サイキョウさんとリリムちゃん、目的地の屋敷に招かれる 1
文字数 2,801文字
そう言って、リリムちゃんは目の前にある豪華なベッドの縁を思い切り叩きます。
ばふん、と気の抜けたような柔らかい音が響いて――一回だけでは気持ちが落ち着かなかったのか、リリムちゃんは何度も何度もベッドに掌を叩きつけました。
なぜリリムちゃんはこうも憤り荒ぶっているのか。
その答えは簡単です。
つい先ほど目の前で起こった状況が気に入らなかったからです。
では、リリムちゃんが取り乱してしまうほど憤るほどの状況とは何だったのか。
まぁリリムちゃんの口から思わず漏れた言葉こそがリリムちゃんにとっての憤る理由のすべてですが、もう少し具体的に言うならば。
サイキョウさんとリリムちゃんが目的地である叔父の家に到着し、事情を説明し始めてからこの部屋に到着する間にサイキョウさんが見せた、叔父に対してへりくだるような言動を見ていて、リリムちゃんの中で苛立ちが募っていたのでした。
ただ、本来ならリリムちゃんがサイキョウさんの取った態度に苛立つ理由はないはずでした。
貴族や王族に、何の肩書きもない人間が敬うような――あるいはゴマをするような態度を取るのは当然のことだからです。
リリムちゃんは憤慨しすぎて言葉を選ぶ余力がなくなっている思考で浮かんだその言葉に、ああ、と自分が何に苛立っていて何を認めたくなかったのかを理解しました。
(……ああ、そう。そうよね。
なんだかんだ言いながら、王族と名乗ったことを信じてもらえてなかったのかもしれなくて。
今更それが本当だとわかって態度を変えるような人間に助けられていたのだと、そう思いたくなかっただけよ)
何を認めたくなかったのかについては言葉には絶対にしたくないと、リリムちゃんはそこで思索を切り上げます。
そして自分を落ち着けるために瞼を閉じて深呼吸を数回繰り返した後で、
頷いてから使用人を呼ぶための鈴を鳴らしました。
この屋敷の使用人はよほど優秀なのか暇なのか、リリムちゃんが鈴を鳴らしてからそう時間も経たない内に扉が叩かれました。
リリムちゃんは使用人に一声かけて入室を促すと、扉を開いて現れた使用人が用件を聞こうとするよりも早く、自分の要望を口にします。
どうやら現れた使用人はサイキョウさんに宛がわれた部屋を知らなかったらしく、リリムちゃんの言葉に震えた声でそう答えるやいなや、部屋の外に出て行きました。
静かな夜には不相応な慌しい足音が離れていくのを聞きながら、リリムちゃんは使用人の見せた反応に内心で首を傾げます。
そう思った直後にふと横にあった鏡が視界に入り――そこに映っている自分の顔を見て理解します。
リリムちゃんはそう呟くと、溜め息を吐いた後で、表情を崩すように鏡とにらめっこをしながら顔をむにむにともみ始めました。
――たとえ災難に遭っていたとしても、格下には余裕を見せてやれ――
そんなことをしていると、リリムちゃんの脳裏にサイキョウさんの言葉がちらついて、思わず舌打ちを漏らしてしまいました。
リリムちゃんが溜め息を追加して、また怖い顔になってしまっていることに気付いて顔を触っていると、再び扉が叩かれました。
リリムちゃんは返事をした後で鏡ともう一度にらめっこして表情を確認し、うん、と満足するように頷いてから部屋を出ます。
どうやらそこまで離れている場所ではなかったらしく、そう時間も経たないうちに到着したようです。
リリムちゃんがお礼の言葉を口にして視線を振ると、使用人は恭しく一礼をした後でその場を立ち去ります。
使用人の姿が完全に見えなくなると、リリムちゃんは深呼吸をひとつ挟んでから目の前にある扉を叩きました。
扉の向こうから返ってきたいつも通りの反応に、リリムちゃんはちょっとだけ口元をにやけさせましたが、首を横に振って表情を消してから扉を開きます。
扉が開いた音に反応してか、サイキョウさんは扉の方を見て――リリムちゃんと視線がばっちり合いました。
リリムちゃんがそんなことを考えながら黙っていると、サイキョウさんが不思議そうな顔をしながら口を開きます。
そして、サイキョウさんの口から出てきた言葉はリリムちゃんのよく知る口調で――それはすなわち横柄そのものであり王族に対するものではありませんでした。
サイキョウさんの反応を見て、リリムちゃんは何とも言えないような表情を浮かべて動きを止めます。
サイキョウさんがリリムちゃんの態度をいぶかしむように眺めていると、
爆発するようにそう叫びながら、リリムちゃんは激しく地団駄を踏み始めました。
サイキョウさんからすれば、急に訪ねてきたと思ったら怒り出したという理不尽極まりない状況なわけですが、そんなことはお構いなしに、リリムちゃんは牛のようにもうもうと言い続けています。
ただ、サイキョウさんからすればリリムちゃんが癇癪を起こすのは今に始まったことではないので、感情を発散しようとしているリリムちゃんを眺めても慌てることはありません。
しかし、この大声を聞いて駆けつけるだろうこの屋敷の人間はそうではないだろうことも、サイキョウさんは理解していました。
目の前には叫ぶ子ども。あとに続くのは慌てた大人。
来るのが確定している面倒事に対して辟易しながら、サイキョウさんはリリムちゃんの癇癪が早めに収まるのを期待しつつ、疲れたような溜め息を漏らしました。