サイキョウさんとリリムちゃん、目的地の屋敷に招かれる 2

文字数 2,300文字

 ――ああ、騒がしくして申し訳なかった。

 おそらくもう大丈夫だ。

 次からもう少し配慮するように気を付けてもらうから、それでこの場は勘弁しておいてくれないかな。

 リリムちゃんの騒ぎを聞きつけてやってきた、ちょっとだけ上等な服を来た――おそらく使用人のまとめ役だろう男に向かって、サイキョウさんは愛想笑いを浮かべながらそう告げると、
 ……わかりました。

 本当に次が無いのであれば、主人にはその旨を伝えましょう。

 ですが、次はないと思っていただきたい。

 男は溜め息を吐きながらそう応じ、部屋の前から去って行きました。
 サイキョウさんは男の背中が廊下の暗闇、その向こう側に消えていったのを確認すると、疲れたような吐息を吐いた後で、扉を閉じて言います。
 追い出されなくて何よりだ。

 ちいひめちゃんが王族じゃなかったら、この時間であっても間違いなく追い出されてたろうな。

 サイキョウさんはそう言って、ベッドの縁に座っているリリムちゃんを責めるような視線で見つめます。
 部屋に到着した直後の取り乱しっぷりはどこに行ったのか、というくらいに落ち着いた今のリリムちゃんは、サイキョウさんから気まずそうな表情を浮かべながら目をそらします。
 しかし、わずかに残っている意地があるのか。
 へぇ、そう。だ、だったら、感謝してくれてもいいのよ?
 口にする言葉はある意味では子供らしい、強がりでした。
 サイキョウさんはリリムちゃんの反応を見て一瞬だけ呆れたような視線を向けましたが、溜め息を吐いて表情を戻すと言葉を続けます。
 追い出されかねない理由を作った本人に、なんで感謝をせにゃならんのだ。バカか。

 まずは自分の失敗を反省して謝罪しろ。

 ……うぐぅ。
 リリムちゃんも自分が悪いことは十分に理解しているのか、サイキョウさんの言葉を聞いて唸ることしかできません。

 ただ、リリムちゃんからすればサイキョウさんにも悪いところはあった――というよりは、サイキョウさんのせいであんな醜態を晒すことになったという認識が強いのでしょう。

 リリムちゃんは居心地悪そうにしてはいるものの、唸るだけで謝罪の言葉を口にすることはありませんでした。

(……まぁ長々と文句を言うようなことでもねえからいいけど)
 リリムちゃんの様子をしばらく眺めた後で、サイキョウさんはそんなことを考えます。

 面倒事ではあったけれど、現状に問題がないのであれば、サイキョウさんはそれほどしつこく何かを追求することはしません。

 多少態度を矯正するのに必要だと判断すれば話は別ですが、今はもうそんな段階は過ぎているのですから。

 まぁいいさ。追い出されなかったならそれでいい。

 確かに、これはそういう話だ。

 ――そういうことにしておこう。

 いつまでも失敗を責めたって仕方がないからな。 

 ……あなたは本当に一言多いわよね。
 憂さ晴らしくらいはさせろ。

 それで手打ちにしてやるってんだから安いもんだろう?

 ――うだうだ言い続けても仕方ないから、話を先に進めるぞ。

 まずは、ちいひめちゃんがわざわざここに来た理由を聞こうか。

 何か用があったから来たんだろう?

 サイキョウさんの問いかけは至極順当な質問でしたが、そう尋ねられたリリムちゃんは表情を一変させました。うっわやべぇ、という顔です。
 リリムちゃんは子どもですが、自分の考えを言葉にする能力は既に並の大人よりも高いので、冷静になった頭で自分の行動を顧みることができます。
 そして、自分の行動を顧みることができるということは、その行動がどういう意味を持つのかを理解できる頭があるということです。
 つまり、
(……自分が期待してた態度と違ったものを見せてくれやがったから、改めてあなたを見定めに来てやった、なんて言えるわけないじゃないの!)
 リリムちゃんは今更ながらに自分の行動理由がとても口にはできない理由だったことに気づいて焦っているのでした。

 リリムちゃんは王族なので、傲慢な理由で行動してもある程度は許容されるかもしれません。

 仮に口にしたとしても、サイキョウさんなら精々頭を鷲掴みにされて痛い思いをさせられる程度かもしれない、という淡い期待は無くもないのですが――リリムちゃんはそれも地味に嫌なのでした。

 まぁ誰だって痛い思いをするのが嫌だ、という気持ちはあるものです。

 ……?

 一方のサイキョウさんはと言うと、リリムちゃんの表情の変化や沈黙という反応に首を傾げることしかできませんでした。

 サイキョウさんの立場からでは、リリムちゃんが焦る理由なんてわかるはずもないからです。

 とは言え、サイキョウさんもいつまでたっても何も言おうとしないリリムちゃんの態度に何かしら感づくところがあったのでしょう。

 吐息をひとつ吐いてから、口を開きます。

 ……あー、なんだ。

 問題ないなら、俺の話を先にしてもいいか。

 ……え、ええ。どうぞどうぞ。構わないわ、全然問題ないわ!
 あからさまにほっとしたような反応を見せるリリムちゃんを見て、サイキョウさんは小さく笑うと、その表情を吐息ひとつで消した後で続けます。
 さっきも言ったが、ちいひめちゃんにはこちらから話をしに行くつもりだった内容がある。これからその話をするわけだが……その前に、ひとつ念を押しておきたい。
 ……何よ?
 疑う気持ちもあるだろうし、いろいろと言いたいこともあるかもしれないが――絶対に騒ぐな。
 サイキョウさんのその言葉に、リリムちゃんはいつも通りの揶揄かと思って口を開こうとしましたが、じっと見つめるサイキョウさんの視線に圧されて、黙って何度も頷くことしかできませんでした。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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