サイキョウさん、リリムちゃんを探しに街を行く 3

文字数 2,470文字

 サイキョウさんとリリムちゃんは建物から外に出ると、宿に向かって歩き出しました。
 リリムちゃんはこの場所がどこなのか、どう向かえば宿に辿り着けるのかわかりません。だから自然と、サイキョウさんの後について歩くような形になります。
 さっきはああ言ったが、歩けないと思ったらそう言えよ。

 ぶっちゃけ、俺が担いで帰るほうが早いからな。

 歩き出して早々に、実はサイキョウさんからそんな言葉が出ていたのですが、
 大 丈 夫 で す !
 これ以上借りを作りたくないという子どものような意地が出たのか、リリムちゃんがそう答えた結果の現状でした。
 サイキョウさんとリリムちゃんは、特に会話をすることなく、黙々と歩みを進めます。
 サイキョウさんは時折背後についてくるリリムちゃんを見て、きちんとついてきているかどうかを確認するくらいで、この場所を歩くことそれ自体は気になっていないようです。
 一方のリリムちゃんはというと、結構無理をして歩いていました。
(眠い。きつい。だるい。臭い。汚い。

 ……でも歩くって決めたんだから我慢我慢)

 一日中街を歩き回った挙句に、まともに眠ることもなく夜半を過ぎるまで起きて動いているということは、まだ子どもであるリリムちゃんにとっては厳しいものです。

 加えて、上流階級の人間であるリリムちゃんからしてみれば、貧民街特有の環境――特に不衛生な面については我慢もかなり難しかったことでしょう。

(知識としては知ってたけど、実際に体験するとまた格別だわ。

 本当に、最低な場所。でも――)

 しかしリリムちゃんがそれ以上に気にしていたのは、捕まっていた建物から出た後に見た光景についてでした。
 破壊されたいくつもの建物。

 散乱する瓦礫の山。

 ――その間を埋めるように転がる、怪我をした人間たち。

(ここで生きている人は居て。

 ……その中には、私と変わらないくらいの子どもも居た)

 建物を出た直後は目の前の光景の凄惨さに絶句していたリリムちゃんでしたが、現場から離れてまともで落ち着いた環境――それでも貧民街らしく整備されていないひどい有様ですけども――になれば多少は頭が回るようになるものです。
 人間というのは頭が回れば色々なことを考えます。そして考えれば疑問を覚えることもあるでしょうし、答えてくれそうな相手がいればその答えを知りたいと思うのは当然のことでしょう。
 ねぇ、聞いてもいい?
 背後からの問いかけに、サイキョウさんは視線を返すこともなく、声だけで反応しました。

 聞くのはタダだ。好きにしたらいい。

 ちいひめちゃんの望んだ答えが返って来るかどうかは知らんが。

 リリムちゃんは、その呼び方はやめてほしいと言ってるのに、と思いながらも口にはせず。許可をもらえたということで、聞きたいことを口にします。


 私が閉じ込められていた建物の外は、ひどい有様だったけど。

 あれはあなたがやったのよね?

 ああ、そうだ。

 俺にも他人を探す術ってのが多少あるが、得意じゃなくてな。

 だいたいの位置しかわからねえんだ、これが。

 だから、アテのある場所を虱潰しにするハメになる。

 その結果があれだよ。

 倒れている人の中には、子どもも居たけど。

 あれもあなたがやったの?

 リリムちゃんの質問を聞いて、サイキョウさんは少し考えるような間を置いた後で、何かに納得したように頷いてから口を開きます。
 ああ、そうだろうな。

 こっちにたてついて来る連中の中には、ちいひめちゃんと似たような年頃の人間も居ただろうし。ま、こういう場所ではよくあることだ。

 どうして?
 ……またえらく抽象的な質問だな、おい。
 あなたくらいの力があれば、子どもだけを傷つけないことだってできたでしょう?

 なのに、どうして、あんなことを?

 ……あー、面倒だからざっくり言うけどな。

 他人を害そうとする人間は全員等しくクズだ。年齢は関係ない。

 だから、ああなった。それだけだ。

 サイキョウさんはそう言った後で、自嘲するような笑みを浮かべて続けます。
 まぁ、この考え方に則ると俺もクズになるわけだが。

 俺がクズなのはその通りだから否定する気にもならん。

 ……他人に指摘されると腹立つけどな。

 でも、子どもだった。
 リリムちゃんはそう言って、足を止めて俯きました。
 サイキョウさんはリリムちゃんの足音が止まったことに気付くと、同じように足を止めて、リリムちゃんの方を見ます。
 俯いて肩を震わせるリリムちゃんを見て、サイキョウさんはため息を吐いて頭を掻きながら言います。
 確かにまぁ、基本的に子どもってのは守られる立場にあるし。

 大抵の人間はその考えに則って、あんな場面でも手を出すことを躊躇うか、その選択肢を採らないように手段を考えるんだろうよ。

 だったら――
 でもな、あんなのはどこにでも居る。

 だから、俺は気にかけない。それだけだ。

 ……ま、ちいひめちゃんが気に病む必要はないさ。

 あれは俺がやったことで、おまえがやったことじゃない。

 ……っ。
 これでいいだろ。この話はこれで終わりだ。

 いつまでも足を止めてるわけにもいかん。

 

 そう言って、サイキョウさんはリリムちゃんから視線を外して歩き出しました。
 リリムちゃんはサイキョウさんが歩き出して少ししてから、置いていかれないようにと、止めていた足を動かしました。
 ただ、その視線はわずかに下がっています。
(……恥ずかしい。恥ずかしい。私はなんで、こんな話をしてしまったの)
 そう考えた後で、リリムちゃんは唇を噛みました。
(そんなのわかってるじゃない。

 あれは私のせいじゃないと、そう言って欲しかっただけ!

 ……でも、だったら、私はどうしたら良かったって言うの!?)

 リリムちゃんはそんなことを考えながら歩き続けます。
 サイキョウさんはリリムちゃんの悶々と悩む気配を察して、
(ああいう潔癖さというかそういうのは、おっさんには眩しいね。

 ……まぁ面倒臭さの方が勝る、というのが正直なところだが)

 ガキのお守は相変わらずしんどいわ、とため息を吐きました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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