サイキョウさんとリリムちゃん、次の町に出発する

文字数 2,779文字

 いきなり面倒事を引き起こしてしまったリリムちゃんでしたが、その翌日以降、出発の時間までの間に、再び騒ぎを引き起こすことも、ごたごたに巻き込まれることもありませんでした。
 なぜトラブルが起きなかったのか。

 単純な話です。

 買い物に行きたいので着いて来てください。
 一人で行動したから面倒事を引き起こしたと学んだリリムちゃんが、素直にサイキョウさんに同行をお願いすることにしたからでした。
 ……お、おう。いいぞ、別に。
 あまりにも素直に頭を下げてお願いをしてきたリリムちゃんに、サイキョウさんは本当に驚いたような様子で閉口した後で、かろうじてそう答えるだけだったそうです。
 そんなこんなで出発日当日。
 準備をしっかりと終わらせたリリムちゃんとサイキョウさんの二人は、予定していた定期便に乗りこみました。
 二人が予約していた席に座り、他の客も乗り込んできて席がほぼ埋まってから、定期便は動き出します。
 …………。
 定期便に揺られながら、サイキョウさんは隣に大人しく座っているリリムちゃんをちらっと見た後で、視線を床に落としてから内心で吐息を吐きます。
(……面倒事に巻き込まれて以来、随分と大人しい。

 手が掛からないのは良い事なんだが。

 これまでがこれまでだけに、少し不気味だな)

 サイキョウさんがそんなことを考えていると、横に座っているリリムちゃんが視線を向けてきて、口を開きます。
 ねぇ、ちょっとだけ話がしたいんだけど。
 リリムちゃんから何か話し始めるときは、だいたいこの言葉から始まります。
(そして大抵の場合は、面倒なこと考えてんだよなぁこのコ。

 ……前までは反応がわかりやすかったから予想がついたんだがね。

 さて、今回はどんな話なんだか)

 サイキョウさんはため息をひとつ吐いてから、自分の膝に頬杖をついて視線をリリムちゃんに合わせて言います。
 いいぜ。どうせ暇なんだ。

 話をして暇が潰れるなら大歓迎だぜ、俺は。

 そんなに面白い話じゃないかもよ。
 その辺については最初から期待してねえよ。
 それはそれで腹立たしいんだけど。
 リリムちゃんはそう言って半目でサイキョウさんを見た後で、まぁいいわ、と視線を外してから続けます。
 まぁ大した話じゃないのよ、本当に。

 ……ああいう貧民街って、どうしたら無くなるのかなって。

 汚いし辛い目に遭わせてくれた場所を駆逐したいってか?
 ……私はそんな短絡的な行動に出るように見えてるの?

 そう睨むな。冗談だよ。

 ……まぁ、俺は冗談で言っているが。

 同じ目に遭ってそう考える奴の一人や二人は居るだろう。

 ちいひめちゃんがどっちなのか、なんてのは俺にはわからんことだ。

 私はそんなことしません。

 ……いやまぁ、ある意味ではそうなのかな。

 ……あー、なんだ、あれか?

 どうやったらああいう連中が居なくなるのか、とか。

 そんな話がしたいのか?

 ……まぁ、そんな感じかな。
(実際はちょっと違うけど)
 どこぞの好事家に売られて酷い目に遭わされそうになっていたってのに、状況を改善する方法を模索するとは。

 ちいひめちゃんは随分とお優しいね。

 茶化さないで。
 褒めてるつもりだったんだが。……まぁいい、話を進めよう。

 個人的な結論を先に言えば、ああいう連中は居なくならんから諦めろ、というところだな。

 なんでそう思うの?
 ……貧民街ってのは、言い換えれば今の社会の最底辺だ。

 そこから這い出るためには手段を選ぶ余裕もない。

 だから、ああなる。

 ただまぁ、一部の、例えば、ちいひめちゃんに見える範囲からあの惨状を消したいというのであれば手段はあるだろうさ。

 文字通り駆逐するとか?
 汚物は掃除を、ってか。物騒だが、それもひとつの手段だな。

 実際にやってる連中は見たことないがね。労力の無駄だろう。

 ……結局、どうしようもないのね。
 まぁ、そうだな。居なくなることは絶対にない。

 どんな状況や環境であっても、悪事を働く人間は出るんだ。

 それに巻き込まれる人間も居なくはならん。

 そうね、その通りだと思うわ。ごめんなさい、つまらない話を――
 ただ、数は減らせるぜ。それこそ、ちいひめちゃん次第でな。
 ――は?

 ……この辺は俺も他人の受け売りなんだがな。

 人間の作る社会には、階層が絶対に出来る。豊かさの上下関係だ。

 だがまぁ、社会全体が今よりも豊かで便利になれば、そのときの最底辺はあれじゃなくなる可能性はある。

 例えば、そのときの最底辺が今の庶民と同程度であれば、人売りに手を出してまで金が欲しいと思う人間は減るんじゃないのかね。

 …………。
 最も、その豊かさをうまく分配する頭が居なけりゃ無理な話だがな。

 そして、それをやるのは基本的に為政者で、今のそれは王族が殆どだろう。ちいひめちゃん次第だ、と言った意味は理解できたか?

 ……そういう話はしちゃいけないんじゃなかった?

 そういう話ってのがどういう意味かはわからんが。俺がしたのは、本気でやりたいならやれる手段はいくらでもあるぞ、という話だぜ。

 今時、王族を打倒して国を奪おうと思う連中なんていくらでもいる。

 どこぞの国でクーデターが起きた、なんてのはつい最近聞いた話だろう?

 ……うぐっ。
 サイキョウさんの言葉に、リリムちゃんは思わず唸ってから黙ります。
(言われてみれば、私が巻き込まれてるのがまさにそれだったわね)
 サイキョウさんはリリムちゃんが唸って黙ったことに笑ってから、続けます。
 ま、余裕ができた人間が増えるってことは、弁えずに要望を出す人間が多くなるってことでもある。

 穏やかな毎日に慣れれば、道理を想像できない馬鹿が増えるのは自明の理だ。

 為政者という立場の責任やらを考えれば、今の方が楽だと思うがね。

 うん、そうかもね。でも――いや、なんでもないわ。

 ありがとう、話をしてくれて。

 気にするな。

 俺は俺の考えを喋る機会が得られたから、気持ちよく喋っただけだ。

 ……話はこれで終わりか?

 うん、聞きたい以上のことが聞けたから、十分。

 ……正直、あなたはこういうこと考えないのかと思ってたから、びっくりしちゃった。

 一言余計なガキだな、相変わらず。

 ……まぁいい。話が終わったなら、俺は寝るぞ。

 わかった。静かにしてる。
 サイキョウさんはリリムちゃんを一瞥すると、少し何か考えるような間を置いてからため息を吐いた後で、腕を組んで目を閉じました。
 リリムちゃんはサイキョウさんが目を閉じたのを見届けた後で、視線を床に落として考えます。
(もしも私がそれを為したら、この人も少しは私を認めてくれるかな。

 ……まぁ、次の街に着いたらこの旅は終わりで。すぐにお別れになるけれど)

 そして、そんなことを考えた後で、リリムちゃんは吐息をひとつ吐くと、サイキョウさんと同じように目を閉じました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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