小さな姫さん、サイキョウさんのところに転がり込む

文字数 1,659文字

 ――それは雨の日に起こった出来事でした。
 サイキョウさんが今日も今日とて勤労に励み、一日の疲れをおいしい食事とお酒で癒していたときのことです。
 突然、玄関のほうから大きな音が響きました。
――どぉう!? なんだいったい。
 気を抜いていたところに大きな音が聞こえたので、ちょっと情けない声をあげて驚いてしまったサイキョウさんですが、少し考えた後で外の様子を見ることにしました。
 気のせいかなとも思ったのですが、今日は天気が悪いので、もしかしたら何か当たったのかもしれないと思ったからです。
 まぁ本当にヤバイものが当たったのなら壊れる音が聞こえるはずだし、大したもんでもないだろうと、そう考えながら玄関に向かったサイキョウさんでしたが――
――ぎゃん!
 扉をなんとなしに開いたタイミングで、小さな悲鳴があがって驚きます。
 サイキョウさんは思わず扉を開く手を止めました。
 一呼吸の時間を置いてから、サイキョウさんは再び扉に手をかけます。
 今度は少し慎重に、ゆっくりと扉を開くことにしたサイキョウさん。しかし、扉は少し開いたところで開かなくなってしまいます。
 サイキョウさんちの玄関扉は外開きです。外に重いものがあると開きません。

 扉を開くときに聞こえたのは悲鳴――つまり人間のものです。
 そして扉の前には何かしら重たいものがあることがわかっています。
 嫌な予感をひしひしと感じつつ、玄関脇の窓から扉の前を覗き込むと、そこには小さな女の子が頭を抱えながら悶えています。
……なんじゃこら。
 女の子は上等な服を着ていました。どう見てもいいところのお嬢さんです。
 しかし、その服は泥だらけのボロボロになってくたびれていますし、当人も随分と疲労困憊しているように見えました。
 そんな女の子が雨の日に、よりにもよって自分の家みたいな場所に居るのはどう考えてもおかしいとサイキョウさんは考えましたが――
まぁいつものことか。また家を空けることになるかなこりゃ。
 詳しい話は本人に聞けばわかるわなと、そんな風に軽く考え直します。
 明らかにトラブルが発生する予感がしていますが、サイキョウさんは割とそういうの慣れっこです。
おーい、お嬢ちゃん。そこに居ると扉開けらんないから離れてくれねえかな。
…………。
 サイキョウさんが玄関脇の窓を叩きながら女の子に声をかけると、女の子は怨めしそうな視線を向けた後で、彼の言葉に素直に従いました。
 女の子が扉の前から離れたのを確認してから、サイキョウさんは扉を開きます。
はいどうも。それで、こんな辺鄙なところにいったい何の用事があるんだ? お嬢ちゃん。
 女の子はサイキョウさんの口調に少しムッとした表情を浮かべましたが、一度咳払いをした後で、胸を張って言います。
私はサンドリム王国の第二王女、リリム・サンドリムである!
声がでかい。そんなに声を張らんでも聞こえる。用件は何だ。
 女の子――リリムちゃんはサイキョウさんの言葉に気勢をそがれてしゅんとしてしまいましたが、すぐにむんと立ち直って言葉を続けます。
私は姫だぞ! 平民が姫を軒先に放置してもいいと思っているのか!
姫だろうが何だろうが俺にとっちゃどうでもいい。
それよりも、それが頼みごとをする態度か。放置してもいいんだぞ、俺は別に。
 リリムちゃんはサイキョウさんと無言でしばらく目を合わせていましたが、根負けしたように視線をそらしてしまいました。
……家に入れてください。
最初からそう言えばいいんだ。はいどうぞ。
……くっそう。なんだこいつ。
何? 雨にまた打たれたくなった?
何も言ってないです。
気のせいってことにしておこう。
そのまま真っ直ぐ行けば居間だ。椅子に座って待ってろ。
 リリムちゃんはサイキョウさんの言葉にしたがって、家の中に入っていきました。
まずは拭くものと温かい飲み物か。
事情を素直に話してくれればいいけどな。
 リリムちゃんの姿が見えなくなった後で、サイキョウさんはそう呟くと、頭をがしがしと掻きながら、まずは彼女の体を拭く布を取りに寝室に向かいました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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