屋の前まで辿り着くと、サイキョウさんは思い出したように言います。
 明日、というかもう今日だけどな。

 昼まで寝てていいぞ。

 ……俺も流石に疲れたわ、多少な。眠い。

 サイキョウさんはそう言うだけ言って、リリムちゃんの反応を待たずに扉を開いて中に入ろうとしましたが、
 わかったわ。

 ……その、今日は、ありがとうございました。

 ご迷惑をおかけしました。

 リリムちゃんが口にした内容にお礼の言葉が入っていたことに思わず足を止めて、リリムちゃんに視線を向けた後で小さく笑うと、
 俺としては次が無いことを祈るばかりだが。

 まぁ、ガキが細かいことを気にすんな。さっさと寝ろ。

 リリムちゃんにそう応じてから部屋の中へと入っていきました。
 リリムちゃんはサイキョウさんが部屋に入っていくのを見届けた後で、同じように自分の部屋の扉を開いて中に入りました。

 そして汚れていることも気にせずに、寝台にうつぶせになるように飛び込みます。

(……あー、つっかれたぁ)
 そのまま溶けるように体から力が抜けていくのを感じながら、うっすらと遠のいていく意識でリリムちゃんは考えます。
(結局私はあの人に助けられてばかりで、なにもできてない。

 ……ガキ、かぁ。

 もしかしたら、あの人からすれば私は――あそこで倒れていた子ども以上に認められていないのかもしれないわね)

 眠くて回らない頭で少し支離滅裂かもしれないことを考えた後で、
 ……もしそうだったら、流石にそれはやだなぁ。
 眠る直前に思わずそう呟いてから、リリムちゃんは意識を手放しました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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