サイキョウさんとリリムちゃん、目的地のある街に到着する

文字数 2,266文字

 定期便に揺られながら数日を過ごして。

 特にトラブルが起こることもなく、サイキョウさんとリリムちゃんは次の街に到着しました。

 とは言え、すぐに目的地であるリリムちゃんの叔父が居るだろう屋敷に向かうことはできません。

(叔父さんは貴族だしね。 

 流石にこの身なりじゃ、門前払いもいいとこだもの)

 なぜなら、水浴びもままならない状態で数日という時間を過ごしたリリムちゃんの今の姿は、地位のある人間の前に出られる姿とはとても言えなかったからです。

 彼らのような立場のある人間は、汚れた人間というものを嫌います。

 それに、貴族を含めた偉い人たちは色々なことをしていて忙しく、着いてすぐに面会を望んで叶うものではないのです。

 リリムちゃんもそんな立場に居た人間の一人なので、そのことは十二分に理解していました。

 そしてそこまで考えてから、リリムちゃんは溜め息を吐きました。

(……まぁ、私は王族のはずなんですけどね)
 溜め息を吐くリリムちゃんに気付いて、サイキョウさんは視線を向けてから口を開きます。
 おいおい、折角目的地のある街に着いたってのに辛気臭い溜め息を吐いてどうする。喜ぶところじゃないのか?
 サイキョウさんの問いかけに、リリムちゃんは一瞬だけサイキョウさんに視線を向けた後で地面の方に落とし、溜め息を追加しつつ応えます。
 確かに、問題なく辿り着けたのは喜ばしいことだと思うし。

 まともな寝床で寝られると思えば嬉しくもなるけどさぁ。

 不満げに口を尖らせながらそう言うリリムちゃんを見て、サイキョウさんは納得したように、ああなるほど、と頷いてから言葉を続けます。
 自分の本来の立場を考えると、なんで親戚とは言え相手を立てなきゃいけないんだってか?
 ……むぐっ。
 ものの見事に図星を指されたリリムちゃんは、苦虫を噛み潰したように表情を歪めながら唸ることしかできません。
(この人は本当にいやなところばっかり察しが良いわねぇ、もう!)
 ぷんすかという擬音がまさに相応しい様子で肩を怒らせるリリムちゃんを横目で見ながら、サイキョウさんは小さい笑みを浮かべて言います。
 いや、今のは俺の言い方が悪かったな。すまん。

 図星を指されていい気分でいられる人間はいないわな。

 笑いながら言う台詞じゃないでしょうそれ。

 あとそれを今このタイミングで言うのは追い討ちにしかならないんじゃない? ねえ?

 まぁそう突っかかるなよ。

 別にからかおうとして言ったわけじゃない。

 ……じゃあ、どういうつもりだったって言うのよ。
 そんな下らんことは気にするなと、そう言いたかっただけだ。
 ……その心は?
 リリムちゃんのその問いかけに、サイキョウさんは少し驚いたように目を見開いた後でリリムちゃんの方を見ました。
 ……? 何?
 視線を受けたリリムちゃんは、サイキョウさんの意図がわからず首を傾げることしかできません。
(……てっきり、何かしら文句が続くもんだと思ったんだがな)
 サイキョウさんの発言は、ある意味でリリムちゃんの尊厳に関わる部分を否定するような内容でもあります。

 王族とは社会的な地位で言えば最高位の人間です。それが例え、外国という権力の及ばぬ場所であろうとも――いやむしろ今の世の中であれば、及ばぬ場所であるからこそ、優先されるべき対象でしょう。

 礼を尽くされて当たり前。力を貸されて当たり前。

 リリムちゃんはそんな存在であり、サイキョウさんが先ほど指摘した不満は持っていて当然のものなのです。

 図星を指されて感情を乱さない人間がほぼ居ないのと同じように、自身にとっての当然を下らないと評されて冷静で居られる人間も殆ど居ないでしょう。そこに大人も子ども関係がありません。
(……本当に、色んなものが急変するからガキの扱いは難しい)
 サイキョウさんはそう考えながら、胸中で溜め息を吐いた後で言葉を続けます。
 災難に遭っていようとも、格下には余裕を見せつけてやれって話さ。

 わざわざ付け込まれる隙を見せてやる必要はないし。

 なにより、相手を尊重することで格が下がることはないからな。

 ……なるほど。そういう考えもあるのね。
 サイキョウさんの言葉に、リリムちゃんは納得したように頷きます。

 サイキョウさんはそんなリリムちゃんの様子を見てから、ははと笑って言います。

 まぁ、金には余裕があるんだ。急がなくても大丈夫さ。

 心配しなくてもこの旅は直に終わる。

 ――さて、この辺りで与太話は切り上げよう。

 とりあえず、今すべき心配は宿が確保できるかどうかだ。

 そうだろう?

 ……ええ、そうね。

 できれば料理がおいしいところがいいわね!

 リリムちゃんの要望を聞いて、サイキョウさんは少し考えるような間を置いた後で言います。
 ここは前の街より大きいから、宿屋の空きは多いだろう。

 そう考えれば時間に余裕もある。なんなら、少し回ってみるか?

 悪くないわね! 行きましょう!
 サイキョウさんの提案に、リリムちゃんはそう言い放つと走り出しました。
(……こういうところは年相応なんだがな)
 サイキョウさんはそう考えた後で、先を行くリリムちゃんの背中に向かって言います。
 あんまりはしゃいでると、また面倒事に巻き込まれるぞ。
 その言葉に、リリムちゃんは足を止めてサイキョウさんの方に向き直ると、笑って言いました。
 あなたが見てくれてる間は大丈夫でしょう?
 サイキョウさんはリリムちゃんの言葉に降参だと言うように両手をあげます。

 リリムちゃんはそれを見て、してやったりと笑みを深めるのでした。

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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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