サイキョウさんとリリムちゃん、旅に出る 7

文字数 3,549文字

 リリムちゃんのツッコミはあまりにも大きな声だったので宿屋の人から注意されました。
 あのな、一応な、ここってそれなりにお高い宿なのよ。
 だからそれ相応の態度ってのも客に求められるわけだ。
 ……だからもうちょっとお淑やかな態度で過ごして欲しいもんだ。宿屋の人間も、俺も、そう考えてる。
 あなたの物言いが原因でしょうが!
 リリムちゃんはサイキョウさんの言葉に思わず声を荒げてしまいますが、先ほどよりも小さかったので特に周囲からの反応はありませんでした。
 とは言え、流石に怒られた直後ということもあってか、リリムちゃんは慌てて口を抑えます。

 ……私は悪くないはずなのにっ。
 なんで怒られなきゃいけないのよぅ!
 ぐぬぬと唸るような表情でそんなことを呟くリリムちゃん。
 サイキョウさんはその様子を見て吐息をひとつ吐いた後で、リリムちゃんに向かって問いかけます。
 ……それで。部屋にはあげてもらえるのかな、お嬢ちゃん。
 ……あなたが取ってる部屋でしょ、ここ。
 入ればいいじゃない。私にとめる権利なんてないじゃない。
 リリムちゃんはそう言って、ふんと鼻を鳴らした後で、道を空けるように体をずらしました。
 サイキョウさんは空けてもらった隙間を通るように扉をくぐります。
 とは言え、流石に女の子が居る部屋に無断で入るわけにもいかんだろうよ。
 形だけとは言え、許可はもらってから入るほうがいい。
 お互いのためにな。
 それはどうもお気遣いいただきありがとうございますぅ。
 リリムちゃんは拗ねるように、吐き捨てるように言葉を返します。
(ホントに口とか態度が悪いよなぁ、こいつ)
 サイキョウさんはリリムちゃんの物言いと態度に、内心で溜息を吐きながら、部屋の中を見回します。
 気になったのは、やはりテーブルの上にあるお金の入った布袋です。
 それは、サイキョウさんの記憶違いでなければ、昨日出て行ったときから位置が変わっていませんでした。
 ……特に触る必要もないから放置してただけよ。
 サイキョウさんが何を見ているのかに気が付いたリリムちゃんが、扉を閉めながら、自分からそんな言葉を口にしました。
(……お金って普通、大事にしまっておくものじゃないのかね。
 というか、聞いてもいないのに答えるなよ。
 気にしてますって言ってるようなもんじゃねえか)
 サイキョウさんは対応に困ったような表情を浮かべて頭を掻いた後で、リリムちゃんの言葉に応えるように口を開きます。
 まぁお嬢ちゃんの金だ。好きに扱えばいいさ。
 俺個人としては、きちんと仕舞っておくことをオススメするがね。
 ええ、次からは気をつけます。
 ……そのお金が無ければ、私には何もできないんだから。
 リリムちゃんは少しだけ声を低くして、呟くようにそう言いました。
(そこはかとなく嫌味みたいなのを言われてる気分になるな。
 ……ま、それで前向きに考えられるならいいとしておこう。
 今後も気にしないかどうかは程度によるけど)
 サイキョウさんはそう考えながら、お金の入った布袋の口を閉じた後で、リリムちゃんのために用紙した荷物の中に入れました。
 リリムちゃんはその様子を眺めながら、話を続けます。
 もう出るの?
 なんだかんだでもう昼過ぎてるんだ。一刻でも早く目的地に行きたい、って言うなら止めないが、オススメはしないな。
 万全を期すなら、今日は、俺が用意した荷物を自分で確認して、お嬢ちゃんが足りないと感じたものを買いに行く方がいいと思うがね。
 宿代も出した方がいいのかしら。
 今日くらいまでは奢ってやるよ。
 サイキョウさんは小さく笑いながらそう言うと、テーブルの上に荷物を置きます。
 それはどうも。
 リリムちゃんは吐息を吐きながらそう言うと、椅子に座ってから、サイキョウさんが用意した荷物の中身を確認し始めます。
 サイキョウさんも空いた椅子に腰掛けます。そして、荷物の中身を改めるリリムちゃんを眺めながら、口を開きます。
 俺が用意したのは本当に最低限だ。
 どうしても欲しいものがあれば、後で教えろ。
 それを扱ってるだろう店に連れて行ってやる。
 ……そうね、色々足りなさそうだから後で連れて行って。
 そうだろうな。
(異性の俺が用意するわけにゃいかんものもあるからなぁ)
 サイキョウさんは面倒だよなぁと内心で溜息を吐いた後で、話を続けます。
 ……それじゃ、昨日は中断されちまったこれからについて、ちょっと話をしようか。
 リリムちゃんは荷物からサイキョウさんへと視線を移します。
 しかし、サイキョウさんはその視線を追い払うように手を振りました。
 確認を続けながらでいい。昨日ほど重たい話じゃないからな。
 リリムちゃんは心底疑わしげに表情を歪めましたが、特に何を言うでもなく、サイキョウさんから荷物へと視線を戻します。
 サイキョウさんはその様子を確認してから、話を続けます。
 旅をするにあたってのルールみたいなのを、あらかじめ確認しておきたくてな。
 まぁ提案するから、問題なければ了承してくれよって、そういう話。
 理不尽な内容はやめてよ。
 俺がいつ理不尽な要求したってんだよ。
 ……話を進めるぞ?
 今了承して欲しいことは、具体的には三つある。
 リリムちゃんは視線を荷物から一瞬だけサイキョウさんに向けて、話の先を促します。
 ひとつ、目的地への道程と移動手段については俺が決めたい。
 単純に旅慣れしてないお嬢ちゃんに任せられないからだ。
 私のお金が途中で尽きないようにしてくれれば、いいわ。
 途中でよっぽど無駄遣いしなきゃ足りるようにしてやるよ。

 ふたつ、旅の道中では王族である事実を隠すこと。
 周囲が信じるかどうかは関係なく、そういう発言は面倒の種だ。
 可能な限りでいいから普通に振舞え。ダメだったら矯正する。
 矯正、という単語に、リリムちゃんは思わず苦い表情を浮かべました。サイキョウさんから受けた仕打ちを思い出してしまったからです。
 ……もう痛いのは御免だから気をつけるわ。
 そうしろ。俺もいちいち叩き直すのは面倒くさいからな。

 最後のひとつは、旅の最中はお嬢ちゃんのことを名前で呼ばないから気をつけろ、ってとこだ。
 ふたつめと理由は同じだな。
 妥当だと思うし、別の名前で私を呼ぶのは構わないけど。
 ……なんて呼ぶつもりなの?
 ちいひめちゃん。
 はぁ? なにそれ、いくらなんでも安直すぎない?
 わかりやすくていいだろ。そんなに頻繁に呼ぶつもりもないし。
 呼ばれたくなければ、あまり俺から離れないことだな。
 けらけらと笑うサイキョウさんに、しかし、リリムちゃんは何も言いませんでした。
(自分から、こう呼んで欲しい、と提案するのもそれはそれで何とも言えない気分になるし。……くっそぅ、何も言えない)
 と言うより、提案を蹴るだけの強い理由がないので何も言えないだけのようです。
 せめてもの抵抗としてなのか、リリムちゃんはサイキョウさんに若干嫌そうな表情で視線を向けています。
 サイキョウさんはリリムちゃんの無言の抗議を受け流しつつ、口を開きます。
 ま、細かいところは実際に旅を始めてから決めるとして。
 ……手が止まってる、ってことは確認は終わったのか?
 ……ええ、終わったわよ。
 足りないものを買いに行きたいけど、その――
 別に全部口に出せとは言わんよ。
 色々置いてある店は知ってる。
 そこにも無ければ、同性の店員に聞け。
 できれば一人で行きたいんだけど。
 そこで人生という名の旅が終わってもいいなら、一人で出歩いてもいいんじゃないかね。
 リリムちゃんはしばらく葛藤しているのが傍目にもわかるくらいにしばらく悶えていましたが、やがて諦めたような表情になると、大きく溜息を吐いて項垂れました。
 ……ついてきてください。お願いします。
 ……まぁそう気を落とすな。
 今日の夕飯は少し豪華なのを奢ってやるから。
 ……昨日のよりおいしいのがいい。
 ここぞとばかりに要望ねじ込んで来たな、おい。
 ……まぁ少し奮発してやるから、ほら、とりあえず買い物に行くぞ。
 サイキョウさんはそう言うと、椅子から立ち上がって扉の方へと向かいます。
 リリムちゃんも置いていかれないようにと、その後についていきます。
 ああ、そうだ。金は忘れるなよ。買うのはあくまで――ちいひめちゃんの分なんだからな。
 そんなこと言われなくてもわかってるわよ。
 あと出来れば二人で居るときはその呼び方は使わないで。
 サイキョウさんはあまりにも低い声でそう言ってきたリリムちゃんに少し驚いた後で、かかと笑います。
 善処しよう。
 それ考えないやつじゃない? ねえ?
 そして、そんな他愛のない会話をしながら、必要な物を揃えるべく部屋から出て行きました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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