サイキョウさんとリリムちゃん、最後の騒動を終わらせる 10

文字数 3,606文字

 アンリさんがその場から姿を消した後で、サイキョウさんは疲れたような吐息を吐いてから言いました。
 ……さて、俺もやることやって納得できたし。

 帰って寝るとするかね。

 その言葉を聞いて、リリムちゃんは慌てた様子でサイキョウさんの方へ走り出すと、そのままの勢いでぶつかるまであるかな――と思われましたが。
 ――ちょ、やめ、はな、離して!
 サイキョウさんの手が届く範囲に入ったところで頬を挟むように顔を掴まれて、もがく羽目になるだけでした。
 サイキョウさんはしばらく喚き散らすリリムちゃんを、本当に残念なものを見るような目で眺めていましたが、
 ……あのな、おまえには動く口も回る頭もあるだろう?

 ちゃんと考えて喋るようにしろって。

 やがてうんざりしたような様子で溜め息を吐いてそう言った後で、リリムちゃんを解放しました。
 リリムちゃんは先ほどまで掴まれていた頬をほぐすようにもにもにしながら、口を開きます。
 こ、今回は私が一方的に悪い風に言うのはおかしくない!?

 あの怖い人が来て黙ってたけどさ、今あなた、何の説明もなしに自分だけ納得して帰ろうとしてたでしょう!?

 そりゃ慌てるに決まってるじゃない!

 そんな風に抗議の声をあげるリリムちゃんの後ろから、刺客の人も若干気まずそうにしながら口を開きます。
 ……あー、真に不本意ながら俺もこの子と同意見なんだけど。

 可能なら、詳しく説明をしてもらえると助かる。

 ただ、相変わらず言葉の選び方が悪かったため、
 不本意ながらってどういう意味だこらああ!
 その発言を聞いたリリムちゃんが、そんな風に声を張り上げながら、刺客の人へと振り向きました。
 そのまま放っておくと、掴みかかりに向かう勢いだったので、サイキョウさんは溜め息を吐きながらその襟首を掴んで止めます。

 とは言え、これはどちらかと言うと刺客の人の方が悪いと判断したのか、

 そこな兄ちゃんよ。――三度目は無いぞ?
 目が笑っていない笑顔を向けながら、釘を刺すようにそんなことを言いました。
 刺客の人が引きつった笑顔を浮かべながら、無言で何度も頷く様子を眺めた後で、サイキョウさんはリリムちゃんに視線を移すと言葉を続けました。
 おまえも少しは落ち着け。

 雑魚が何を言ったって、多少は許容してやるのが器のでかい人間ってもんだ。

 ~~っ、わかったわよ、もう!

 ――離して!

 リリムちゃんはなんとか自分の中で折り合いをつけたのか、サイキョウさんを見ながらそう言いました。
 サイキョウさんはへいへいと頷いてから、手を離します。

 サイキョウさんの手から解放されたリリムちゃんは、刺客の人を一度睨みつけた後で、サイキョウさんの方に視線を戻してから言います。

 それじゃあ、教えてちょうだい。

 さっき現れたお姉さんが、私たちに何をしてくれたのか。

 ……概要はわかってるか?
 私とこの屋敷の敷地内に居る人たちの間で契約を結んだのよね?

 周囲の人たちを下に――私を主人とする契約だと、そう言っていたはずよね。

 ちゃんと覚えてたんなら何よりだ。

 ――では、逆に俺から聞こう。何が知りたいんだ?

 何をって――
 リリムちゃんが訝しげに表情を歪めながら言葉を続けるよりも先に、サイキョウさんが言葉を続けます。
 そこに居る兄ちゃんも、この屋敷のどこかに居るだろう使用人連中も――そしてこの屋敷の主人であるあのおっさんも。

 今となってはおまえさんの奴隷なんだぜ。

 知りたいことがあるなら聞けばいい。連中は嘘を言えん。

 やって欲しいことがあるなら、命じればいい。連中は断れん。

 未来永劫、死ぬまでずっとそのままだ。

 サイキョウさんが告げた内容に、リリムちゃんも刺客の人も絶句しましたが、
 ……それは、本当に?
 かろうじて先に復帰できたリリムちゃんが、信じられないことを聞いたという表情で、嘘でしょうという気持ちがにじみ出ているような声音で問いかけて。
 ちいひめちゃんよ。

 ――おまえさんは、あれがその程度のことをこなせないような奴に見えたのか?

 サイキョウさんは淡々とした調子で、リリムちゃんの質問に問い返すような言葉を口にしました。
 サイキョウさんの言葉は、質問に質問を返すような答えでしたが。

 先ほど現れたアンリさんの尋常でない威圧感を体験しているリリムちゃんからすれば、それは回答としては十分すぎる内容でした。

 ……いいえ、見えなかったわ。
 サイキョウさんが示したこれ以上はないだろう回答に、リリムちゃんはそれくらいしか言うことができませんでした。
 サイキョウさんはリリムちゃんのそんな様子を見て、小さく吐息を吐いてから言います。
 もっとも、いくつか言っておかないといけないことはあるけどな。
 ……何?
 ちいひめちゃんの言葉に、どれくらいの強制力があるかって話だ。
 リリムちゃんは黙ってサイキョウさんを見つめます。

 サイキョウさんはリリムちゃんの意識がこちらに向いていることを確認してから、言葉を続けます。

 端的に言おう。

 結論から言えば、ちいひめちゃんの言葉に絶対の強制力はない。

 その言葉に応じるかどうかは、ある程度相手の判断に委ねられることになる。

 しかし一方で、言うことを聞かなかった場合は、相手が不幸な出来事に巻き込まれることになる。

 ……どういうこと?
 サイキョウさんの言葉を聞いて、しかし内容がうまく理解できなかった――というよりは納得いく解釈を見つけられなかったリリムちゃんはサイキョウさんに更なる説明を求めました。
 サイキョウさんはリリムちゃんの問いかけに、どう答えるかを悩むような間を置いた後で口を開きます。
 主人であるちいひめちゃんには、相手に言うことを聞かせる権利があるわけだが。

 奴隷側にも、一応は、命令に従わない権利があるのさ。

 ただ、この契約において奴隷側には命令に従わなければならない義務を課しているわけだから、言うことを聞かなければ罰を与えるという、それだけの話だ。

 しかし、サイキョウさんが口にした内容はリリムちゃんには理解できなかったようで。
 ……わかったような、わからないような。
 リリムちゃんはいまいち納得がいっていない様子で、そんな言葉を口にします。
 サイキョウさんはえーと戸惑うような――あるいはうんざりしているような表情を見せたものの。腕を組みながら目を閉じると、随分と長い間、悩むような時間をあけてから口を開きました。
 ……んー、そうだなぁ。

 例えば、ちいひめちゃんがおっさんに今回起こった出来事の真相を尋ねたとしよう。

 しかし、あのおっさんは自分が奴隷になっていることを知らないから、当然その要求を突っぱねてくる。

 ……まぁ、そうでしょうね。

 そうなったら、どうなるの?

 まぁ最初だからな、精々おっさんのすぐ傍に何かが落ちてくるとか、そんなところだ。
 サイキョウさんの言葉に、何だその程度かと、リリムちゃんはちょっと拍子抜けしたような表情を浮かべましたが。

 ただ、その程度で済むのは最初だけだぞ。

 何度も拒否し続ければ、おっさんに降りかかる不幸な事故の程度は段々と酷くなっていく。最終的には、命に関わるまでにな。

 サイキョウさんが続けた言葉に、再び表情を凍りつかせました。
 リリムちゃんの表情から、ある程度内容が理解できたとようだと踏んだサイキョウさんは、更に言葉を続けます。
 加えて、この契約は奴隷側に主人への反抗を許さない。

 だから、命令を拒否した場合と同様に、反抗あるいは敵対した場合にも同様の事態が発生する。

 その可能性がある行動についても、同じように処理される。

 ……まぁ、降りかかる不幸の程度は、奴隷側の起こした行動の内容によるがね。

 …………。
 サイキョウさんから告げられた契約の内容を聞いて、その内容が理解できたリリムちゃんは愕然とした様子で黙り込んでしまいました。

 サイキョウさんはそんなリリムちゃんから視線を外すと、この場にいるもう一人の当事者である刺客へと視線を向けます。

 刺客の人は少し青ざめた表情で固まっていましたが、そんなことはお構いなしに、サイキョウさんは言います。
 だから、そこな兄ちゃんはしっかりと気をつけておくことだ。

 何といっても、奴隷側の違反は連帯責任だからな。

 自分の身を守るためにも、全力で気を配れよ。

 

 ……っ!!
 サイキョウさんの言葉を聞いて、刺客の人はこの世の終わりみたいな顔をして絶句していましたが。
 サイキョウさんはその反応を見ても特に何かを言うこともなく、視線をリリムちゃんに戻して言葉を続けます。
 ……まぁなんだ、ちいひめちゃんよ。

 別に難しく考える必要はないぜ。

 要は、今回の騒動をおまえの望む通りに終わらせることができるって、それだけの話さ。

 そしてそう言うと、サイキョウさんはリリムちゃんの頭をがしがしと荒い手つきで撫で始めるのでした。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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