サイキョウさんとリリムちゃん、旅に出る 1

文字数 4,141文字

(……ここ、どこ?)
 リリムちゃんは寝ぼけた頭で考えます。
(知らない天井。……そういえば、私なんで寝てたんだっけ?)
 リリムちゃんはぼんやりと眠る直前のことを思い出します。
(そうだ。確か、やっと人の家を見つけて。
 家に入れてもらって、飲み物をもらって。
 ――人の、首が、消し飛んで。……っ!?)
 意識を失う直前に、間近で見てしまった衝撃的な光景を思い出して。
 リリムちゃんは一気に意識を覚醒させて、寝ていたベッドから跳ねるように起きました。
 ――お、起きたな。おはようさん。
 ――ひぃ!?
 サイキョウさんに声をかけられて、その存在に気付いたリリムちゃんは、サイキョウさんのことを見て思わず小さく悲鳴をあげてしまいます。
 思い出したばかりのトラウマ光景、それを行った張本人が相手なのだから、無理もありません。
 いきなり人の顔を見て悲鳴あげるなよ。
 ……いやまぁ、眠る直前のことを考えれば当然だからいいけどよ。
 
 サイキョウさんはそう言って溜息を吐くと、リリムちゃんのいるベッドの近くまで椅子を寄せます。
 リリムちゃんは近寄ってきたサイキョウさんに対して思わず身構えてしまいましたが、サイキョウさんは気分を悪くした様子もなく続けます。
 随分と長いこと寝てたが、気分は多少マシになったか? ん?
 ……どれくらい眠ってたの?
 丸一日だ。だいぶん疲れてたんだろうなぁ。
 私、そんなに眠ってたの?
 嘘を言って俺に何の得があるんだよ。
 それに、そんなしょうもないことで騙したって仕方ないだろ。
 リリムちゃんはサイキョウさんの言葉に納得すると、一日という時間を思って空腹を自覚して。
 ~~っ!!
 空腹を自覚した途端に大きく鳴ったお腹の音に、顔を赤くしてしまいます。
 はっはー。まぁ当然の反応だ。恥ずかしがることじゃない。
 ……思いっきり食べるのは後でな。今はこれで我慢しとけ。
 ……ありがとう。
 サイキョウさんから渡されたのは温かい飲み物です。
 リリムちゃんは大人しく礼を受け取って一口飲んだ後で、話を続けます。
 聞いてもいい?
 気になることは多いだろうからな。好きにしたらいい。
 答えたくないことは答えんが。
 ……あの後、どうなったの?
 リリムちゃんの質問に、サイキョウさんは少し嫌そうに表情を歪めます。
 ……随分と曖昧な聞き方をするもんだ。
 答えにくいったらありゃしねえ。
 …………。
 リリムちゃんはサイキョウさんの言葉に、若干不満げな視線を返すだけでした。
 サイキョウさんはリリムちゃんの無言の視線をしばらく受け続けていましたが、根負けしたのか、うんざりとした様子で溜息を吐いてから答えます。
 細かくは話さないぜ。
 気になったことは都度聞くからいいわよ。
 ざっくり言うけどな。
 お嬢ちゃんが眠っちまった後で少しあの連中と話をした。
 聞けることは全部聞き出したから、追い返した。
 その後で、近くの街まで来て宿をとって、お嬢ちゃんが起きるのを待っていた。
 ……そんなところだ。
 
 ……ざっくりしすぎでしょ。
 わかりやすいだろ?
 それともなんだ、何人死んだとかそういう話を聞きたかったのか?
 そんなわけないでしょうがっ。
 そうか?
 自分を面倒な状況に追いやった原因がどれだけ悲惨なメにあったのか、それを知りたいと思うのも普通のことだと思うがね。
 まぁ、聞きたいわけじゃないなら、わざわざ話すことでもないが。
 ……私が知りたいのは、私を追っていた事情の方ですぅ!
 聞き出せた情報でよければ話すぞ。正しい情報かどうかは知らんけど。
 いいわよ。それしか情報がないんだから。
 そう。じゃあ話すけど。
 サンドリム王国の首都でクーデター起こしたんだって、あいつら。
 ……はぁ?
 まぁちょっとアレな連中が大きな騒ぎを起こしたって程度みたいだけどな。今もぼちぼち続けてるとは言ってたが。
 ……はぁ!?
 それで、お嬢ちゃんを狙った理由は要求を通しやすくするため、だってよ。
 ちょうど外に出てたから、人質として利用しようと考えたらしいぜ。
 一大事じゃない!? なんでそんなに軽いの!
 だってどうでもいいし。俺には無関係じゃん。
 すぐ近くの国でしょうがっ。なんでそんなに他人事でいられるんですかねぇ!?
 俺は政治に興味ないし。
 全人類が滅びかけててインフラ壊滅するとか言われたら、流石に面倒だけどよ。
 仮にそうなったとしても、最悪自給自足すればいいだけのことだと思ってっから。
 そう言ってケラケラ笑うサイキョウさんを見て、リリムちゃんは愕然とします。
 サイキョウさんの言葉が、ただの本音だとわかってしまうからです。
(うすうすわかってたことだけど。この人、どこかおかしいんじゃないかしら)
 おかしい、というのは別に気が狂っているとかアレな人とか、そういう意味ではありません。
 そう思う気持ちが全くないわけでもありませんでしたが――リリムちゃんが意識を失う直前に見た光景を思い返しながら考える意味は違うものです。
(独りで生きることが出来るだけの力を持っている人間特有の、その人だけが持っていて、殆どの人と共有できない価値観。それを持っているのね)
 リリムちゃんは王族です。その生活の中で、普通の人では会えない人物と出会う機会もありました。
 その中には最強と称される剣士や、高名な冒険者、勇者として選ばれた人物なども含まれます。
 リリムちゃんは過去に出会ったそんな人たちと似通った――いえ、それ以上の何かを、サイキョウさんから感じていました。
(それはつまり、この人はそれだけ強いということ。……その事実を疑う理由もないけれど。この人はどういうつもりで私に構っているんだろう?)
 そんなに怖い目で睨まないでくれよ。
 別に、取って食おうだとかそんなことは思っちゃいないぜ。
 ……そんなことは、思っていないけど。
 へぇ、そうかい。じゃあ、どうして自分を助けたのかとか、そのあたりが気になるのか?
 ……っ。
 ……そう警戒すんなよ。
 言ったろ、取って食うような真似をする気はないって。
 助けたことにも深い意味は無いぜ。
 お嬢ちゃんの態度は助けないという選択をするほど悪いもんじゃなかった、ってそれだけの話さ。
 ……あれだけ態度が悪かったのに?
 そう思うんなら、あの高圧的な物言いは二度としないことを勧めておこう。
 ……俺は自分の勘を信じて生きてる人間なんでな。一目見て嫌悪感を抱かなかった人間はそれなりにマシなやつが多かった、という経験則に従って行動してるだけさ。
 そういう連中を見捨てるのは、どうにもいい気持ちがしないんだ。だから、目覚めが悪いことにならんように、助けた。それだけだ。
 サイキョウさんはそう言った後で、吐息をひとつ挟んで続けます。
 それで、お嬢ちゃんはこれからどうするんだ?
 どうするって、何。どういう意味?
 ざっくりだけど事情はわかったろ。だから、この後どう動く気なんだって、そういう話。
 国に帰るなら帰ればいい。他に頼るアテがあるなら、そこに向かえばいい。そういう方針は考えられるかって聞いてるの、俺は。
 ……どうしてそんなことを聞くの?
 アテがあるなら、そこまで送り届けるくらいはしてやるつもりだからだよ。
 なんでそこまでしてくれるの?
 子どもをそのまま一人で送り出すのは、まぁ場合によってはやるけどな、その後に酷いメにあったことがわかったら気分が悪くなるからだ。
 とりあえずそこまですれば気が済む。それだけ。結局俺の気分の問題だよ。
 ……あと、次の家が決まるまで暇なんだよね。だから、暇潰しも兼ねてる。
 ……次の家?
 人が死んだような場所で寝起きしたいと思うかぁ? 
 生憎と、俺は思えない性質でな。まぁ自分でやっちまったんだから自業自得だけど。
(だからって、気軽に家を変えられるものなのかしら。……そんなに稼いでるようには見えないけど)
 おい、なんだその目は。人を見た目だけで判断しちゃいけねえな。
 勘違いするなよ。俺はその日使う分の金を稼ぐように心がけているだけなんだぜ。人間、働かないとすぐダメになるからな。これでも、金は使いきれないくらい持ってるんだ。
 若い頃に、かなり頑張ってた成果というか名残というか、まぁそんなところだが。
 …………。
 あっ、その目。俺の言ってること信じてねえな? そうだな? ん?
 ――イイエ、ソンナコトハアリマセンヨ。
 露骨な棒読みだなぁ、おい!
 ……あー、もう。いいや。その辺は置いとけ。
 お嬢ちゃんには直接関係ない話だしな。
 ――それで、アテはあんのか? 無いならとりあえず城にでも届けてやろうか。
 ……急に言われても、すぐには出てこないわ。時間が欲しい。
 まぁ、それもそうか。
 それじゃあ、俺は下に行って何か軽く食事を作ってもらってきてやろう。少し時間をかけて、いいものを、出来立てで用意してもらってやる。
 だから、戻るまでに考えておけよ。
 サイキョウさんはそう言って、ベッドの傍から離れます。
 その背中に、リリムちゃんは問いかけます。
 もしも思いつかなかったら?
 言ったろ。サンドリムだっけ? 城まで送り届けてやるよ。それでも十分だろ。
 まぁ、あの連中の話を聞いてると今すんごい騒ぎになってるみたいだから、俺と一緒に行ってまともに相手をしてもらえるとは思わんがなぁ。
 ……わかった。考えてみる。
 おう、せいぜい頭を使って考えることだ。
 ちなみに時間はどれくらいかかる予定かしら?
 一時間くらいは空けてやろう。俺も少し用事がある。
 その用事が何なのか聞いても?
 余計な情報を増やしてどうするんだ、バカか。
 少なくとも、直接的にお嬢ちゃんに害があることはしねーよ。
 ……え、間接的には有り得るの?
 言葉の綾だっつの。しつこいね。
 ――いいか、もう行くぞ俺は。ちゃんと考えとけよ。
 サイキョウさんはうんざりした様子でそう言うと、溜息を吐きながら部屋を出ます。
 部屋に一人残されたリリムちゃんは、扉が閉まる音を聞いた後で、ベッドに再び横になりました。
(……何か考えないと。でも、どうすればいいのかなぁ)
 そして、そんなことを考えながら、どうにかなればいいけどと溜息を吐きました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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